笛の世界

デイビッド・ブラウン氏による、太古の昔から世界中に広く分布している「笛」についてまとめられた記事「Transverse Flutes: An Overview – Lark in the Morning」を当店でおなじみの翻訳家・村上亮子さんの翻訳でお届けします。

原文:Transverse Flutes: An Overview – Lark in the Morning

笛の世界

笛は太古の昔から世界中に広く分布しており、世界中のほとんどの文化に何らかの笛が存在しています。たとえば中東のネイまたはナイのように吹き口が管の一端にある葦笛は、紀元前数世紀の古代の世界までさかのぼります。また単に「フルート」と言えば誰もが思い描くような多くのキーを持つ現代の金属製フルートは、ある特定の場所、というか、この場合は特定の人物、1840年代後半にフルートを開発したティオバルト・ベームTheobald Boehmにたどり着きます。実際、他の横笛と区別するために、金属のフルートはベーム式フルートと呼ばれています。

笛は管内の空気を演奏者が振動させることによって音を出します。空気の流れを分割することでこれを行いますが、それにはいくつかの方法があります。リコーダー、フラジョレット、ティンホイッスルでは、空気は細い通路(ウインドウェイ)を通って分割されます。この方法を用いれば音を出すのは簡単ですが、音量による表現が制限されます。すなわち同じピッチのままで大きな音と小さな音の差を付けることができません。これらの笛はフィップル・フルートと呼ばれていますが、これは「通気孔(細い通路)」を表す古い英単語に由来しています。

ただの筒の下を閉じて上端を吹くという笛もあります。これを閉管楽器と言います。子供の頃コーラの瓶を吹いたことがあるでしょう。その音は心に残る豊かなものですが、音域が限られています。パン・フルートは1つの管からは1つの音しか出ませんが、管を沢山並べることで音域の問題を解決しています。同じく閉管楽器であっても指孔を使って多くの音を出すものもあります。オカリナの仲間のようにフィップルを付けたものもあります。

前述のネイまたはナイは管のふちを吹くもので、管の端は上唇と下唇の両方のすみに斜めに当てます。これを習得するのは難しいですが、独特の音色を生み出し、複雑な抑揚を可能にします。さらに精巧なのはペルシャの古典音楽のネイの吹き方で、上の歯と唇で支えた管に舌を使って空気の流れを送り込みます。これはトルクメン人から取り入れた技法で、歯間吹法と呼ばれます。

もう1つの技法は、日本の尺八で使われているもので、管の一端を吹くものですが、管の端は下唇に押し当てられ、空気はV字型になった切れ込みの上に送り込まれます。南アメリカのケーナkenaも端を吹くタイプです。

横笛の場合にも、ほとんど同じ発音方法が使われています。違いは口に対して笛を横に当てることと、切り込みをめがけて息を吹くのではなく、円形または楕円形の吹き口の向こう側のエッジで息を分割させることで、吹き口があるほうの端は閉じています。インドや中国では横笛は古くからあり、ヒンドゥー教のクシュナ神は横笛を吹く姿で描かれています。

このような横笛は基本的にはアンブシュアと呼ばれる吹き口と6つの指孔でできています。この笛は強く吹くと音程がオクターブ上り、たったこれだけの指孔でスケールを吹くことができます。一般に長調を吹くように長さや指孔の間隔が定められていて、全部の孔を閉じるド(実音ではなく移動ド)から始まり、下から順々に指孔をあけることで、レ、ミ…となります。全部の穴をあけるとシで、すべての孔を閉じて少し強く吹くと高いドになり、同様にその楽器の限界の高さまで吹くことができます。音域は普通は2オクターブ半かそれ以上です。

インドのバンスリは細い竹でできていて長さは様々です。昔から北インドでは主に長くてピッチの低いバンスリが演奏され、南部のカルーナティック地方では短いバンスリが好まれました。時には指孔が追加されたものもありました。

中国の笛子Diziも竹製ですが、肉厚で、たいてい管の先端は必要な長さ以上に伸びています。そこには指では押さえない孔(エクストラ・ホール)が空いていますが、エクストラ・ホールは筒音の音程調整や飾りのタッセルを付けるためにあり、演奏には使いません。6番目の指孔とアンブシュアの間にはもう1つ孔があって、薄い膜(竹の薄皮のような)を貼ると震えるような音が加わり、音色に趣を加えます。

日本にもいくつかの横笛があります。篠笛は笛子に似ていますが、薄い膜を貼る孔はありません。雅楽、能、歌舞伎、神社でも横笛を使います。能管は能の謡にあわせて、倍音を低くするノドと呼ばれる構造上の特徴があり個性的です。

ヨーロッパで横笛が知られるようになったのは十字軍以降で、東ローマ帝国からもたらされ、急速に広がりました。特にゲルマン系の民族に人気があり、「ジャーマン・フルート」と呼ばれることもあります。

ルネッサンスのフルートは大きさも様々で、G 管のアルト、D管のテナー、G 管、A管のバスなどがありました。管はまっすぐで、指孔は小さく、表情豊かな音色を生み出しました。

バロック時代は、テナーD管で2つの重要な変化が起こりました。一つは円筒管から円錐管に変わったことで、管の内径はアンブシュアから離れるにしたがって細くなり、これが発音を助けました。また、半音階の演奏にはクロス・フィンガリングが用いられましたが、それでは出すことのできないE♭を得るために、右手の小指の位置にE♭のキーがつけられました。1680年頃までには、これが典型的なフルートの形になりました。

1700年代後半から1800年頃のクラシックの時代までに、フルートのキーの数は6か8、あるいはそれ以上まで増えました。さらに足部管をつぎ足し、右小指で抑えるキーを使い、低音域を広げました。ドイツの職人の中には左手の小指で手繰るキーも付けて、さらに音域を下げた者もいました。

