アイリッシュ・ミュージック、ケルティック・ミュージックを中心としたヨーロッパのルーツ音楽についての情報、記事、読物、レビューをお届けする月2回発行のメールマガジン「クラン・コラ」。
当ブログにて、不定期にバックナンバーをお届けします!
クラン・コラ Cran Coille:アイルランド音楽の森 Issue No.286
- アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン 読み物編
-
Editor : 竹澤友理
January 2019
ケルト音楽の古楽:hatao
アイルランドなどケルトの音楽は、ヨーロッパの中世音楽の面影を残しています。ジグやリールは16世紀にさかのぼる中世ヨーロッパの舞曲ですし、ドリア調やミクソリディア調というアイルランド音楽でみられる音階は中世音楽で用いられた教会旋法がもとになっています。ですから、アイルランド音楽が好きな方は、中世のダンス曲を聴くと近いものを感じるはずです。
ヨーロッパの昔のスタイルの楽器や昔の演奏法で19世紀以前のレパートリーを演奏する音楽ジャンルを「古楽」といいます。その扱う時代と地理的な広がりは広く、中世(15世紀まで)〜ルネサンス時代(15〜16世紀まで)〜バロック時代以降(17世紀〜18世紀以降)、そしてジャンルとしては宗教音楽、宮廷音楽、世俗音楽など多くのものが含まれます。ケルト音楽と古楽とは共通点が多いため、それらのジャンルにまたがって活躍する演奏者は多く存在します。この連載では、そんなケルト音楽と古楽のクロスオーヴァー作品に焦点を絞ってご紹介します。
さてケルト音楽での古楽というと、どんなものが思い浮かぶでしょうか。アイルランド音楽好きな方にとっては、オキャロランの名前がまっさきに浮かぶでしょう。”Sheebeg and Sheemore”や”Eleanor Plunkett”という曲で知られる、アイルランドのクラシック音楽史上で最も有名な作曲家です。
ターロック・オキャロランは1670年生まれ、1738年没のアイルランド人のハープ奏者・作曲家で、アイルランド国内中を旅して周り、貴族のために作曲や演奏をしました。当時こうした旅回りのハーピストは数多くいたようです。オキャロランが生きていた時代はバッハ(1685 – 1750)やヘンデル(1685 – 1759)やヴィヴァルディ(1678 – 1741)が活躍したバロック時代。オキャロランは、当時流行だったバロック様式に影響を受けつつ、ヨーロッパ文化の辺境アイルランドならではの土着的なメロデイに基づいた作品を200曲以上遺しています。彼こそが、元祖ケルト-クラシックのフュージョン音楽だったと言っても過言ではありません。
オキャロランの音楽は、現代のアイルランド音楽ができるずっと以前のものなので、パブで演奏する音楽とはカテゴリが違いますが、いくつかの曲はセッションで演奏されますし、ハープ奏者には必修のレパートリーとされています。オキャロランの研究書としては、Nicholas Carolan(同姓なのは偶然)のDonald Sullivanの1958年の書物”Carolan The Life Times and Music of an Irish Harper”があります。この本はオキャロランの旅と人生、そして作品のエピソードが綴られています。
オキャロランを扱った作品は数多くあり、たとえばチーフタンズのハーピストであった故デレク・ベルが、国内の演奏者としては坂上真清さんがオキャロランのアルバムをリリースしています。
・Derek Bell “Carolan’s Receipt” Claddagh Records (1975)
・Derek Bell With The Chieftains And The New Irish Chamber Orchestra
Carolan’s Favourite (The Music Of Carolan Volume 2) (1979)
・坂上真清 クラルサッハ (1999年)
不思議なことに、オキャロランを除いては私は他のハーピストについては聞いたことがありません。誰かほかに有名な人がいるのでしょうか?
