アイルランド音楽のコンペティションに初参加して

ライター:hatao

2022年6月18日と19日に新宿区西早稲田で開催されたアイルランド伝統音楽のお祭り「フェーレ・トーキョー」に参加してきました。

CCÉ(アイルランド音楽家協会)の日本支部はフェーレ・トーキョーを2016年以降原則毎年開催していましたが、2020年以後コロナウィルスの影響で対面での開催ができず、今回は3年ぶりの開催となりました。

イベント期間中はアイルランドからフィドル奏者のオシーン・マクディアマダOisín Mac Diarmada(フィドル)とサマンサ・ハーベイSamantha Harvey(ダンス、ピアノ伴奏)の二人を招き各種ワークショップやレクチャーを開催するほか、楽器店の出店、コンサート、音楽・ダンス・歌のコンペティション、伝統音楽家の検定試験SCTなど盛りだくさんの内容が執り行われます。私は楽器店「ケルトの笛屋さん」として店長とともに初日にのみ出店をし、他の時間はレクチャーを受けたりコンサートを見たりと、二日間めいっぱい楽しみました。

今回、私は初めて伝統音楽のコンペティションの参加とSCT受験に挑戦しました。本記事では、コンペティション参加の経験についてお伝えします。

コンペティションとはアイルランド伝統音楽の各種楽器・ダンス・歌の技を競うもので、本国では各カウンティの地区予選を勝ち抜いた上位者が、毎年8月に開催される音楽祭「フラー・キョール」で全アイルランド・チャンピオンのタイトル獲得をめぐって競争します。

全アイルランド・チャンピオンはプロ奏者の肩書きとして重要視されており、数多くのトップ・プレーヤーが10代のうちに取得しています。外国在住でもCCÉの支部があればアイルランドでの本戦出場権が認められることから、フェーレ・トーキョーは日本代表選手を決めるための競技会という位置づけになっています。

国内でのコンペティションは2016年から開催されており、私も当然その存在は知っていましたが、これまで参加しようと考えたことはありませんでした。それは、正解のない伝統音楽で順位を決めることに懐疑的であったこと、私は当時すでに演奏活動をしており全アイルランド・チャンピオンの肩書を持つことに意義を感じていなかったこと、何よりも負けず嫌いな性格のため負けを受け入れられないことが理由でした。

しかし20年以上アイルランド音楽を演奏してきて今回初めてコンペティションへの参加を決意したのは、ひとつは2020年に開催された順位決めをしないビデオ審査で高得点を獲得でき自信を得たこと、アイルランド人奏者による客観的な評価を得られることが理由です。勝ち負けよりも、自分ができる最大の目標を設定し、そのために努力し、達成することにやりがいを感じたのです。

ここでコンペティションのルールについて簡単にご説明します。競技はダンス・歌・各種楽器ごとにカテゴリーが分かれており、一つの楽器の中でも総合とスロー・エアーのみのカテゴリーがあったり、デュオやトリオやケーリー・バンドなどアンサンブル、それに作曲のカテゴリーもあり、また年齢別によって参加するグループが分かれているものもあります。

私はその中からシニア(18歳以上)のグループのティン・ホイッスル総合とその他の楽器(ピッコロ)の2部門で参加しました。「その他の楽器」とは、メイン・カテゴリーに含まれない楽器を総合したもので、サックス、マンドリン、ハンマー・ダルシマーなどアイルランド音楽が演奏できるアコースティック楽器であれば参加が認められます。今回私がフルート部門に参加しなかったのは、毎回のように参加している強豪の豊田君や須貝さんと競いたくなかったということが理由です。

器楽のコンペティションではアイルランド音楽のダンス音楽各種から18歳以上は4曲(指定の楽器ではスロー・エアー1曲を含む)を、それぞれ2回ないし3回、ソロで演奏します。評価は点数でつけられ、各曲100点満点の合計400点となり、点数の多寡で順位が決まります。

私が申込みをしたのは5月10日。開催の1ヶ月以上前です。しかしこの時期は公私共に多忙で、準備を開始したのは本番4日前でした。直前まで仕事が忙しいことは予測していたので、1週間を準備時間に費やせるように、前の週から私の経営する東京店に滞在するスケジュールを確保しました。東京店には防音スタジオがあるので、思う存分楽器が練習できます。

選曲は当日まで迷いました。ネットにある経験者のアドバイスを読み、どのような選曲が審査員の高評価につながるのかを把握して考え抜いて選んだのですが、当日朝にさらってみるとホイッスルのリールでつまずいたため、急に不安になり変えもしました(もともとの選曲はThe Dunmore Lassesでした)。最終的な選曲はそれぞれ以下の通りです。

ホイッスル

  • Otter’s Holt (Double Reel, Bm)
  • Coolin (Slow Air, G)
  • Madame Bonaparte (Setdance/Hornpipe, G)
  • Friese Britches (Double Jig, D)

ピッコロ

  • Amhrán na Leabhar (Slow Air, Em)
  • Condon’s Frolics (Double Jig, Em)
  • Bonaparte Crossing the Alps (March, Am)
  • Boil the Breakfast Early (G)

