ライター:吉山雄貴
「毎回毎回、あんた似たような曲ばっかとり上げて、批評家きどりでゴチャゴチャ言ってるけど、結局あんたがいちばんイイと思うのはどれなんだ?」
今回は、これにおこたえしようと思います。
さて。
前回私は、「夏至の徹夜祭」はアルヴェーンの3つある「スウェーデン狂詩曲」の中の1曲目だ、と申しました。つまり、彼の「スウェーデン狂詩曲」は、全部で3つ存在します。
2曲目は、別名「ウプサラ狂詩曲」。
植物学者カール・フォン・リンネの生誕200周年を記念して書かれた作品です。
リンネは北欧最古の大学といわれる、ウプサラ大学の卒業生。「ウプサラ狂詩曲」は、同大学の学生歌を引用しています。
そして第3番「ダーラナ狂詩曲」。
これこそ、本連載で紹介するものの中で、私がもっとも気に入っている作品です。
第5回で語った、ホルストのSeven Scottish Airsも、20周連続で聴きまくっても飽きないくらい好きですが、それさえ「ダーラナ狂詩曲」にはわずかに及びません。
ダーラナとは、スウェーデン中部の地名です。
シリャン湖という隕石湖(「君の名は。」を観るまで、そんなこと気にも留めなかったな)を有する景勝地で、スウェーデンの原風景を形づくっているそうな。
また、同国の伝統音楽が純粋な形で保存されている、ともいいます。
アルヴェーンは実際に、この地に長いこと住んでいたようです。
「ダーラナ狂詩曲」の長さは25分ほど。
ちょうど、「夏至の徹夜祭」と「ウプサラ狂詩曲」を合わせたくらいの、長大な楽曲です。
ぜひ、お試しください。
さて、第1番「夏至の徹夜祭」は全体的に、お祭りさわぎといった感じの、陽気なムードを前面に出していました。
対照的にこの「ダーラナ狂詩曲」は、全編にわたって陰鬱です。
印象的な旋律が6つくらい出てきますが、そのうち明るい曲調なのは1つだけ。
のこりはすべて、筆舌に尽くしがたいもの悲しさが支配しています。
作曲者がこの作品に描きこんだのは、羊飼いの娘が見た、身の毛がよだつようなおそろしい白昼夢だそうです。
一方でアルヴェーンは、シリャン湖周辺の森や山や奇岩群がインスピレーションの源である、とも述べています。
自然の暗い一面を表そうとした、とも。
私もこの曲を聴いて心に浮かべるのは、人気のしないさびれた沼沢地の風景です。
ダーラナなんて、いったことはおろか、検索エンジンによる画像検索さえ、したことがないんですけどね。
先ほど、明るい雰囲気の部分が1か所だけある、と書きました。
これ実は、「夏至の徹夜祭」にも引用された、Morsgrisar är vi allihopaです。
しかし第1番と比べると、かなり活気を欠きます。まるで、短い夏を惜しむかのよう。
私がこの曲の白眉だと思うのは、最後のほうに現れる、3拍子の部分です。
はげしく情熱的で、それでいて切ないメロディ。
私はこれを聴くと、恍惚とした表情を浮かべて、踊りつづけているような気分になります。
狂詩曲の鑑賞後、私はどうしてもこの部分の曲名を知りたくなって、かなり長時間にわたって、それをしらべつづけました。
この旋律が伝承曲なのか、アルヴェーンのオリジナルなのかさえ判然としないまま、です。
後半は一種のトランス状態になっていたようで、最終的にどうやって名前を探し当てたのか、まったく思い出せません。
この3拍子の部分、Djävulspolskaといいます。
意味は「悪魔のポルスカ」。
Pekkos Perという、ダーラナ出身の伝説的な音楽家が作曲したとか。
ここでいう悪魔は、キリスト教のそれとはちがい、自然界の暗黒面を表す妖精だそうです。
フィドルをひいて、その音色に聞きほれた人間がいたら、水の中に引きずりこむといいます。
ドイツでネックとかニクシーと呼ばれる妖精にも、同様の伝承があります。
もしも妖精がフィドルで演奏するのがこのポルスカだったら、私なんか真っ先にドボン!ですね。
また、同じDjävulspolskaという名前をもつ別の曲も、いくつか存在するようです。
さらに、Djävulspolskaの直前に流れる旋律も、悲哀のきわみ。
かくも絶望的な音楽が、ほかにあるでしょうか?
どのくらい絶望的かといいますと、アメリカ製のパニック映画で、隕石がおちて人類が滅亡する場面で使われたとしても、少しも違和感をもたせないであろう程度に、です。
これについては、トランス状態になるまで探しても、曲名が判明しませんでした。
その代わり、誰かがピアノ・ソロに編曲した動画を発見しました。投稿者は、どうやら日本人のようです。
「ダーラナ狂詩曲」を収録しているCDとしては、次のものがあります。
【アルヴェーン 交響曲第3番・岩礁の伝説 他】
ロイヤル・スコティッシュ管弦楽団
指揮:ニクラス・ヴィレン
録音年:1996年
レーベル:ナクソス
商品名にある「岩礁の伝説」は、嵐の夜の海を描いた作品。
伝統音楽は用いていませんが、これも暗さとメロディのうつくしさでは、「ダーラナ狂詩曲」に迫る逸品です。オススメ。