例外として、セッション曲としても有名な”Give Me Your Hand” (Tabhair dom do L!)mh in Irish) の作者がいます。この曲はオキャロランの作品と勘違いされることが多いのですが、実際はオキャロランよりも1世紀も昔のローリー・ダール・オカハンRuaidri D!)ll !) Cath!)in (c.1570-c.1650)の作品です。オカハンの曲集というのは、私は知らないのですが、他にも有名な曲があるのでしょうか?
これらの疑問についてご存知の方がいたら、教えてください。
オキャロランの音楽は今では楽譜として手に入れることができますが、本人は盲目だったため、楽譜を残しませんでした。現在残る資料で知るかぎり、アイルランドの伝統音楽が初めて楽譜に記されたのは、1724年のことでした。楽器職人だったウィリアム親子が”A Collection of the Most Celebrated Irish Tunes Proper for the Violin, German Flute or Hautboy”として出版したもので、18世紀アイルランドの音楽を知ることができる貴重な資料となっています。この出版当時、オキャロランは生存しており、54歳でした。現存する1冊をもとに編集したものが、Irish Traditional Music Archiveから出版されています(私はいまそれを知り、注文しました。)
この楽譜集に基づいたCDは、今の所企画されていないようです。現在の伝統音楽の曲や楽器の多くが19世紀以降のものなので、当時の演奏様式などは伝統音楽家にもわからないことが多く、古楽器奏者や学者との共同研究が必要になるでしょう。
オキャロランからあとの時代では、1792年にベルファストで開催されたハープ・フェスティバルの記録が残っています。当時19歳だったエドワード・バンティングEdward Bunting (1773-1843) はクラシック音楽の教育を受けており、このフェスティバルの参加者の音楽を楽譜にする依頼をうけ、”The Ancient Music of Ireland”と題した3冊の本にまとめました。
バンティングに関するCDとしては、やはりチーフタンズがThe Belfast Harp Orchestraをゲストに”The Celtic Harp: A Tribute To Edward Bunting” RCA Victor (1993)として発表しており、翌年にグラミー賞のベスト・トラディショナル・フォーク・アルバムを受賞しています。
アイルランドの18世紀以降の楽譜集は数多くありますので、また機会をあらためて紹介したいと思います。
Colleen Raney——アメリカで伝統をうたう試み・その17:大島 豊
バグパイプといえばスコットランドという図式が単純すぎることは、アイリッシュ・ミュージックのリスナー、プレーヤーであればすでに周知のことでありましょう。アイルランドのイリン・パイプだけでなく、バグパイプはヨーロッパから北アフリカ、中央アジアに分布する楽器です。ノーサンバーランドのスモール・パイプ、スコットランドのロゥランド・パイプ、ブルターニュのビニュウやイタリアのサンポーニャ。先日はエストニアの Trad.Attack! がエストニアのパイプを披露していました。バッグが下に延びて、そこに横に並行に3本、ドローンが出ている特異な形は、その昔は海豹の皮が使われていた名残りでしょう。
スペイン北部にバグパイプの伝統があることはアストゥリアスのエビア、ガリシアのカルロス・ヌニェスの世界的成功によって、あまねく知られるところでもあります。一昨年、カナダはノヴァ・スコシア、ケープ・ブレトンでのフェスティヴァル、Celtic Calours では、20周年記念のオープニング・コンサートにカルロスが登場し、相変わらずの見事な演奏を繰り広げていました。
スペイン北部大西洋岸のバグパイプはガイタと呼ばれ、スコットランドのハイランド・パイプに近いサイズと音域を備えています。ちなみにブルターニュの伝統音楽のバンドというよりオーケストラに近いバガドでは、ビニュウとともにハイランド・パイプが使われます。それも多数のパイプがユニゾンで演奏されるもので、パイプ・バンドによく似ています。なお、ビニュウは常にソロで演奏される小型のパイプで、数あるバグパイプの中で最も高い音域をもちます。
