ライター:松井ゆみ子
イーリアンパイプス奏者&ブロードキャスターのピーター・ブラウンPeter Brownが、久しぶりにラジオで新シリーズをオンエアしていて愛聴しています。“Tuning the Radio”RTE radio 1、アイルランドでは毎週日曜日の夜10時から。
https://www.rte.ie/radio/radio1/tuning-the-radio-with-peter-browne/
伝統音楽の演奏がラジオで聞けるようになった1926年をテーマにしていて、当時放送された演奏に加え、出演したミュージシャンへのインタビューが盛り込まれ、それがまたとても興味深いのでぜひ聞いてみてください。
当時のラジオ局はクラシック音楽に関わるスタッフが中心で、伝統音楽のミュージシャンたちを少し下に見る傾向があったとか。番組での演奏は一発こっきりで生放送。なによりも「間違えないように」が重視されていた様子。オーディションがあり、リートリムやドニゴールからダブリンの放送局まで出向くのも当時はたいへんだったと想像がつきます。チューンをいくつも演奏したあげくに出演できなかったミュージシャンも少なくなかったよう。
やがて、アメリカのローマックスがアイルランド各地で現地の演奏家たちの音源を収録するようになり、RTEも収録班を地方各地へ送り込むようになったのだとか。それまで伝統音楽の演奏は誰かの家などで聞くしかなかったのに、ラジオで聞けるようになり、ミュージシャンたちがレパートリーを増やしたり、遠くの地域のチューンを学ぶきっかけにもなり、新しいミュージシャンたちの育成にもつながっていきました。アイルランドは今もラジオの人気が衰えませんが、開局当時から音楽を重視してきた歴史に裏打ちされているのだと思います。
わたしにとってもアイルランドのラジオは貴重な情報源。特に伝統音楽のアーカイブスは驚きや発見の宝庫で聞き逃せません。テレビのドキュメンタリー番組も同様です。しばらくテレビのない生活をしていて不自由はなかったのですが、引っ越し先にあったテレビで久しぶりに音楽もののドキュメンタリーを見まくっている最中。オンデマンドでまとめて見られるのも便利で。そんななかでたまたま最近知ったのがメアリー・オハラMary O’Hara。
1935年生まれのアイリッシュソプラノ歌手で、アイリッシュハープを演奏しながらの弾き語り。メアリー・ブラックやクラナドのモイア・ブレナンに影響を与えたそうですが、確かにモイアのスタイルを見れば納得。
メアリー・オハラは1950〜60年代に活躍し、特にアメリカで大きな人気を博しました。アメリカの詩人と結婚して現地で暮らすものの新婚15ヶ月で夫に先立たれ、イングランドの修道院で12年間修道女をつとめたあとアイルランドに戻り、今はアラン諸島のどこかでトラッドチューンを収集していると聞きます。
彼女はスライゴーの出身で、姉は女優のジョーン・オハラJoan O’Hara。ジョーンはアビーシアターをベースに活躍、息子は作家のセバスチャン・バリーSebastian Barry。拙著「アイリッシュネスへの扉」でバリーの作品に触れていますが、ダブリン生まれの彼がスライゴーに関わる作品を書いたことが不思議だったのですが、ようやく謎が解けました。
メアリー・オハラの歌は今聞くと古風ですけれど、当時ゲール語でこんな風に鮮やかに歌う人はいなかったはず。同じチューンをフェアポート・コンベンションのサンデー・デニーも歌っています。