選曲と練習では、ネットでのアドバイスを参考に以下のことに気をつけました。

  • 選曲が同じ調に偏らないこと
  • 珍しすぎる曲、陳腐すぎる曲、簡単すぎる曲、現代風の曲は避ける
  • ダンス音楽3曲のうち1曲は3パート以上の曲を選び、変奏や技術を披露する
  • 技術的に派手すぎる演奏、伝統的とみなされない演奏をしない
  • 速すぎず、遅すぎないテンポ (リール、ジグはBPM100、ホーンパイプはBPM80が基準)
  • テクニックよりもステディなビート、スィング感が評価される

私は準備不足で負けることだけは避けたかったので、できることはすべてやろうと思いました。

緊張に慣れるために出会う人それぞれに無理やり模擬演奏を聴いてもらいました。自分の演奏を録音、ビデオ撮影し客観的に見直して改善をしました。2016年の競技の様子がCCÉのYouTubeチャンネルに上がっていたので、主要なものはすべて見ました。2020年のビデオ審査の際の評価シートを見直し弱点を改善しました。本番前日に同会場で自分が演奏する様子をイメージ・トレーニングしました。前日は早く休み当日は早く起きて全曲をさらいました。慌てないように余裕をもって家を出ました。服装はラフすぎないようにしました(審査員の印象も大事な要素です)。

演奏にはそれなりの自信がありましたが、最も怖いのは緊張です。緊張していると息が震え、息継ぎがうまくできず、思わぬミスが起きてしまうものです。緊張に対処する方法もいくつか用意しました。

いよいよコンペティション本番。私が参加したホイッスル部門は朝9時台から始まりました。朝早くは身体が硬いのでほぐしたいところですが、用意されていた控室には行きませんでした。他の競技参加者を意識すると緊張しますし、競技に集中していたかったのです。

ダンス部門に続いて、ホイッスル部門が始まりました。名前が呼ばれるとステージに招かれ椅子に着席し演奏準備をします。そして軽く会釈をし、自分のタイミングで演奏を開始します。舞台上では一切のおしゃべりはできません。私は緊張をほぐすために靴を脱ぎました。向かいにはオシーンさんが評価シートに書き込みながら演奏を見ています。

他の競技参加者や観客が50名ほどいたでしょうか。しんと張り詰めた厳粛な雰囲気で、否が応でも緊張を招きます。1曲ごとに観客が拍手で励ましてくれます。演奏は緊張したものの、おおむねうまくできました。前後に他の参加者の演奏をはさみ、続いてその他の楽器部門のピッコロ。こちらは2回目のステージのため緊張もほぐれ、のびのびと演奏ができました。

結果は後日郵送されます。自宅に届いた評価シートを開けると、ホイッスルは平均92点の368点、ピッコロは平均94点の376点でした。初参加のためこの点数が高いのかどうか判断することができませんが、各曲につけられたオシーンさんからの短いコメントは非常にポジティブなものばかりで励まされました。

そして後日、アイルランド本戦出場者がメールで発表されました。私はいずれの部門でも1位を獲得していました。嬉しさと同時に、少し申しわけ無さも感じました。というのも、私は最初から本戦に行くつもりはありませんでした。今回の本戦出場に賭けていた挑戦者がいたとしたら、そのポジションを無駄にすることになります。

また演奏歴の浅い学生と私とが同じ土俵で勝負するのは無理があります。私のような演奏歴の長い奏者が参加すると、若手の参加意欲を下げてしまうおそれがあります(むしろ意欲的になる、下剋上が好きな若手もいるでしょうが)。そのためアイルランドでは年齢別にグループを分けているのだと思われますが、日本では大半が大学生以上になってから演奏を始めるため、グループ分けが機能していません。演奏歴で分けるべきかと思いますが、ローカル・ルールでは本戦に出場は認められないでしょう。

コンペティション参加前は、若い奏者に負けたら面目丸つぶれで立ち直れなくなるだろうという思いもあったのですが、参加してみて、コンペティションは単なるゲームであると割り切ることができるようになりました。ゲームには全員が守らなければいけないルールと評価基準があり、勝敗や評価はその世界の中だけのことです。私は普段はアイルランド音楽の演奏ではなくオリジナル音楽を演奏しており、コンペティションの評価は私の評価とイコールではありません。つまりコンペティションで負けても、私の音楽の価値はもちろん、音楽家としての評価が損なわれるわけではありません。そう思えるようになって初めて負けを受け入れて、勝者を素直に認めて称えることができる心境になりました。

挑戦への結果に私は非常に満足していますが、少々の後味の悪さを感じてもいます。今後はアイルランド本戦出場をするつもりがないのであれば参加を見送るか、「その他の楽器部門」で変わった楽器で場を盛り上げるなど、参加スタイルを変えるかもしれません。私の経験を読んで、より多くの若い奏者がアイルランド本戦で活躍されることを願って本文を締めくくります。

最後に、今回のコンペ参加の経験を動画でシェアしていますので、よろしければ御覧ください。

「アイルランド音楽のコンペに初挑戦!必勝の秘訣は…?」

「コンペティションの模擬演奏(ティン・ホイッスル)」

※フェーレ・トーキョーについて詳しくは以下のホームページを参照ください
Féile Tokyo 2022 -フェーレ・トーキョー