アイルランド音楽の真髄　イリアンパイプスの魅力 (2)パイプスが伝統音楽を体現する楽器である理由

2023年11月23日 2023年11月24日

今週末の日曜日に東京人形町で開催される、パイプスとフルートのデュオ・コンサートに向けて毎日ブログを投稿しています。

昨日はアイルランドのイリアン・パイプスがいかにユニークな楽器なのか、という話を書きました。そして、「伝統音楽を体現する楽器である」とも。今回は、どうしてパイプスが伝統音楽を体現する楽器だと言えるのか？　について書きます。

現在のアイルランド伝統音楽で演奏されているさまざまな楽器のほとんどは19世紀以降に導入されました。他の音楽ジャンルでも使われているアコーディオンやバンジョー、ピアノ、ギターが伝統音楽では新しい楽器だというのは想像ができると思いますが、アイルランド音楽を象徴するティン・ホイッスルは19世紀（しかもイギリスで）の発明ですし、バウロンも元々は宗教儀式などで使われていた道具で、楽器として導入されたのは半世紀程度の歴史しかありません。それらを除くと19世紀以前の伝統音楽はフィドル、ハープ、パイプスで演奏されていました。

パイプスはもともとスコットランドのタイプと同じ制約だらけ（※前回の記事を参照のこと）だった楽器が、18〜19世紀に徐々に改良が加えられて、現在の姿に進化していきました。イギリスやアイルランドの音楽資料館では進化過程の19世紀の楽器を見ることができます。

アイルランド音楽は非常に「笛」的な音楽です。というのも、同じく古い伝統があるフィドルは音域が4オクターブ以上ありますし、どんな調でも演奏が可能です。フィドル、つまりヴァイオリンは常にクラシック音楽の花形楽器ですが、400年以上前にはもう完成していたというから驚きです。そのヴァイオリンが伝統音楽の主役であれば、もっと広い音域で、どんな調の曲でも演奏されているはずです。例えばハンガリーのロマの音楽がそうですね。しかしアイルランド音楽は2オクターブ以内、そして♯が1つか2つの調がほとんどです。これが伝統音楽の曲がパイプスの制約内で演奏できるようにできている証拠です。だから6つ孔のティン・ホイッスルでも演奏ができるのですね。

新たな楽器がアイルランドに導入されるにあたり、パイプスのように演奏することが伝統音楽らしいスタイルとされ、すべての楽器（なんとピアノまで！）はパイプスを模倣しました。つまり同じ音程が連続する場所では装飾音で区切る、アコーディオンの左手のバス・ボタンやフィドルのダブル・ストップ（弦を複数弾く）でドローン（バグパイプ特有の持続する低音）の響きを模倣するなどです。そのため、アイルランドのすべての伝統楽器はパイプスと自然に合奏をすることができます。

中には、パイプスの楽曲や演奏スタイルをマニアックに模倣する奏者もいます。例えばチーフテンズのメンバーのフィドル奏者、故ショーン・キーンSean Keaneのフィドルは非常にパイプ的なサウンドですし、同じくチーフテンズのメンバーのフルート奏者、マット・モロイMatt Molloyもパイプスの装飾音やレパートリーをフルートで模倣して独特なスタイルを築きました。

私自身もパイプスは大好きで、自分では演奏しないものの、特に古い奏者の録音を好んで聴きレパートリーを学んでいます。今回のコンサートでは、そんな古いパイプス奏者の名曲の数々を演奏します。

そうそう、好きな奏者を紹介するのでしたね。挙げきれないのでいつかまとめて特集したいのですが、今日は一人だけ。

ロビー・ハナンRobbie Hannanを紹介します。北アイルランドのベルファスト生まれ1977年にパイプスを始め、シェイマス・エニス、ウィリー・クランシー、トミー・レックに大きな影響を受けた。超絶的なパイピング・テクニックを持ち、ダンス曲のスウィング感、リズム感を高度に表現するパイパー。伝統的なパイピング・チューンはもちろん、ドニゴールのフィドル曲をパイプにアレンジしたりという挑戦も興味深いです。

https://www.youtube.com/watch?v=WWx4fkf88A8