ガイタも3本のドローンを備えます。息を吹き込むブロウ・パイプにメロディ管のチャンターとドローン3本というのはバグパイプの基本形です。もともと動物の胴体の皮を袋とし、首から息を吹き込み、4本の脚にチャンターとドローンをつけた形です。ですから、バグパイプは牧畜を行っている地域にはどこにでもありました。その目的は持続音を出すことです。バッグに一度空気を溜め、これを脇で調節しながら空気を少しずつ送り出して、音が途切れないようにする。持続音を出すのはまずドローン、つまり一定の音が常に鳴っている状態を作りだすためです。次に細かい音の動きを作る。アイルランドやスコットランドのダンス・チューンはその典型ですが、鳴っている音からメロディを生むのは、音を出すこととメロディを生むことを同時にやるよりも速くできます。
ドローンは好き嫌いがありますし、ダンス・チューンも常に細かい音の動きを必要とするわけではありません。ですから、地域によってはバグパイプは廃れました。イングランドやドイツなどはそうしてバグパイプが消えた地域です。
現在残っているバグパイプでも、ドローン管の数は少ないものもありますし、3本そろっていても出す音が異なることが普通です。ガイタの場合、ドローン管の一本だけ長く、残り2本は短かくて、利き腕の上に横に載せます。
スコットランドのハイランド・パイプを学ぶ人はわが国でも少なくありませんが、そこからスペイン北部のガイタの伝統まで入りこんだ人は稀でしょう。ここでの主人公 Koji Koji Moheji のバグパイプとの最初の出会いはアストゥリアスのエビアだったそうで、当時はスペインのガイタを入手したり、演奏法を学んだりするチャンスはありませんでした。そこで一番近いスコットランドのハイランド・パイプを学ぶことになります。
とはいえ、彼がガイタに惹かれた背景には、あるいは人とは違ったことをやりたいという欲求が働いていたのかもしれません。というのも、彼はミュージシャンというよりパフォーマーだからです。ヒモとコマを使うディアボロというジャグリングの一種の名手で、世界チャンピオンも獲っています。どちらかといえばそちらがメインで、パイプはそのパフォーマンスの一部として演奏することが多いようでもあります。
このこと自体はもちろん悪いことではありません。音楽演奏もパフォーマンスの一つであるわけで、音楽演奏以外はやってはいけないなどという決まりは、少なくとも伝統音楽、大衆のための伝統音楽ではありません。宮廷音楽の流れを汲むものや古典音楽では話は別です。そういう環境では求められる水準に到達し、これを保つには音楽以外何もできなくなるのです。庶民のための伝統音楽では演奏しながら踊ったり唄ったりすることもありますし、ミュージシャンに求められる役割は必ずしも音楽だけに限られるわけではありません。音楽もまた広くエンタテインメントの一つであってみれば、音楽以外の芸にも秀でることは、音楽演奏に対して音楽だけやっている人間には思いつかないようなアプローチも可能にするでしょう。
本作は Koji Koji Moheji のアルバムとしては4作目にあたります。
最初の録音は2011年7月、《ani x koji》で、6曲入りのミニ・アルバムです。 ガリシア、アイルランドの伝統曲と、バッハ、それに〈Awazing Grace〉という選曲。アニーこと中村大史のブズーキを相手に、ストレートにガイタを吹いています。すでに完成の域にあるテクニックで、各々の曲に正面から向かっていて、 ガイタの音色による味わいが出ています。
ガイタの音はハイランド・パイプに比べると明朗開豁な一方、シャープで繊細なところもあります。ハイランド・パイプの音はどこまでも太く、剛直で、空間に一直線に穴を穿つところがありますが、ガイタの音はフットワークが軽く、天空を翔けることもできます。
2作目は2013年3月、初の本格的なフル・アルバム《Bon App!)tit!》です。前作と同じく中村大史のブズーキとギター、奥貫綾子のフィドル、トシバウロンのバゥロン、野口明生のピアノをサポートに迎えて、ガイタ演奏の可能性に挑戦した意欲作です。パイプの他、フルートとホィッスルも使っています。
