ライター:hatao
こんにちは、ケルトの笛のhataoです。
私は先日、インド音楽の横笛「バーンスリー」の修行のために、演奏家の寺原太郎さんのご自宅に五日間住み込んでレッスンを受けてきました。
インド音楽といってもボリウッドの映画音楽やポップス、各地域の民俗音楽など様々なジャンルがありますが、私が習ったのは北インドの古典音楽、かつて宮廷で演奏されていた音楽です。本稿では北インド古典音楽を「インド音楽」と呼んでいます。楽器としては、ビートルズの録音でも演奏されていた弦楽器「シタール」が有名ですが、横笛も演奏されています。ぜひYouTubeで検索して聴いてみてください。
さて、そんなインド音楽はケルト音楽とつながりがあるのでしょうか? 一見、地理的にも文化的にもまったくかけ離れた二つの音楽ですが、実は様々なコラボレーションの試みがなされています。今回は、そんなインド音楽にもちょっと興味があるケルト音楽ファンの方に向けて、オンラインで聴けるものから音源をご紹介します。私が笛吹きのため笛の音源ばかりとなっています。
1. Ustav Lal, Sam Comerford “Ragas to Reels” (2014)
インド音楽では音階をなめらかにつなぐ「ミーンド」という演奏法があらゆる楽器で用いられます。これは、インド音楽の中心は声楽であるという考え方があり、声のなめらかな抑揚を楽器でも表現するためです。また、インド音楽では平均律を用いず、ドローンに対する純正律や微分音で演奏します。
その二つの観点から、ポルタメントができず、平均律に基づいた鍵盤楽器はインド音楽に最も不向きだとされていました。もっとも、ハルモニアムは歌の伴奏で使われており、また日本由来の大正琴は民俗音楽で使われていますが、それは古典音楽とは別の話です。
そんな不自由な楽器であるピアノでラーガ(音階に基づいた音楽的規則)を表現するインド人演奏家Ustav Lalと、アメリカ生まれダブリン出身のジャズ・サックス&アイリッシュ・フルート奏者のSam Comerfordの本作は、私の知る限り最もインド音楽に肉薄したアイルランド音楽です。
これまでMichael McGoldrickのようにアイルランド音楽の中でパーカッション・セットのひとつとしてタブラ(インドのパーカッション)を活用した作品はいくつもあったのですが、本作ではインド音楽理論のラーガとターラ(リズム規則)に基づいてアイリッシュ・フルートで即興演奏をしています。
インド音楽のようにタンプーラによるドローンがなく、楽器がピアノであるため一聴すると西洋音楽のようなのですが、きちんとインド音楽の語法で演奏をしているようです(ラーガについては筆者が不勉強のため、推測です)。即興中に時々アイリッシュのメロディが引用されるのはご愛嬌です。
2. Zakir Hussain, Rakesh Chaurasia, Jean-Michel Veillon, Fraser Fifield, Charlie McKerronほか “Distant Kin”
タブラ界の押しも押されもせぬトップ・プレイヤーZakir Hussainは、これまでジャズや日本の和太鼓など様々なジャンルでコラボレーションを展開してきましたが、ケルト音楽の作品としてはおそらく本作が初めてではないでしょうか。
インド音楽とケルト音楽のコラボである本作は、ケルト音楽からはブルターニュからフルートJean-Michel Veillon、スコットランドのホイッスルのFraser Fifield, スコットランドのフィドルのCharlie McKerronとPatsy Reid、アイルランドのバウロンのJohn Joe Kelly、ギターのTony Byrneが、インド音楽からはバーンスリー(フルート)のRakesh Chaurasia、ヴァイオリンのGanesh Rajagopalanらが参加しています。音楽通の方には、演奏者の顔ぶれを見ただけで超一流だとお分かりでしょう。
選曲や音楽性はだいぶケルト音楽に寄ってはいますが、そんな中でもインド音楽の節回しが聴けるのは楽しいです。Flookのジョン・ジョー・ケリーはかねてよりザキール・フセインをリスペクトしている発言をしていましたので、目の前でバウロン・ソロを披露してきっと幸せだったんだろうなあ。
