【バックナンバー:クラン・コラ】Issue No.277

アイリッシュ・ミュージック、ケルティック・ミュージックを中心としたヨーロッパのルーツ音楽についての情報、記事、読物、レビューをお届けする月2回発行のメールマガジン「クラン・コラ」。

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クラン・コラ Cran Coille:アイルランド音楽の森 Issue No.277

アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン 読み物編
Editor : 竹澤友理
September 2018

ブルターニュの至宝・フルート奏者Jean Michel Veillonの日本ツアーが始まります!:hatao

11月上旬に、フランスのケルト文化圏のブルターニュ地方より、フルート演奏家Jean-MichelVeillon(ジャン・ミシェル・ヴェイヨン)氏とギター演奏家Yvon Riou(イヴォン・リオウ)氏をお招きして初めての来日コンサートを企画しています。

本稿ではJean-MichelVeillon氏(以下JMV氏)について紹介し、皆様にブルターニュ音楽に興味を持っていただくきっかけとなれば幸いです。

お二人の演奏はこちらのYouTubeをご覧ください。これをBGMに読んで頂ければいっそうイメージが湧きやすいかもしれません。

ブルターニュ地方はフランス北西部に位置し、世界遺産モン・サン・ミッシェル(聖ミカエルの山)があるノルマンディー地方のすぐ南にあります。フランスの中にありながらケルト語の一種であるブルトン語が公用語として使われ、独自の民族的アイデンティティを誇りとしています。

ブルターニュにはアイルランド音楽などケルト音楽とフランスをはじめとする大陸ヨーロッパ文化の影響を相互に受けた魅力的な音楽とダンスがあり、フェスト・ノーズというダンスの集会が一年を通じて盛んに開催されています。

また、ロリアンのケルト音楽フェスティバルに代表されるように、全ケルト地域との交流があり、ケルト文化の発信拠点でもあります。

ブルターニュの音楽ではアイルランドのリールやジグとは異なる、ガヴォットやプリンやリデといった独特なリズムと踊りがあり、アイルランド音楽と共通する様々な楽器で演奏されます。舞曲はアイルランド音楽よりも短い8小節や16小節の曲を繰り返してメドレー形式で演奏します。繰り返す中で即興的な変奏や掛け合いが行われ、シンプルながら奥深く、力強いリズムが特徴です。

ブルターニュ音楽については日本ではほとんど知られることがありませんが、フィドル奏者Kevin BurkeやFlookやLunasaといったアイルランドの人気ミュージシャンが注目しており多大な影響を相互に与えあっています。

今回来日するJMV氏は木製フルート(いわゆるアイリッシュ・フルート)演奏家です。ブルターニュには本来フルートの伝統はなく、JMV氏は幼少期はダンサーそしてボンバルド(オーボエ族の伝統楽器)奏者としてスタートしました。

やがてアイルランド音楽の伝統音楽リヴァイバルに触発されフルートの演奏を独学で始め、Matt MolloyやSeamus Tanseyといったアイルランドの名手の演奏に影響を受けつつ、その演奏法をブルターニュ伝統音楽に応用し、ブルターニュ音楽におけるフルート奏法を確立した開拓者です。JMV氏の後には多くのフルート奏者が育ちました。現在のケルト音楽シーンを牽引するSylvain Barou氏もそのひとりです。

JVM氏は80年台にバンドKornog(コルノグ)で一世を風靡し、アメリカのGreen Linnet社を通じて日本にもCDが紹介されたので、ご存知の方も多いことでしょう。

JMV氏の音楽の魅力は、ブルターニュ音楽の伝統と精神に深く根ざしたその芸術性の高さです。それは踊りの伴奏としての音楽でありながら、心の奥深くに沁み入る深い音色と表現を備えており、日本の尺八の古典音楽や水墨画の世界を思わせるような渋さを感じさせます。

JVM氏はケルト音楽だけでなく、中近東や東洋の音楽にも大きな影響を受けているというのも頷くことができます。

今回の公演では初来日ということで、JMV氏に日本の伝統音楽を存分に楽しんでいただこうと、和太鼓、雅楽、尺八、能管など日本の伝統音楽奏者とのジョイントを企画しました。日本音楽とブルターニュ音楽を通して聴くことにより、聴衆はそこに多くの共通点を見出すことと思います。