3作目は昨年4月の《Cross The Line》。ここではピアノとドラムスとのトリオというシンプルな編成。ピアノはリズム・セクションとして、左手でベースを効かせるスタイルに徹して、いわばガイタ1本でどこまでできるかを試した形。ここでもバッハや〈Awazing Grace〉をとりあげているのは、こうした曲の演奏が好きなのだろうと推測します。差別化の一環としても、そのための方法としてこれらの曲を選ぶのは、このあたりに彼の音楽のベースがあるのかもしれないと思わせます。
そして1年後の今年4月にリリースしたのが本作です。ジャケットには “Take Off!” の文字が大きく踊り、写真もガイタを宙に投げあげているもので、こちらがタイトルに見えます。が、公式サイトでもタイトルは《Beyond The Respect》に なっています。このタイトルはなかなか意味深長にも見えます。土台としている伝統からあえて一歩踏み出そうとの意欲の表明でしょうか。曲のクレジットがありませんが、どうやら全曲オリジナルのようでもあります。
楽曲はそれぞれに工夫がこらされ、どれも面白いですが、なかでも[05]や[07]は光ります。後者は演奏の難易度がかなり高そうな、曲芸的なメロディがスリリング。この曲や[02][04]でのロウ・ホイッスルの使い方は斬新です。前者ではタンギングでしょうか、この楽器にしてはごく歯切れのよいフレージングが鮮やかですし、後者ではこの楽器でも最低域ではないかと思われる音域のメロディに、後半、本来の音域のホィッスルで同じメロディを重ねます。
編成としては《Bon Appétit!》の流れで、フィドル、ピアノ、ハープ、ブズーキ、ギターを配したアンサンブルにパイプやロウ・ホイッスルが乗る形。これに本人が操るシンセサイザーによるリズム・セクションがアクセントを付けます。
目立つのは録音、つまりパイプの録り方の進歩です。ガイタはハイランド・パイプほど他を圧倒する音質や音量ではありませんが、それでもライヴや録音でバランスをとるのは容易なことではありません。実際、これまでの録音では、パイプの音が他の楽器を呑みこんでしまうこともありました。前作のトリオ形式はそのことへの一つの回答でもあると思われますが、ここではパイプの音がよりシャープになり、また位置を後方に置くことで、パイプとその他大勢ではなく、アンサンブルとして楽しめるものになっています。
音楽だけを演奏するミュージシャンは音楽として、演奏として、より質を高めることを目指します。録音を通して聴いてみると、Koji Koji Mhoheji は音楽と演奏の質を確保した上で、これをどう提示するかについても、いろいろな試みをしていると見えます。ガイタは演奏する姿は見栄えがありますが、音としてはあまり融通がきく方ではありません。その代わりに貫通力があり、また華やかさを備えます。その特性を録音作品のなかでどう活かすかは、演奏や楽曲やアレンジだけの問題ではないという認識でしょう。
これはかなりハードルが高い課題です。本作はその高いハードルを超えた向こうを目指す試みです。これまでの録音で、楽曲やアレンジを模索してきた経験を踏まえて、一つの方向を?んだ手応えが感じられます。願わくはここにパフォーマーとしての即興性と、楽器としてのガイタの能力を拡張する勢いが加わらんことを。それが実現すれば、ガイタの録音としてだけでなく、統合されたアーティスト Koji Koji Moheji の作品として空前のものが現れるでしょう。
<編集者追記>
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日本のトラッド系アーティストのCDレビュー Koji Koji Moheji “Take Off: Beyond The Respect”:大島 豊
Colleen Raney–アメリカで伝統をうたう試み・その17
アメリカのケルト系シンガー、コリーン・レイニィの録音を聴くシリーズ。
4枚めのアルバム《Here This Is Home》の4回め。
05.The Granemore Hare 03:34
