ライター:櫻井静
アイルランドやスコットランドなどの地域で生まれた「ケルト音楽」は、世界中の様々な音楽ジャンルに影響を与えています。
その音楽ジャンルの一つがJ-POP。決して数は多くはないものの、身近なJ-POPにもケルト音楽が取り入れられている素敵な曲があるんです。そこで、ケルト音楽に影響を受けたと思われるJ-POP曲を、ご紹介していきます。今回はその後編です。
「帰り道」(OAU)
- 「帰り道」(OAU)
- 作詞:TOSHI-LOW
- 作曲:OAU
2019年リリース、アルバム「OAU」に収録されている「帰り道」はドラマ「きのう何食べた?」(テレビ東京系)Season1の主題歌です。
「きのう何食べた?」は、男性カップルの幸せな日常を描いた話題作で、Season2放映、映画化、と人気はとどまるところを知りません。「帰り道」はこの平和な日常にぴったりな、ティンホイッスルとフィドルの音色が暖かい、牧歌的な一曲となっています。
この曲の冒頭を聴いてみてください。ケルト音楽をちょっと知っているよ、というあなたならば、きっとピンとくるのではないでしょうか。そう、ケルト音楽の名曲「Down by the Salley Garden」にそっくりなのです。試しに、「帰り道」のAメロを聴きながら、「Down by the Salley Garden」の冒頭を口ずさんでみてください。コード進行が同じこともあって、ぴったり合うのが面白いですね。
「OAU」は、生楽器でアコースティックなサウンドを奏でる6人編成のJ-POPバンドで、メンバーのMartinさんは次のように語っています。
ヨーロッパやアメリカみたいに大きく動いているフォークのシーンって日本になかったし、ケルトとか、ジプシーとか、カントリーが日本には根付いてないと思ったから、そのカルチャーを日本でも作りたくて
このように、彼らは、ケルト音楽をはじめとしたフォーク音楽を日本にも根付かせたいという強い思いで音楽活動をしています。アイリッシュパブで演奏してきた経歴を持つなど、フォークに造詣が深い彼らが作るOAUの楽曲には、世界各国のフォークテイストの曲が勢揃いしており、ケルトテイストの音楽も多く見られます。
例えば、2019年リリースの「Akatsuki(冬が始まる日の暁に降り立つ霧の中に現れた光の輪)」では、ボーカルではなくティンホイッスルがメロディを担当する、完全なアコースティック曲になっているなど、本格的な楽曲となっています。また、曲名にアイルランドのダンス曲であるJigがついていたり、アイルランドの作曲家「ターロック・オキャロラン」の名曲「Planxty Irwin」を日本語ボーカル入りでカバーしたりと、様々な試みをしているようです。
「家族の風景」(手嶌葵)
- 「家族の風景」(手嶌葵)
- 原曲:アイルランド民謡
- 編曲:中村幸代
- 作詞:谷山浩子
続いて、先ほどのDown by the Salley Gardenをカバーしたのがこの楽曲です。2008年リリースアルバム「虹の歌集」より、九州電力CMソングとして使用されていました。
楽曲はピアノと手嶌葵さんのやさしいボーカルのみのシンプルな構成でしっとりと始まります。後半ソロでチェロが入り、重厚感を増してきます。それでも終始盛り上がりすぎることなく、曲はさらっと終盤に向かいます。
ここで原曲の歌詞と比較してみたいと思います。
まず原曲では、冒頭、
Down by the salley gardens, My love and I did meet
(柳の木の下で、愛する彼女と僕は出会った)
とあり、その後
She bid me take love easy, As the leaves grow on the tree
(その木が育つように、恋も焦らずに、と僕に言った)
とあること。そして、
But I, being young and foolish with her did not agree.
(しかし僕は若くて愚かで、それに賛成できなかった)
つまり、「僕」は彼女を愛していたが、彼女はまだそれを受け入れずたしなめた。その意味を若くて愚かだった「僕」は分からなかった。といった、いわゆる過去の失恋と取れる内容なのです。
一方、「家族の風景」では、
あなたがいる やわらかな光みちる家
と、大切な「あなた」と家庭を築いている様子がうかがえます。
あなたがいる それだけで 幸せになれる
風の日も 心まよう日も そばにいるよ
寄りそえば ここはあたたかい
と、この曲では終始、ひたすら、大切な人のそばにいれる幸せや、あたたかな家庭の姿が描かれています。
先の原曲とは全く内容が違い、歌詞だけ見るとまるで別の曲のようです。
「願いごと」(手嶌葵)
- 「願いごと」(手嶌葵)
- 原曲:アイルランド民謡
- 編曲:佐藤拓馬
- 作詞:nico
2007年リリースアルバム「春の歌集」に収録されており、「ヤマハ音楽振興会」ヤマハ音楽教室CMソングとしても聞き覚えのある方がいらっしゃるかもしれません。先ほどの「Down by the Salley Garden」に引き続き、こちらは、アイルランド民謡「Danny boy」のカバーです。
名曲Danny boyをカバーしているアーティストは数しれず、様々な編成でアレンジされています。「願いごと」は、音の数を極限まで減らしたピアノ伴奏と、ささやくようなボーカルのみというシンプルな編成で、曲の良さを引き立てています。歌詞の内容は原曲とは違うのですが、それでも音楽的には雰囲気が最大限に残されていて、ケルト音楽へのリスペクトが感じられます。
手嶌葵さんの曲にはケルト風味のものが多いですね。他にもティンホイッスルを使用した「春の夜に」「虹」があります。興味のある方はぜひ聴いてみてください。
「Elderflower Cordial」(槇原敬之)
- 「Elderflower Cordial」(槇原敬之)
- 作曲:槇原敬之
2015年リリース、アルバム「Lovable People」に収録されている「Elderflower Cordial」。この曲名の「エルダーフラワーコーディアル」とは、アイルランドなどで栽培されている「エルダーフラワー」を砂糖で煮詰めてシロップにしたもので、イギリスやアイルランド、北欧では昔からドリンクや香りづけとして親しまれています。
この曲では終始、フィドル、ティンホイッスルの音が聴こえてくるアイリッシュ風の楽器編成であるほか、ボーカルの旋律自体もケルト風味と言えるでしょう。ボーカルラインのリズムは、J-POPでは多くは見られない三連符のノリになっています。やはりこれも、ケルト音楽のJigを意識してのことでしょうか。サビではコーラスが主旋律の厚みを増し、民俗音楽らしさが強調されています。
槇原敬之さんは実際にアイルランドを訪れたり、ケルトの笛「ティンホイッスル」を演奏することもあるほど、アイルランド音楽ファンだということです。「世界に一つだけの花」の冒頭や、「四つ葉のクローバー」など、彼はしばしば作曲にアイリッシュテイストを取り入れています。
いかがでしたでしょうか。アイルランドをはじめとするケルトの国々の音楽は、J-POPにも影響を与えています。ケルト音楽を少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。
- 参考資料・引用元
-
- 「OAUインタビュー」 2YOU