また、特別にブルターニュ音楽とフルートのワークショップを、京都と東京で企画しています。

詳細についてはこちらからご覧ください。

https://celtnofue.com/about/jmv.html

今回は私の自主企画公演のため、次回はおそらく無いと思われます。特にすべてのフルート奏者、笛愛好家には足をお運びいただきたい、非常に重要なコンサートであることは間違いがありません。

ぜひお申込みをお待ちしています。

追記:下記、大島豊さんの原稿の中に偶然ながらKornogの文字が
見いだせますね。

Colleen Raney──アメリカで伝統をうたう試み・その13:大島 豊

アメリカのケルト系シンガー、コリーン・レイニィの録音を聴くシリーズ。

今回から彼女の4枚めのアルバム《Here This Is Home》を聴いてゆく。

まずはベーシックなデータの確認。

[Label]Little Sea Records CR004
[Release]2013-10-01
[Time]48:55
[Musicians]
Colleen Raney: vocals, bodhran
Aidan Brennan: guitar, bouzouki, vocals
Johnny B. Connolly: button accordions
Steve Larkin: fiddle
Colm O’Caoimh: piano, harmonium
Trevor Hutchinson: bass
Dave Hingerty: drums, percussion

Aaron Jones: bouzouki
Hanz Araki: vocals

[Produced]Aidan Brennan
[Recorded]Trevor Hutchinson @ Marguerite Studios, Dublin
Additional recording by Jordan Leff at
Secret Society Recording Studio in Portland, Oregon
[Mixed]Trevor Hutchinson @ Marguerite Studios, Dublin
[Mastered]Tim Martin, Dublin

[Tracks]
01.Canadee-I-O03:52
02.The Boys of Mullaghbawn05:05
03.Stand Up for Love03:39Vincent Woods & Aidan Brennan
04.The Lovely Green Banks of the Moy05:14
05.The Granemore Hare03:34
06.Lassie Wi’ the Yellow Coatie02:57James Duff & Niall Vallely
07.Sanctuary03:14Vincent Woods & M. O’Connor
08.Colliery Boy05:27 Joseph Kavanagh
09.The Cruel Brother05:34Child 11, Roud 26
10.The Nightingale04:53
11.Craigie Hill05:22

[03, 06, 07, 08]以外は Trad.

リリースからはちょうど5年。レーベルはコリーンとハンツ・アラキの自主レーベル。アイルランドはトレヴァー・ハッチンソンのスタジオでの録音。エンジニアは当然ハッチンソン。マスタリングのティム・マーティンは最近のアイリッシュ・ミュージックの録音を多く手掛ける。ミュージシャンはアメリカ人主体のようだ。ハンツ・アラキはゲスト参加。プロデューサーのエイダン・ブレナンはアメリカのケルト系ミュージシャンと共演している。ジョン・カニンガムやスーザン・マキュオンとの録音もある。

プロデューサーがギタリストであるからか、ここでもギターが主体のサポートだが、こちらはあくまでもサポートで、前作とはがらりと雰囲気が異なり、唄をひきたてようとする。前作はヴォーカルとギターがともに立って拮抗している。形としてはシャーリー・コリンズとデイヴィ・グレアムのものに近い。

ギターとともにハッチンソンのベースがほぼ全曲で底を支える。

選曲は例によってトラディショナルとオリジナルの混成だが、オリジナルはいずれもアイルランドやブリテンの伝統に則ったものではある。Vincent Woodsは現代アイルランドの詩人。[08]はキルケニーの炭坑を歌った曲。[06]はブルターニュのバンド Kornog で初めて聞き、ナイアル・ヴァレリィの演奏であらためて思い出した由。トラディショナルはやはり有名曲がならぶ。[09]はチャイルド11番、Roud26番のビッグ・バラッド。アルバムのタイトルは[07]冒頭の一節より。