〈The Hills of Greenmore〉の名でも知られる。”Granemore” はアーマー州Keady 教区の西にある townland の名の由。townland はアイルランドの地理区分の最少単位で、わが国の「字」と言ってもいいだろう。全土で約六万あるそうな。この地方ではビーグル犬を使った兎狩りが昔から行われていた。どれくらい昔かというと、先史時代からで、そのためにこれはカトリックとプロテスタントが共に参加する唯一の行事になっていた。民衆の娯楽であり、貴族の狐狩りのように馬を使うことがない。
この歌はスティーライ・スパンがそのファースト・アルバムで取り上げるまで、あまり広くは知られていなかった。
Steeleye Span《Hark! The Village Wait》1969
このファースト・アルバム録音中にウッズ夫妻がイングランド勢の3人と決裂してアイルランドに帰ってしまった。それでもリリースされたアルバムは歴史に残り、後世への影響も大きく、今聴いても新鮮だ。
リード・ヴォーカルはテリィ・ウッズ。ドラムスはフェアポートから客演のデイヴ・マタックス。ティム・ハートがアパラチアン・ダルシマーを通奏低音的に弾き、リード楽器はゲィ・ウッズが奏でるコンサティーナ。こういうアンサンブルでコンサティーナがリード楽器というのは時代を遙かに先駆けている。この次にこういうことをやるのは Nomos のナイアル・ヴァレリィになる。
テリィのヴォーカルは意外に力強く、フレーズの最後までしっかりと唄いきる。今回聴き直して、シンガーとしての実力にあらためて驚いた。
Irish Country Four《Songs, Ballads & Instrumental Tunes From Ulster》 1971
上記〈The Boys of Mullaghbawn〉で登場したグループ。Jess Harpur のヴォーカル、Brian Bailie (flute) と Valerie Bailie (guitar) がサポート。ハーパーはこのグループの中では一番のうたい手で、ここでも高めのテナーで聴かせる。スティーライのヴァージョンに比べるとかなり短かい。各連の途中をはしょっている。フルートとギターの伴奏というのもこの時期では珍しい。
なお、このトラックはロン・キャヴァナが編集した Topic Records のアイ
リッシュ・ミュージック録音を集めたオムニバスの1枚《A Living Thing》1997
にも収録されている。
Anne Briggs《Sings A Song For You》1973/ 1996
アン・ブリッグスが三枚目のアルバムとして1973年に録音しながらオクラ入りし、1996年になってリリースされたもの。ここでは自身のブズーキ1本をバックに唄う。この時期のこの人が真向から唄えば、これはこの歌のベスト・ヴァージョンの一つ。高く澄んで甘さを排した声とやわらかいが輪郭の明瞭な歌唱。シャープなブズーキ。ブズーキでわずかに色をつけるコーダもいい。
Grainne Clarke《Songs Of Rogues And Honest Man》1980
フルート、ギター、ベースのやや定型的な演奏をバックに、それとは対照的と言っていいすぐれた歌唱を聴かせる。この人は今回 Tidal で遭遇するまで全く知らなかった。情報もこの1枚のアルバムをリリースしているというだけで何も無い。リリースされたのは英国らしいが、収録されているのはアイリッシュの曲なので、あるいはノーザン・アイルランドの人かもしれない。シンガーとして一級とまではいかないが、B級でもない、ちょっと面白いポジション。情報をご存知の方はご教示ください。
Dervish《Harmony Hills》1993
〈Hills of Greenmore〉のタイトル。キャシー・ジョーダンが参加してバンドの形が整ったアルバム。右マンドリンと左ブズーキのピッキングによるシャープな対位法的演奏を従えたキャシーの歌唱がみずみずしい。間奏とコーダではアコーディオンとフィドルがすばらしいアレンジの演奏を展開。後半ではホィッスルがこれまたすばらしいカウンター・メロディを聴かせる。四半世紀経ってもその新鮮さはまったく衰えない。
Briege Murphy《THE LONGEST ROAD》1995