1810年代、フルート製作において多くの革新が見られました。グラナディラ(アフリカン・ブラックウッド)、パリサンダー(ブラジル・ローズウッド)、ローズウッドなどの新しい木材が手に入るようになりました。ガラス(クリスタル)は1806年にフランスで使われました。1800年代後半にはブラックウッド、エボニーなどの木材、そして1840年には初めて人造のエボナイトが使われました。

そんな革新の1つは1822年にフルートの名手チャールズ・ニコルソンCharles Nicholsonによってなされました。彼は大きな指孔のフルートを作り、それ以前のものよりも大きな音が出せるようになりました。他の楽器職人も彼のアイディアを取り入れました。

ニコルソンの改良を見て他のミュージシャンや発明家も新しいフルート開発に向けて動き出しました。ティオバルト・ベームは1831年ロンドンで実験を始め、彼の最初の画期的なフルートを作りました。それは人工工学ではなく音響学に基づいて指孔を配置し、リング・キーとカバード・キーを使ったものでした。しかしこの時のフルートは依然として木製で、先細りの内径を採用していました。今日私たちが使っているフルートが誕生したのは1847年でした。

ベームはフルートを徹底的にデザインし直しました。音程を改善するために頭部管を逆円錐形にし、ボディーは基本的には円柱形にし、指孔は単に音響上の正確さに基づいて並べるだけでなく、大きな音が出せるようにできる限り大きくしました。左手の親指を含めて9本の指で扱えるようにキーについても大きく変更しました。このフルートが世界的に広がるのには少し時間がかかり、20世紀になっても木製のフルートを愛用する演奏家もいましたが、圧倒的に多くのオーケストラやバンドがベーム式フルートを採用するようになりました。

それ以前のフルートはほとんど忘れ去られてしまいましたが、古楽の復活がルネッサンスやバロック時代のフルートに対する関心をかき立てました。なんといってもその時代の作曲家は、そのフルートのために作曲し、そのフルートをよく理解していたのです。

現代の「アイリッシュ・フルート」は中々面白い現象です。そもそもこのタイプのフルートはアイルランド生まれではなく、おそらくイングランドからもたらされたものです。ダブリンのドラードDollard のような楽器職人は1830年代にはクラシック音楽のために制作を始めていました。

「伝統的な」アイリッシュ・フルートに関して、歴史上の記録はよく言っても曖昧なものです。バグパイプやフィドルは文学にもよく現れてきますが、フルートは18,19世紀の記録にはほとんど出てきません。また、この時代の普通のアイルランド人の生活が苦しかったこともあり、裕福なアマチュアやプロを除いて、これらのフルートを購入できる財力はありませんでした。

19世紀のおわりには、フルートは少なくともアイルランド全土で知られていたし、演奏されていたと言われていますが、スライゴー、レイトリム、ロスコモン、ゴルウェー、クレア、リムリックが伝統的アイリッシュ・フルートの盛んな土地でした。フランシス・オニールFrancis O’Neill自身もフルート奏者であり、多くの人が、”Irish Minstrels and Musicians”の中で述べているように、フルートはよく知られた楽器でした。今ではバグパイプやフィドルと同様よく語られますが、1800年代はこれほど広く知られてはいませんでした。

1800年代後半から1900年代初めにかけて金属のベーム式フルートが受け入れられてくると、当然ながら古いシンプルなフルートは中古市場へ安く放出されるようになり、貧しいアイルランド人にも手が届くようになってきました。もちろん古いフルートで状態のいいものは数が限られています。それで1950年代のケルト音楽リバイバル以来、さらに多くの楽器職人が「アイリッシュ」フルートを作り始めました。では、アイリッシュ・フルートらしさとは何でしょうか。それは木製で先細りの内径、大きな指孔、キーをあまり使わない(キーがあっても使わない奏者は多いし、ほとんどの伝統音楽はキーなしで演奏できる)、タンギングによるアーティキュレーションではなくてカットやタップ、ポップ、ロール、クランといった多様な装飾音を使い、息でアクセントやリズムを強調するという独特な演奏スタイルです。アイリッシュ・フルートの理想的な音は風音まじりのバグパイプのような音で、モダン・フルートのめざすような金属的ではっきりとした音ではありません。それは歌口を自分のほうに巻き込んで、集中した息を吹き込むことで得られます。

キューバの音楽も木製のシンプル・システム・フルートを好んで使います。そこで好まれているのはフランス製の木製クラシック・フルートです。

キューバ音楽のフルートは外見上はアイリッシュ音楽で使われるキー付フルートとよく似ていますが、アイルランドのダンス音楽で第1、第2オクターブを吹くのに必要な大きな指孔はほとんど必要ありません。キューバ音楽では低い音域はほとんど使わず、主に第2、第3オクターブで、クラシック音楽と同じようなタンギングを使っているのです。それで多くの古いフルートはアイルランド音楽には向いてはおらず、そのせいで比較的安価に買えるのでキューバ音楽にはぴったりでした。無数にあったドイツ製の指孔の小さなフルートなどがこれに当たります。キーがきれいに修理されていることは重要です。3オクターブ目を出すためにすべてのキーを使うし、なくてはならないものなのです。D 以下の低い音は要りませんので、多くの演奏者は6キーのフルートを使います。

ハイブリッドのフルート、つまりベーム式の本体に木の頭管部をつないだフルートを使う人もいますが、多くの人は古い6ないし8キーのフルートを吹いています。♭の曲を吹きやすくするために、タースローラtercerolaと呼ばれる通常のフルートよりも短三度音程の高いF管フルートを使うこともあります。

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