このアルバムも Bandcamp でデジタル版のみの購入だが、これにはコリーン自筆の曲解説を収録したブックレットが PDF として付属していた。

試聴、購入はこちら。
https://colleenraney.bandcamp.com/album/here-this-is-home

次回から1曲ごとにこれまで同様聞き比べをしてゆく。冒頭の〈Canadee-I-O〉は、ボブ・ディランがとりあげったためもあって、演っている人がことに多いので、おそらくそれだけで1回分になるだろう。

ふたたび、足踏み?:field 洲崎一彦

足踏みのことはもう何回かこのクランコラ誌上に書いていると思うので、またか、と思われる方も多いと思いますが、ごめんなさい。またか、です。

ちょっと前にここに書いた「やっぱり足踏みはいかん」という内容に対して面白い反応をしてくれた人がいました。いわく、セッションで足踏みをするのはしょうがないでしょう?どうしても弾いてるうちにまわりの人とリズムがずれて来るから自分のリズムをキープするために足踏みでもしないと最後まで弾ききれなくなります。

なーるほど!ですね。目からウロコですね!

もともと、この足踏みということに対して、あれ?と思ったのにはきっかけがありました。今はもう活動を縮小していますが、fieldアイルランド音楽研究会というサークルがありまして、2010年あたりまでは毎年5月連休に合宿という行事を行っていたのです。

この合宿をやり出した頃ですからだいたい2002年ぐらいの合宿での話です。場所は琵琶湖近江舞子浜の民宿です。その民宿は複雑な作りになっていて真ん中に広い食堂スペースがあってそのまわりと地下に小部屋があるという間取りでした。そして、私達は主催者という立場でもあり、暗い地下の小部屋を本部部屋としていました。

そして、1日目の夕食時間の前の時間がだいたい自由時間になっていて、多くの人は食堂スペースでセッションをしていて、私達は本部部屋で仮眠を取ろうとしていた時の事でした。

斜め上方から、どんどん!という軽い振動を伴った音が響いて来るのです。まどろみかけていたので、何?何?工事でも始まったのか!という感じで飛び起きるのですが、それは上階の食堂でセッションが始まった状況でした。

セッションなら仕方がないなと思いましたが、その時に、一緒に仮眠していたスタッフが、セッションの足踏みというのは判りますが、それなら何故こんなにバラバラなんですか?と言うのです。

確かに!このバラバラな足踏みに合わせて皆楽器を弾いているのか?!これはもう素朴な疑問で、ちょっと見てくるわと言いながら食堂に上がって行きます。

すると、やはり、そこでは数人がセッションをしていたのですが、演奏している様子を聞けばそれほどバラバラな演奏ではない。が、そんな時ですから思わず彼らの足元にも目がいく。確かにこれがバラバラに動いている。そして、このバラバラな足の動きが目に入った途端、何の疑問も無く聞こえていた演奏が突然バラバラに聞こえ出したのです。

こういうものは一度気がついてしまうともう後戻りできなくなります。この体験以降、私は、セッションサウンドの合っていない感にずっと悩まされ続けることになるのでした。思えば、私の不幸はこの時から始まったと言えます。

では、こういう具合にバラバラに聞こえないセッションサウンドというものもあるのだろう?と、問われれば、それはもちろんありました。しかし、それは決まって外国人ミュージシャン達の演奏でした。fieldセッションには著名なアイルランド人ミュージシャンもセッションにおいでいただく機会が多かったので、彼らはもちろんですが、無名なアマチュアの外国人ミュージシャン達も例外ではありませんでした。彼らは楽器を操る技術が未熟でも、この合う合わないに関してはばっちり合っていた。ここの所が不思議でしょうがなかったのでした。

ここで言う、日本人と外国人は何が違うのでしょうか。これは未だにはっきりとこうだと言える材料はありません。が、アイリッシュでなくても昔から、日本人にジャズはできるのか?とか、日本人にロックはできるのか?とか時代時代によって問われていた事と大いに関連しているようには思えます。

この部分に注目すると、議論が広がり過ぎてしまうので、話を元にもどします。

いわく、セッションで足踏みをするのはしょうがないでしょう?どうしても弾いてるうちにまわりの人とリズムがずれて来るから自分のリズムをキープするために足踏みでもしないと最後まで弾ききれなくなります。これですね。

そりゃあ、数人が楽器を持って集まってそれぞれが違うリズムで演奏している状況になったら、誰かのリズムに合わせるか、何がなんでも自分のリズムをキープするか、演奏を止める以外に助かる道はないですね。

だったら、ここで、誰かのリズムに合わせるという選択肢を取ってもいいんですよね?