アーマー出身のシンガー/ギタリストのデビュー・アルバムから。音楽一家の出身で、若い頃から CCE に参加。シンガーとしてだけでなく、ソングライターとしても一級。ここでは自身の軽やかなギターをバックに、各連を短かめにして唄う。派手なところがカケラもない人だが、それだけ歌は味わいふかい。
Kevin Mitchell《I SANG THAT SWEET REFRAIN》1996
デリィ出身でグラスゴーに長く住む。録音は数枚あるが、いずれもすべて無伴奏という硬派シンガー。声域はテナーで、リズム感覚にすぐれ、歌詞を大地に打ち込むように唄う。それによってかえってメロディの良さが浮かび上がる。これもその好例。
Martin Simpson
《Bootleg USA》1999
《Prodigal Son》2007
イングランドのベテラン・ギタリスト/シンガー、マーティン・シンプソンが2度録音している。シンプソンは1970年代から活躍し、抜群のギターと粘着力のある歌唱で、優れた録音をコンスタントにリリースしている。一時アメリカ人女性と結婚してアメリカに住み、夫婦での録音もある。ブルーズやオールドタイムなど、アメリカの素材の解釈も面白い。
ギター・アレンジの複雑、華麗、精妙なことでは他の追随を許さない。ヴォーカルは一見イングランドの伝統からも外れて聞えるのは、アメリカのスタイルを加味した独自の形を確立しているため。わずかに巻き舌なのも与っている。前者はギター1本でのライヴ。8年後の後者では、ギターも歌唱もより練れて、陰影が深まる。こちらではダニィ・トンプソンがアルコ・ベースを加える。
Jon Wilcox《Song Traveler》2003
アメリカはカリフォルニアのベテラン・シンガー。ギター、フィドル、アコーディオン、ハーモニカによる見事なハーモニーをバックに、ストレートに唄う。衒いのない、典型的ながら最良のアメリカン・シンギング。ただし、微妙な陰翳を求めてはいけない。
この人はアイリッシュからゴスペルまで幅広く唄い、質の高い録音を出している。
Noel McLoughlin《Best Of Ireland: 20 Songs and Tunes》2005
クランシー・ブラザーズ・タイプのシンガー。悪くないが、やや感傷に流れる。個人のアルバムにこういうタイトルをつけるあたり、やや自意識過剰。ともに複数のギターとホィッスルがバック。2本のホィッスルによる間奏が良い。
James Yorkston《Folk Song (w/ Big Eyes Family Players)》2009
スコットランド出身のシンガー。ジョン・マーティンに認められ、その前座を務めてデビュー。最近のシンガーによくあるどこにも力を入れないが芯のある歌唱。バックは複数フィドル、ギター、アコーディオンなど通常の編成だが、演奏はミニマルなフレーズをほとんどユニゾンで繰り返すポスト・モダンなもの。21世紀初頭の時代性を帯びる。
Jason Whelan《Connection》2015
カナダの本業は録音エンジニアが自ら唄い、演奏したアルバム。ここではペダルスティール、キーボード、ホィッスルでサポートを仰いでいるが、それ以外はすべて自分で担当。エレキ・ギター、ベース、ドラムスを核とした組立てだが、ゆったりとおちついた演奏で、本人の歌唱も重心の低い、底の硬い、頼りになるもの。電気が入っている点ではスティーライ以来で、異色とも言えるが、ベスト・ヴァージョンの一つ。
https://www.jasonwhelan.com
Niall Hanna《Autumn Winds》2017
タイローン出身のシンガー/ギタリスト。自身の切れ味の良いギターとフィドル、ホィッスル、バゥロンのアップテンポの演奏をバックになかなか豪放な歌唱。唄い放つ、という感じ。祖父母も有名なシンガーで録音がある。
コリーンはどこで最初に聴いたか覚えていないそうだが、キャシー・ジョーダンの歌唱がお手本のようではある。歌のビートにうまく乗り、明るい、祝祭の雰囲気を出す。アコーディオン、フィドル、ブズーキ、ギター、ベースのバックはむしろ抑えたアレンジと演奏。
以下、次号。
バウロン対決!:field 洲崎一彦
今回はもうこの話題しかないでしょう。年越しバウロン対決!
