古代ケルトの禍々(まがまが)しいお祭りがハロウィンの起源?

ライター:ネットショップ 店長:上岡

「ハロウィンとケルト」というコラムでハロウィンについて書きましたが、今日はもうちょっとだけ掘り下げて、ハロウィンネタを書いてみたいと思います。(一部、前のコラムとかぶる内容もあります)

サウィンというお祭り、聞いたことはありますか?
こちら、ずーっとずーっと昔、紀元前1000年とかの大昔、古代ケルト人たちによって催されていたお祭りの名前なんです。

古代ケルトのみなさんにとって、季節の変わり目にお祭りを開くのは大切な伝統だったそうです。
このサウィンも年に4回祝う「季節の変わり目フェス」の1つでして、秋分と冬至の真ん中に相当する10月30日〜11月1日までの3日間で祝われていました。
このお祭りを境に1年の中の「暗い(明るくないという意味)半年」「闇タイム」が始まるので、4大フェスの中でも一番人気のあった(重要性の高かった)お祭りだったそうです。

そして「暗い半年」の間は作物も取れませんから、その年最後の収穫作業を終えたら、ちゃんとお祭りに参加してその半年を乗り切れるよう、お祈りなり供物なりを捧げる、そしてそこに暮らす人々にはそれをしないといけない義務があったようです。(参加しなくてもいいんだけど、参加しない人には神様から罰が与えられると言われていたそう)

ちなみに、この期間中は現世とあの世の隔たりなくなっちゃうとされていて、先祖が家に帰って来れたり、はたまた悪そうな霊・魔物がやってきて人を攫ったりすると信じられていました。
お盆に近いですが、やや訳ありな感じですね。「訳あり盆」ってところでしょうか。

なので、人々は何をするかと言いますと、まず司祭(その当時の宗教的なリーダー)とドルイド僧が、火付け装置付きの車輪とともに町中を練り歩き、家々に火を灯しました。(放火じゃないよ)
その火は、寝るからといって消さず、燃えるままにして置いておくのがならわしだったそうです。

また、妙な世界から妙に悪いやつ・いたずら好きな妖精がやってくるので、悪さをされないように供物を提供することも欠かしませんでした。
妖精というと、なんとなくかわいい、ディズニーっぽいイメージを持っていますが、どうも昔の人からしたら妖精はただの気まぐれな人さらいみたいな感じだったようで、そういう妖精に変な気を起こさせないようにするために、生きた人たちも死者っぽい、魔物っぽい格好をして過ごしました。(まんまハロウィンですね)

黒い馬に乗った首無し騎士や、黒い豚さんを連れて夜に人を追いかけ回す謎の淑女(レディ・グウィン)など、なかなかパンチの効いた存在もこの文化から多数輩出しています。

そして、古代の儀式といえば、でおなじみ(?)の生贄を捧げる風習もあったようで、牛を捧げたり、時には人を捧げたり、また捧げ方がえらく工夫されていたり(ウィッカーマンという伝説をこのサウィンに結びつけて考える人もいるようです。興味ある方は調べてみてね)と、なかなかお子さんには伝えづらい内容の部分もあったそうです。

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