そうですね。この選択肢をとっている人も大勢いるんです。しかも、その人達も実はきっちり足踏みをしている!

つまり、自分が合わせようと思っている人の音を聴いてそれに合わせて足を踏もうとして、この足踏みに合わせて自分が楽器を弾く、と、まあこういう具合になっています。

この流派の人達の足踏みはよく観察するとすぐに判ります。よーく見てると足踏みの間隔がちょこちょこっと一定ではなくなる。何故かと言うと、以前から指摘しているのですが、足踏みをしながら楽器を弾くと多くの人は自分が弾いている音に合わせて足が動いてしまう。でも、頭では自分が合わそうとしている人の音に合わせて足を踏んでいるつもりでいるのでどうしてもずれて来る。そこで、意識的に足踏みを微調整してしまうのですね。だから、時々、ばたばたっとなる。

おまけに、前回も書きましたが、これ、どう考えても、リスナーとして音を聴いている態度ですよね。つまり、この仕組みで自分が楽器を弾くと本人は合っている気分になりますが、必ずタイミングは同時にはならずにずれるんです。これで、二重にずれる。

かくして、この流派の人と、前述の何が何でも自分のリズムをキープして楽器を弾く人が数人で一緒に演奏しているわけです。これって?? 誰ひとり誰にも合ってないリズムで合奏しているという状態にならざるを得ない。

はっきり言って、これで心地よい音楽になるでしょうか?(弾いてる方も、聴いてる方も)

じゃあ、どうすればいいの?

そうです。まさに、どうすればいいの?なのですよ。

今の所、こうすればいい!という明確な方法は私にはありません。が、少なくとも、上記のメカニズムで言えば明らかに諸悪の根源になっている足踏みをやめてみたらどうか。という事ぐらいしか思い付かないのです。

それで、もし、隣の人と明らかにリズムがずれて気持ち悪くて弾けなくなったら、その時は弾くのをやめればいいじゃないか、潔く。そんな感じでスッキリ気分でセッションに参加してはどうか、と。

確かに、それぐらいの気持ちでセッションに臨めばいろいろとスッキリするかもです。(す)

オーケストラアレンジで聴くケルト・北欧の伝統音楽 第9回 アイルランド交響曲:吉山 雄貴

突然ですが、私、交響曲はクラシック音楽の中でも、格別の地位をもつジャンルだと思うのです。

なにせ、評価の高い作品には交響曲が多く、また音楽の教科書に載るような大作曲家は、たいてい交響曲を書いています。クラシックと聞いて真っ先に思い浮かべるであろう、運命、第九、新世界などといったワードは、すべて交響曲の副題や通称です。

交響曲は、(1)オーケストラで演奏する、(2)長さや楽器編成の点で大規模、(3)形式や構成を重視する、(4)通常4つの部分からなる、などの特徴をもちます。4つの部分の1つ1つを、「楽章」といいます。

実のところ、私は交響曲が概してニガテだったりするのですが、まあそれはさておき……。交響曲のジャンルにも、伝統音楽を織りこんだ作品が存在します。それこそ今回とり上げる、その名もズバリ「アイルランド交響曲」!