新年のカウントダウンイベントで開催したこの企画ですが、初めはちょっとしたおとぼけ企画のつもりで思い付いたものの、なかなか内容も面白いイベントになったのでした。
事の発端はこうです。
当店店長のHは、学生時代に、今はドレクスキップ等の活動で北欧音楽家として名をはせているNが当時作ったアイリッシュバンドに抜擢された事で注目を浴びたバウロン奏者で、最近は積極的にセッションに出たりバンドを組んだりする活動はしていないのですが、言わば、細く長いアイリッシュバウロンに携わるもはや中堅の位置に居るバウロンプレイヤーという側面を持って居る人です。
そして、方やY君。彼はアイリッシュに興味を持った瞬間にバウロンを手に取り、その最初の手ほどきを上記のHから受けた若者で、積極的に各所のセッションやバンドに参加して、この1年ぐらいの間で各方面での評判が高まって来た人なのです。
そういう事なので、HはYの事を、軽口レベルですが自分の弟子ぐらいの認識でその活躍をほほえましく見守っているというような感じで、そんな雰囲気の中にある2人ということになるのでした。
昨年の年もおしつまったある日の事です。当セッションに久しぶりにYがやって来ました。この時は私もこのセッションに参加していて、久しぶりのYがどんなバウロンを叩くのか興味津々でいた所、私の記憶していたちょっと以前の彼とはまったく違うプレイを繰り広げるのに驚いてしまったのでした。
セッションにバウロンが参加する場合、あまり大きな音で叩くのはタブーなので多くの人は一定の抑制を持ってプレイするものですが、それでも、打楽器の音はややもすると目立つのですね。だから、常にその音は耳に飛びこんで来るわけで、時に好みでは無いリズムを打つ奏者と同席してしまったセッションでは非常に弾きにくくなってしまうという事態が多分に起こりがちです。
が、この時のYのプレイは、今バウロン叩いてた? とたずねてしまうほどまわりの音に溶け込む瞬間が何度もあるというような感じで、こういう印象のバウロンは非常に珍しい。特に彼が小さな音で叩いているというのではありません。すうっとまわりの音に溶け込むのです。
すっかり感心してしまった私はセッションが終わってからカウンターでHにこの事を話しました。冗談半分ですが、弟子が師匠を凌いでしまったみたいやで!と。
すると、Hはムキになって、それは許せん!と、まあ、笑いながらそんな風になります。それで、私は面白くなってしつこくHをからかって遊んでいた、と、まあこん感じでこの日は過ぎていきました。
数日後、Hが思い出したようにぽつりと言うのです。
Yはどんなバウロンだったのですか?
なんや?気にしてるんやん!
いや、気にしてるというわけではありません。
うそうそ!気にしてるやん!
気になるんやったら、バウロン師弟対決!ちゅう企画はどうや?!白黒はっきりするで!
と、私はまだからかい半分でけしかけます。Sは、うーんとうなった切りこの話は終わりました。
翌日になって、Hが、昨日のアレやりましょう!と言って来ます。
アレってなんや?
バウロン対決ですよ!
え?ホンマにやるの?
自分は最近セッションにはあまり出てませんが、近い記憶ではフィドルのTさんと一緒になった時にすごく気持ちがいい演奏ができた記憶があります。また、最近YはTさんに師事しているというウワサも聞きますし、是非、この企画のジャッジをTさんにお願いすれば面白いイベントになりませんか?!
ん?ここにTさんが出てきてくれたら確かにめちゃ面白い!私としてはからかい半分のネタやったのですが、Tさんの名前が出たことで私のイベント頭がフル回転を始めてしまいます。
じゃあ、インパクトあるポスターを作るぞ!!まずキミの写真を撮影するからな!Yにはワケを話してOKなら何か写真を送ってもらってくれ!