3. Fraser Fifield “In Mumbai”
https://fraserfifield.bandcamp.com/album/in-mumbai
上記アルバムにも参加しているスコットランドのFraser Fifieldは、ホイッスル、サックス、バグパイプ、カヴァルなどを操り、スコットランド音楽の語法に基づいたアドリブを展開するユニークなジャズ演奏家です。
クールでフォーキーなジャズ作品を多数発表している彼ですが、本作は南インド音楽の演奏家との共作で、演奏者は以下のとおりです。
Sabir Khan – Sarangi
Navir Sharma – Tabla and Dholak
Suresh Lalwani – Violin and Viola
テーマからアドリブという流れはまさにジャズの定型なのですが、ギターなどの和声楽器を用いずにインド音楽のリズムと音階を背景にそれぞれの語法でアドリブする、フリースタイルでありながらクールなコラボ音楽となっています。
4. Jean-Luc Thomas “Magic Flutes”
ブルターニュのフルート奏者、Jean-Luc Thomasはブルトン音楽の演奏家でありながら、マリ、ブラジル、インドなど様々な音楽家とのコラボレーションを盛んに行なっています。本作では、南インドのバーンスリー奏者Ravichandra Kulurとの共作で、オリジナル曲でお互いの演奏スタイルに基づいた即興演奏を展開しています。
5. Sylvain Barou “Lotus Feet”
フランスのフルート奏者Sylvain Barouはインド音楽を学んだバーンスリー奏者でもあります。フルートとバーンスリーは一見似た横笛でありながら、演奏方法は全く異なり、やはりバーンスリーにしかできない表現があります。
こちらの録音では、Shakti with John McLoughlinでバーンスリー奏者のHariprasad Chaurasiaがゲスト演奏していた曲を彼らの演奏解釈で取り組んでいます。
6. 番外編1
アイルランド出身、現在ドイツ在住のフルート奏者Alan Doherty(昔はバンドGradaのメンバーとしても知られる)はMurali Ensembleというグループで南インドのバーンスリー奏者とコラボをしていました。こちらは音源を発表する前にすでに解散したと思われます。惜しいですね。
Ravichandra Kulur – Flute
Alan Doherty – Flute
Gerry Paul – Guitar
Trevor Hutchinson – Double Bass
7. 番外編2
スコットランド人バグパイプ奏者 Ross Ainslieがかつて参加していたIndia Albaというバンドは、スコットランド人2名とインド人2名によるコラボレーション。2枚のCDを発表してますが配信には出ておらず、入手が困難となっています。シターン奏者のNigel Richardはバグパイプ製作家でもありましたが、すでに他界しています。私は1stをエディンバラで買うことができたのですが、2nd CDをお持ちの方がいたらご連絡ください!
8. 番外編3
アメリカ出身、アイルランド在住のアイリッシュ・フルート奏者Steph Geremiaはアメリカの大学時代にインド音楽をバーンスリーで習っています。筆者は2002年に当時アイルランド旅行中だったStephと出会っているのですが、バーンスリーを携えて旅をし、宿で練習していた姿を印象的に覚えています。
いまやベテランのフルート奏者としてそんな過去の片鱗も見せないStephですが、2003年(なんと21年前!)のアルバム“Tireile”ではHansadhwantiというラーガを披露しています。このCDは今は入手困難となっています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。このように、少なくないケルト音楽演奏家がインド音楽に興味を持って学んだり、コラボレーションを行なっています。それぞれは全く異なる音楽ではありますが、インド音楽の高度な理論や技術は他ジャンルの演奏家にとっては音楽の真髄に近づくための秘宝のような存在なのかもしれません。他に良いコラボレーションをご存知の方がいましたら、ぜひお知らせください。