作曲者は、ハミルトン・ハーティ(1879-1941)。北アイルランド出身です。ダウン州のヒルズバラという小さな町で生まれ、ベルファスト、ダブリン、ロンドンなどで活躍しました。「アイルランド交響曲」は、ハーティの代表作。次の4楽章からなります。全体の長さは30分あまり。

第1楽章:ネイ湖岸にて
第2楽章:定期市の日
第3楽章:アントリムの丘陵にて
第4楽章:十二夜

下記の動画で、全曲を視聴できます。

https://www.youtube.com/watch?v=g1ILN6pbDBk

補足しますと、アントリムは、北アイルランドの中でも北東部に位置する州、およびその州都の名。アントリム州の北部および東部が、丘陵地帯となっているようです。

ネイ湖は北アイルランドのほぼ中央にある、イギリスおよびアイルランドで最大の湖。北と東で、アントリム州と接しています。アントリム高原を形成する玄武岩の陥没によって形作られた、とかなんとか。

十二夜とは、クリスマスの12日後、すなわち1月6日にあたる、「公現日」の前夜のこと。クリスマスのかざりは、この日に片づける習わしだそうです。シェイクスピアに同名の戯曲があります。

ともかく、この「アイルランド交響曲」。全編にわたって伝承曲のオンパレードです。楽章ごとに、以下の曲を引用しています。

第1楽章:Avenging and Bright、The Croppy Boy
第2楽章:The Blackberry Blossom、The Girl I left behind me
第3楽章:Jim?n Mo Mh?le St?r
第4楽章:The Boyne Water

The Girl I left behind meは、本連載の第1回で紹介した、ルロイ・アンダーソンの「アイルランド組曲」の終曲としても、用いられました。愛されてますね。

それにしてもこの作品、やはり第1楽章が突出してイイ! 私はこの楽章だけで、おなかいっぱいになります。使用されているAvenging and Brightが、とてつもなくうつくしいんです。決然とした、ということばがピッタリの悲壮感にあふれています。歌詞全体を見わたしながら曲名を意訳すれば、「復讐の輝き」といったところ。これが原曲です。

歌詞はThe Sessionにも掲載されています。内容は、アイルランド神話のディアドラの物語にふれつつ、報復を誓うというもの。

https://thesession.org/tunes/8225

ディアドラは、アルスター王コノールのもとで、将来彼の妃となるべく育てられました。……どこの紫の上ですか? ですが彼女は、王に仕えるニーシャ(ノイシュとも)という戦士に心をうばわれ、強引にかけおちを迫ります。最後は脅迫までされてしぶしぶ同意したニーシャは、コノール王によって罠にかけられ、あっけなく死亡。ディアドラも自ら命を絶ちます。

ケルト神話にはこのように、臣下が主君の妃を略奪するはなしが、かなり多いです。なんでも、これがアーサー王伝説のランスロットや、『トリスタンとイゾルデ』に影響を与えているとか。

だがしかし、この歌詞、単に神話を題材にしているだけではないかもしれません。歌詞に、こんなことばがあるのです。

「エリンのひらめく剣はふり下ろさる」
「コノールの住処に赤き雲ぞ懸かる」
「追憶の故郷こそ甘美なれ」
「暴君に対する報いぞ何物にもまして甘き」。

エリンとはアイルランドの雅称です。赤はしばしば、イングランドを表します。第1回で言及した、Wearing Of The Greenという歌でもそうでした。そしてディアドラもまた、アイルランドの暗喩として用いられます。そう考えるとあらふしぎ! この歌、一気にイングランドに対するアイルランドの反抗を決意するものに早変わりします。

故郷が思い出の中にしか存在しないのは、うばわれているから。暴君はコノールと同時に、イギリス王をも表す、てワケ。そもそも作詞者のトマス・ムーア。表向きは神話の時代の回想にみせかけて、実は祖国の独立を訴える詩を、実際に書いています。

Silent O Moyleという歌では、海神リルの4人の子どもたちが、白鳥に姿を変える呪いがとける日を待ち焦がれるエピソードに、自由を渇望するアイルランド人の心情を、重ね合わせています。ぜったい確信犯(この用法は誤りです)ですって、この人。また奇しくも、ハーティもまた同じ神話を題材にした交響詩の作曲に着手し、未完のまま世を去りました。

Silent O Moyleの動画。

「アイルランド交響曲」を聴けるCDとしては、なんといっても次のものがオススメです。

【ハーティ アイルランド交響曲 他】
アイルランド国立交響楽団
指揮:Proinns?as ? Duinn
録音年:1996年
レーベル:ナクソス

指揮者の? Duinn。彼の名は、「リバーダンス」のサウンドトラックにも、記載されています。──リバーダンス・オーケストラの指揮者として。まさか同姓同名、同じ職業の別人、なんてコトはないと思います。アイルランド人がアイルランド伝承曲をちりばめて書いたオーケストラ曲を振るのに、これ以上の適任者は、見あたりますまい。

