13億人の人口を抱え、経済発展により急速に豊かになった中国。
衣食住という物質面が満たされると、人々は余暇や精神面の充実のために、スポーツや芸術といった文化活動にさらに時間やお金を費やすようになった。
私は、中国に興味を持って毎年のように通うようになって10年以上になる。
最初は日本との違いに戸惑うことばかりだったが、今では中国語がある程度理解できるようになり、音楽を通じて現地の友人がたくさんでき、中国人から生の声を聞くようになった。
そんな中国のアイリッシュ音楽事情については以前にクラン・コラで書いた記事があるので、興味のある方はこちらをお読みください。
今回は中国の楽器事情、とりわけティン・ホイッスルについて取り上げることにする。
中国とティン・ホイッスル
ティン・ホイッスルは、アイルランド音楽の楽器の中では唯一中国で人気が高まっている楽器だ。
※中国では哨笛シャオディー、台湾では錫口笛シーコウディーと呼ばれている
中国音楽の笛の音色といえば、竹製の横笛、笛子ディイズがあるが、特に中国北方では丈が短く音程の高い笛が好まれる。
笛は音程が高ければ耳を突き刺すような高音が遠くまで良く響くのだが、笛子はさらに竹紙の共鳴膜を貼るため、カズーのような「バズ」を発生させ、音量が増大し、さらに強烈な音色となる。
中国の笛は数多く種類があるが、私にとって中国の笛の音色といえば、この笛子がまっさきに思い浮かぶ。
京劇を見ても、中国人、なかでもとりわけ漢族は高音の華やかな音色が大好きなのではないか。
高音のティン・ホイッスルはそんな中国人の好みに良く合うのではないかと推測している。
その証拠に、中国人のアイルランド音楽セッションでは圧倒的にティン・ホイッスル奏者が多いし、中国人のSNS、微信(ウィーチャット)にはいくつものティン・ホイッスルのチャットグループがある(他の楽器のグループは無いようだ)。
その人気の元になったのは、アメリカのティン・ホイッスル奏者Joanie Maddenジョーニー・マッデンの世界的なヒットCD作品”Song of the Irish whistle”シリーズの影響がある。
中国のCDはショップではこのCDを含めアイルランド音楽のCDを入手することは難しいが、愛好家の間では違法な音源シェアが盛んで、今でもティン・ホイッスルの代表的なアルバムとして、ジョーニーは大妈ダーマーと呼ばれて、大変な人気がある。
人気の背景として、このアルバムがヒーリング・ミュージックをコンセプトに制作されたため、中国人が好む雄大でロマンティックな雰囲気の曲が多いことがあると考えられる。
今でこそ、訪中外国人の影響で北京では本格的なセッションを楽しめるようになったが、これまで10年ほどは、セッションといえばジョーニーのアルバム収録曲をそれぞれが練習して披露するというふうだった。
ジョーニー自身も、自分のCDが中国でこのように影響を与えたとは想定していなかっただろう。
独自の音楽文化
ご存知かもしれないが、中国ではアメリカ発の数多くのSNSやネットサービスへの接続が遮断され、利用できない。
その中にはamazonやiTunesがありアイルランド音楽愛好家は情報が限られた楽器が手に入りにくい中で、音源や知識を共有しあいながら、独特のティン・ホイッスルの音楽文化を発展させてきた。
そこには、中国の音楽教育も大きく影響している。
中国では五線譜を用いず、移動ドによる数字譜を用いる。
これは、一種のタブ譜のようなものと思ってもらってもよい。
クラシックを除いて、中国音楽の楽器は基本的にこの数字譜を使って習う。
そのため、ティン・ホイッスルを中国笛のように見立てて、数字譜で中国の流行歌や民謡を吹く需要があるようだ。
アイルランド音楽愛好家もこれは同じで、セッションに数字譜を書き込んだノートを持ち込む人も多い。
ティン・ホイッスルメーカーが誕生
このように、ティン・ホイッスルは中国人の音楽文化にその居場所を見つけたわけだが、それでは楽器はどのように手に入れるのだろう。
輸入楽器の高い税金や特殊なインターネット事情によって、中国ではいくつかのメーカーが生まれた。
代表としてGaleónというブランドでティン・ホイッスル、ロー・ホイッスル、ポリマー製キーなしアイリッシュ・フルートを製作する北京の徐航Andy Xuアンディ・シュー氏は、およそ10年前に楽器製作を始めた。
本業は音響機器メーカーの会社員であるため楽器製作は副業なのだが、中国では淘宝網タオバオを通じて販売しており、中国の愛好家の間では入手のしやすさ、品質から定評がある。
音響工学をもとに設計された楽器は鳴らしやすく音程も整っている。
私のお店を通じて日本でも購入することができ、価格と品質のバランスが優れているため、人気がある。
これ以外のメーカーもいくつかあるのだが、品質的に成功しているとは言い難いため、紹介するのは省略する。
良くない例としては、GoldieやSusato、Burkeといった有名メーカーのデザインによく似た製品がある。
コピーだという表現は避けるが、その評価は楽器としての品質によって判断されるべきである。
中国の13億人の市場は巨大で、もし中国でティン・ホイッスルがメジャーな楽器になれば、ティン・ホイッスルの市場に莫大なインパクトを与えることになるだろう。
中国は製造業の国で、人件費がまだ安いため、国際競争力も抜群である。
中国では、そのような未来のティン・ホイッスルの市場を狙って、いくつものメーカーが楽器開発、市場独占のしのぎを削っている。
(つづく)