ライター:吉山雄貴
今回はアイルランド伝承曲にもとづいた作品をご紹介します。
曲名は、「アイルランド狂詩曲」。
作曲者は、チャールズ・スタンフォード(1852-1924)。
彼は何と、アイルランド出身の作曲家です!
ダブリン生まれ。
狂詩曲とは、(1)楽器で演奏する、(2)形式は自由、(3)民族的な素材を用いる、などの特徴をもつ楽曲で、英語ではrhapsodyラプソディといいます。
有名どころは、フランツ・リストの「ハンガリー狂詩曲」や、モーリス・ラヴェルの「スペイン狂詩曲」など。
日本にも、伊福部昭の「日本狂詩曲」や、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」といった作品があります。
どちらも、いかにもニッポンニッポンしてますよ。
また、伊福部昭はあのゴジラのテーマの作曲者。
「日本狂詩曲」の一部も、ゴジラの映画音楽に転用されています。
しかしそれよりも、私と同じ世代のかたがたは、テレビアニメ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のオープニングソングだった、「葛飾ラプソディー」を連想するんじゃないかな。
……いけない、年がバレる。
さてこの「アイルランド狂詩曲」。
第1番から第6番までの、全6曲あります。
1曲あたり平均して15分ほど。
私は全曲ききましたが、ぶっちゃけ途中で力尽きました。
老いのせいか、集中力がとぎれるんですわ。
……いけない、年がバレる。
ですが、そんな私の残念な耳にもしっかり刻み込まれたのが、第1番と第5番です。
まずは第1番。
下記の動画でご視聴ください。
この作品、アイルランドの神話に登場する、クーフリンやフィン・マクールといった英雄たちの物語を描いている、とされています。
神話大好き人間の私としちゃ、こんなこと聞いたらもう、それだけでテンションマックスですわ。
短い前奏がおわるとすぐ、ジグらしきリズムの好戦的なメロディが登場。なんとなく、開戦を目前に控え、士気を昂揚させているような雰囲気です。
個人的に、ジグは戦いの場面とよく似合うと思うんです。
このメロディは、Leatherbags Donnelという伝承曲らしいのですが、The SessionやYou Tubeで検索しても、1件もヒットしません。
Leatherbags Donnelが落ちついてくると、次に現れるのが、かの有名なDerry Air。
さて、私が所有する「アイルランド狂詩曲」のCDのライナーノーツには、この曲はDerry AirでもDanny Boyでもなく、Emer’s Farewell to Cuchullin(エイヴァーのクフリンへの告別)という名前で紹介されています。
クーフリン(ク・ホリンとも)は、アルスターとコナハトの戦争で活躍した、アイルランド神話で最大の英雄のこと。
エイヴァー(エマーとも)はその妻の名前です。もちろん架空の人物ですよ、2人とも。
Derry Airは、非常に古い旋律だといわれています。
しかし、まさか神話の英雄にまで関連する曲だったなんてねェ……。
続いて、「アイルランド狂詩曲第5番」。
これも動画がアップロードされています。
こちらは前奏のあと、Return From Fingal(フィンガルからの帰還)が流れだします。
Return From Fingalは、The Sessionにはホーンパイプとして掲載されています。
また、私が参加したセッションでは、リールとして演奏されることが多かった、と記憶しております。
ところが、この作品で聞かれるReturn From Fingalは、まさかのマーチ風。
スタンフォードはこの伝承曲について、クロンターフの戦いのさ中に演奏された、という趣旨のことばをのこしています。
クロンターフの戦い、ご存知でしょうか。
1014年にダブリンの北でおこった、アイルランドとヴァイキングの間の戦闘で、アイルランド側が勝利しますが、上王ブライアン・ボルーが戦死します。
スタンフォードはこの戦いのことを念頭に置いて、Return From Fingalを、勇壮な凱旋行進曲みたいな雰囲気に編曲したんでしょうね、きっと。
というか、ブライアン・ボルーと関連するんだったら、Brian Boru’s Marchも使えばよかったのにな、と思うのは私だけか……?
これがReturn From Fingalです。
演奏はLúnasa。
ところでこのReturn From Fingal。
The Sessionにもこの名前で登録されていますが、Fingalは地名ではありません。
Fingalとは、「スコットランド・ゲール語で書かれた伝説を英訳した」と称して、18世紀に発表された、『オシアン』という創作物の登場人物の名前です。
これにちなんで名づけられた、Fingal’s Cave(フィンガルの洞窟)という洞窟ならば、スコットランドに存在します。
6曲のアイルランド狂詩曲。奇跡的に全曲コンプリートできるCDを発見しました!
さすがに1枚では収まりきらないので、2枚組みです。
【STANFORD: IRISH RHAPSODIES ETC.】
アルスター管弦楽団
指揮:ヴァーノン・ハンドリー
録音年:1986-1991年
レーベル:シャンドス
このディスクのいいところは、ライナーノーツの解説が非常に充実している点。
それぞれの狂詩曲に使われた伝承曲の曲名が、すべて分かります。
輸入盤なので、もちろん英語ですが。