また、「アイルランド交響曲」のほかにも2点、ハーティの作品が収録されています。

ざっくり学ぶケルトの国の歴史(16)アイルランド史に残る大事件:上岡 淳平

第一次世界大戦だなんてスケールの大きな戦争が起こったものだから、英国はそちらにかかりきりになり、爆発寸前のアイルランドを放置せざるをえなかった。背景はこんな感じである。

(1)英国はアイルランドの自治を認めた・・・ところで戦争に突入。

(2)アイルランドは英国が自治を認めてくれた・・・ところで戦争に突入したので、気変わりしないよう英国に協力しよう。

(3)アイルランド国民は、自治が認められそうになった・・・らしいけど、とりあえず戦争に突入。あれ?なんかうちの政府、英国のご機嫌とってんじゃね??

そう、国民から見るとアイルランド議会がなぜ英国にヘコヘコしてる風にしか見えなかった。

そこで戦闘民族サイヤ人たちは一大集結して、1916年4月24日(復活祭週間の月曜日)に、首都ダブリンの公共建造物を占拠し、アイルランド共和国の旗を掲げるという蜂起を起こした!さらにそこで、「ここにアイルランド共和国の樹立を宣言します!」と高校球児並のさわやかさで宣言してしまったんだ。

当然英国としては怒り狂い、ダブリンの超狭い川に軍艦までよこして、1週間で彼らを弾圧。そして指導者連中は全員処刑にした。一連のこの事件は「イースター蜂起」と呼ばれている。(イースターは復活祭)

これらの事件は、当時のアイルランド国民にとって、「アイルランド独立に向けての実質的な第一歩」として心に深く刻み込まれた。

時のリーダーの肖像画は各家庭で、革命の象徴として飾られていたんだそうだ。

「アイルランドの歴史とは、ヴァイキング襲来以前とイースター蜂起以後にしかない」という言葉がある。つまり、その真ん中の長い間は英国の歴史ってわけだ。

英国に指導者を殺されてしまったけれど、愛国心の火はもはや燃え盛って消えるなんてことなんてありえない状態になっていた。そしてアイルランド(Newシン・フェイン党)のリーダーにイーモン・デ・ヴァレラというおっちゃんが就任する。

そして英国側のちょっとしたミスもあり、これまでバラバラにアイルランドの独立を訴えていたグループが手を組んだんだ!(ルフィと白ひげとクロコダイルとローが共闘したみたいにね!)

そうなるとアルスター地方以外のアイルランド全土で、独立を望む声が圧倒的多数になった。もうお気づきかと思いますが、このアルスター地方=いまだ英国から独立できていない「北アイルランド」になるわけですね。

もはやアイリッシュの新たな十八番となりつつある英国議会に対するボイコット→無認可の団体の立ち上げ(アイルランド議会)を宣言のパターン。この行為は実質的な英国への宣戦布告となり、英国vsアイルランドが開戦。(アイルランド独立戦争)

ネチネチと泥臭い攻撃を英国に仕掛けるアイルランドに、無秩序な弾圧部隊(ほとんど殺人集団)を送り対抗した。その時代にアイルランドの陣頭指揮を執っていたのが映画にもなっているマイケル・コリンズだ。

さすがの英国も、もはや埋められない溝の深さを認識し、アイルランドを北と南に分断した。そして1922年12月、ついに英国=アイルランド条約を結び休戦にこぎつけたんだ─

1920年ごろ、ごく最近のアイルランドvs英国なお話をお送りしたところで、また次回。

編集後記

8月からの災害、皆様は被害はなく過ごせましたでしょうか。私のところは家が雨漏りし、テレビが濡れて壊れ、ベランダのアンテナが折れて、その上韓国行きの飛行機はキャンセルとなり、さんざんでした。今年はこのあと最後まで何も無いことを祈っています。

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