現代のアイルランド音楽の伝説ーハープ奏者リーシャ・ケリー


出典 https://blog.mcneelamusic.com/

アイルランドの楽器メーカーMcNeelaが公開しているブログの中から、「ドライブ感のある器楽的なハープ演奏」という独自のスタイルでアイリッシュ・ハープの新しいアイデンティティを開拓し、伝統的なアイリッシュ・ハープ演奏の風景を塗り替えたハープ奏者「リーシャ・ケリーLaoise Kelly」について紹介している記事を許可を得て翻訳しました。

原文:Modern Day Traditional Irish Music Legends – Laoise Kelly

現代のアイルランド音楽の伝説、ハープ奏者リーシャ・ケリー

ハープはアイルランド音楽の伝統の中で最も古い楽器で、アイルランドで1000年以上にわたって演奏されてきました。このアイルランドを象徴する楽器はアイルランドの国章として使用されており、2019年にはアイルランド音楽と文化生活におけるそのユニークな位置づけが認められ、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。

現在アイリッシュ・ハープは世界中で演奏されています。このハープ革命の舵取りをしているのが、「同世代の最も重要なハーパー」であるリーシャ・ケリーです。

ドライブ感のある器楽的な演奏という独自のスタイルで、リーシャはアイリッシュ・ハープの新しいアイデンティティを開拓し、伝統的なアイリッシュ・ハープ演奏の風景を永遠に変えました。

ハーパーの誕生

四兄弟の末っ子であるリーシャ・ケリーは、Co.メイヨー州のウェストポートで生まれ育ちました。音楽一家に生まれた彼女は、幼少期から音楽に囲まれた生活を送ります。

のちに自分も音楽の道に進んだピアノ奏者の父親は、子供たちに必要な音楽のスキルをすべて身につけさせたいと考え、リーシャには4歳のときからピアノと楽譜の読み方を教えました。

リーシャがハープを始めたのは12歳のことでした。彼女は9歳のときに近所の家で初めてハープに出会い、一目惚れしました。それから3年経ったある日、リーシャが学校から帰宅すると、お父さんがリーシャのためにハープを買ってきてキッチンに置いているのを見つけたのです。リーシャはあまりに驚いて、自分が死んで天国に行ってしまったのかと思ったそうです。

彼女は最初、ルイスバーグのアンマリー・スキャンロンAnnnmarie Scanlonに教わりましたが、アン・マリーはハープ界の伝説的存在であるナンシー・カルトープNancy Calthorpの教え子でした。

リーシャはハープを楽しんで習ってはいたものの、曲は好みではありませんでした。というのも、レッスンの内容はクラシック音楽の演奏テクニックと、ハープで伴奏をしながら歌うことが中心でしたが、それは彼女の興味をそそらなかったのです。

「ハープは歌の伴奏のためのものでしたが、まったく私の趣味ではありませんでした。歌はカッコ悪いし、レパートリーも超カッコ悪いし。そういうスタイルは30〜40年前のものなんです。絶対にかっこ悪いのです。それで私は何かにつけて学校にハープを持っていくと(あまりないことなのですが)、みんながいなくなるまで教室で待ったのです。」

リーシャは10代の頃はロスコモンのハープ奏者キム・フレミングKim Flemingに師事し、そこで初めてハープを伴奏に追いやるのではなくメロディ楽器として使い、伝統的なアイリッシュ・ダンスの曲をハープで演奏する楽しみを発見しました。彼女がこのようなスタイルを始めたのは、現代のハープ演奏にとっての幸運な出来事でした。

大胆な一手

高校を修めるとリーシャはメイヌース大学Maynooth Univesityで音楽とアイルランド語を学びました。しかし、学校で習ったことは完全に古典的なものでした。そのためコーク大学でさらに音楽の勉強を続けるべく、アイルランドの偉大なピアノ奏者であり、伝統音楽の巨匠であるミホール・オ・スーラボーンMícheál Ó Súilleabháinに学びました。

ミホールはリーシャの才能を認め、彼が英国BBCでMCを務めるテレビシリーズ、「A River of Sound – Between Jigs and Reels」に彼女を招待しました。この象徴的なテレビ出演はリーシャの音楽キャリアにおける突破口となり、彼女をスポットライトの下に押し出し、それ以来、彼女はずっとそこに留まっています。

さてその問題の収録で、リーシャはキンバラ城で偉大なアイルランド・ハーパー兼作曲家のターロック・オキャロランの曲を演奏するよう依頼されました。しかしハープ奏者に対する固定観念を避けるために、リーシャは当初それを拒否しました。彼女は「城の中でドレスを着たカイリン(少女)」と見られることを望まず、この時代遅れのイメージを避けたいと考えたのです。

ありがたいことに、撮影は別の場所に移すこととなり、リーシャは自分自身でレパートリーを選ぶことが許可されました。彼女は“Carolan’s Receipt”を演奏する一方で、数曲のジグも録音しました。この伝説的なパフォーマンスは非常に不鮮明な映像ながら、ここで楽しむことができます(1:30:32から)。

この番組は、トラッド純粋主義者の議論の的となりました。その中にはアコーディオン奏者のトニー・マクマホンTony MacMahonがいたのですが、彼は「この演奏にアイルランドらしいものは何もない」と主張したのです。しかしその話については、また別の機会にしましょう。