もう年末押し詰まっていて時間もないのですが、私自身が早く観たい!という気持ちも焦って来て、よし!カウントダウンのイベントにぶち込もう!とほぼ独断で決定し、YとTさんにはHから連絡するという段取りになります。
私は即刻ポスター原稿を作りましたが印刷に出している時間がもうない!そしたら、2人のOKが出次第このポスター画像をSNSでばらまこう!まあ、こんな感じのドタバタ企画です。
しかし、フタを開けてみると、これは、ドタバタでもなんでも無く、非常に面白いショーになりました。
Tさんという1人のフィドルに対して、HとYの2人のバウロン。3曲メドレーで構成されたセットの1曲目を2人で叩き、2曲目をY、3曲目をHが叩くのです。こんな聴き比べって滅多に出来るものではありません。その結果、同じバウロンと言ってこれほどまでに雰囲気が違うのか!というサウンドがくっきりと出現したのです。
Yは私が先日セッションで体験したとおりのメロディに溶け込むような柔軟な打音を打ち出します。対してHは、ある意味対照的な粒立ちのはっきりした切り刻むような打音を打ち出します。
もし、読者にジャズファンの方がおいでになれば、例えば、トニー・ウィリアムズとジャック・ディジョネットがドラムを叩き比べているような。。。と言えば、その面白さが伝わるでしょうか。滅多に聴けるものではありませんよ、まったく。
対決!と名打ってしまったからには、ジャッジまで持っていかなくてはならない。当初はメロディ担当のTさんにジャッジしていただく算段でしたが、これはちょっとこの場では雰囲気が違うぞと判断して、観客に拍手をお願いして、それをスマホアプリの音量計で計測して音量の多かった方を勝者ということにしました。
まず、拍手の音量は、、、Hが82ポイント、Yが68ポイントで、Hの方が少し多い。そして、やはり最後にTさんの総評といただく。これによるとメロディ弾いてる立場ではYの方が弾きやすかったというものです。
これで、Yにプラス15ポイントを加算しようという意見に満場一致で、図らずしてこの対決は引き分けとなったのでした。
はっきり言って彼らのバウロンの違いは、どちらが良い悪いの次元の話ではありませんでした。しかし、それ以上に、同じバウロンという、ただ、バチで皮を叩くという比較的単純な操作による打楽器で、これほどまでに演奏者によって雰囲気の違いが出ることが明るみに出たという事が非常に面白かった思います。
アイリッシュ音楽は、確かに昔と比べると大いに普及したと思います。若者達の愛好者人口も全国津々浦々に広がっています。しかし、あるいは、だからこそ。かもしれませんが、皆さん紳士的でお行儀がいい。
昔は、誰より誰の方が上手いとか、誰のフィドルは、あるいは、フルートはあまり好きじゃないとか、誰々は曲はたくさん知ってるけど演奏はヘタだとか、そういう、陰口が日夜横行していました。
いや、そんな陰湿な文化が良かったというのでは決してありません。そういうわけではないのですが、やはり、本当の所はそういう部分って各人気にはなってはいるのですね。
これは、誰もが興味を持つ部分なのですが、軽く口にすると優劣を話しているような方向になりがちで、今の雰囲気の中ではちょっとタブーな感じになってしまう。でも、本当は優劣に興味があるのではなくて比較に興味があるわけで、これは実は健全な研究態度と言えないでしょうか。
表面からは隠れてしまっても、比較検討には、皆さん興味が尽きることがないのだという事を今回の企画で再確認したような気がします。
そうであれば、陰湿な陰口になってしまうよりも、このような対決企画というエンターテイメントにしてしまうことで、明るいオープンな雰囲気の下に演奏比較のタブーを外し、ひいては、愛好者全体の音楽的研鑽に役立つのではないかと思った次第です。
大昔は、対決エレキ合戦!というようなTV番組もありましたよね。。。。(す)
オーケストラアレンジで聴くケルト・北欧の伝統音楽 第11回 ノルウェー狂詩曲(ハーバート):吉山 雄貴
編集後記
ここ数年、アイルランド音楽はもちろん他のケルト音楽や北欧音楽でも
現地アーティストの来日公演が増えましたね。国内アーティストの活動も
盛んですし、コンサートを見るのに年中忙しいことと思います。今年も皆様に
素晴らしい音楽体験がありますように。2019年もどうぞよろしくお願いします
クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月2回刊)
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