ともかく、伝統的なダンス曲をハープで演奏するというリーシャの大胆なパフォーマンスは、革命的と見なされました。ここに、現代のハープ奏法が生まれたのです。


出典 https://www.laoisekelly.ie/

リーシャのユニークな演奏スタイル

リーシャは当初は指先で弦を弾いていました(クラシック、アイリッシュ問わず、ほとんどのハープ奏者はこの方法で演奏しています)。しかし、2000年以降、彼女は演奏スタイルを変え、右手の爪で弦を弾いてメロディを奏でるようになりました。

奏法をすべて変えなくてはならず、大変でした。その理由のひとつは、私がギターのスティーブ・クーニーSteve Cooneyと一緒に演奏しており、彼がスパニッシュ・ギターを弾いていたことです。私達は同じ音色で演奏をする必要があったのですが、それなら爪の方に利点があるでしょう? 爪を使えば爪で弾く音がします。ちょっとの爪があるお陰で、音がはずむのです。

指先の肉ではなく、爪で弦をはじくことで、明るく響く音が生まれます。この奏法は、古代アイルランドに伝わるハープ奏法を彷彿とさせます。

伝統的なアイリッシュ・ハープには金属弦が張られており、ハープ奏者は注意深く形作った長い爪で弦を弾きます。この奏法は、現代のアイリッシュ・ハープとは大きく異なり、冴えた音色、持続する音、そして「鐘のような」響きを生み出します。残念ながら、この奏法はアイリッシュハープの衰退とともに18世紀にはほとんど見られなくなりました。

リーシャの楽器には現代のガット弦が張られていますが、爪で弾く彼女の奏法は昔の偉大なアイリッシュハープ奏者へのオマージュであることに変わりありません。彼女が奏でる明るく太い音色は、簡単にそれだと区別がつくほどです。

彼女の右手は、ソロ楽器としてのハープに革命をもたらした流動性、創造性、透明性をもって曲を奏で、彼女の左手は、ギター、ブズーキ、バウロン、キーボードの現代の世界との関わりに根ざしながら、独自の存在として伴奏とグルーブの世界における新しい声の源となっている
― ナイル・キーガン、アイルランド世界アカデミー

爪弾きの明るい右手のメロディと、指弾きの柔らかい左手の伴奏が美しく対比されています。それは次のビデオで見ることができるでしょう。

リーシャ・ケリーの音楽的遺産

リーシャ・ケリーはその輝かしいキャリアを通じて、ザ・チーフタンズ、クリスティ・ムーア、シャロン・シャノン、トミー・メイク、マット・モロイ、トミー・ピープルズ、ドナル・ラニー、メアリー・ブラック、メイガッド&トリオナ・ニ・ドムナイルなど伝説のアイルランド人アーティストと70以上のアルバムで録音してきました。

彼女は音楽アンサンブルBumblebeesとFiddletreeの創立メンバーであり、パイパーTiarnán Ó Duinnchinnを含む多くのミュージシャンと定期的にツアーをしています。

リーシャのお陰でハープはセッションの中心に座ってもいいようになり、またフェスティバルの前線を務めるトラッドバンドの中心的な存在となった。
― ナイル・キーガン、アイルランド世界アカデミー

これらに加えて、リーシャは、“Just Harp”“Ceis”“Fáilte Uí Cheallaigh”という3枚の傑作のソロアルバムを出しています。これらの素晴らしい録音は、真のヴィルトゥオーゾとしての彼女の最高の状態を示しています。愛用のハープと二人きりになると、リーシャ・ケリーは魔法をかけるのです。

音楽を創作するだけでは満足せず、リーシャは常にアイリッシュ・ハープの評判を高め、他の人々が彼女の足跡をたどるよう奨励することに熱心です。それは2016年にアキル島ハープ・フェスティバルを設立することにつながります。

アキル島は、アイルランド西海岸のメイヨー州の沖合に位置し、リーシャ・ケリー氏が自宅を構え、家族(全員音楽家)を養っている場所です。この誇り高いメイヨー州の女性にとって、アイリッシュ・ハープの壮大さを祝う年次イベントの開催地としてアキル島が最適だったのは言うまでもありません。その結果、毎年世界中からあらゆる年齢層のハープ奏者が美しいアキル島に集まり、様々なスタイルの伝統音楽に基づいたハープ演奏を披露しているのです。

リーシャの言葉によると最初の目的は「クールなフェス」をすることであり、それは「ハープの将来のために、若い才能に焦点を当てる」ことでした。そうして毎年、あらゆる世代のハープ奏者が世界各地から美しいアキル島に集まり、ハープ演奏を披露するのです。

最も謙虚な受賞者

彼女は1992年のBelfast Bicentennial Harp Festivalでウォーターフォード・クリスタル・ハープを受賞し、フラーキョールにて3度も全アイルランド・チャンピオンに輝きました。

いくつもの賞を受賞した音楽家であるにも関わらず、自身の成功に最も驚いているのはリーシャ自身なのです。

例えば、2020年、ハープ・フェスティバルの熱狂のさなか、TG4 Ceoltóir na Bliana Gradam Ceoil(年間最優秀音楽家賞)を受賞したことを知らせる電話が鳴ったとき、彼女はとても信じられなかったといいます。

突然あなたにこの賞を授けたいと言われても、なかなか受け入れられませんでした。名誉なことだと思うし、ハープにとって素晴らしいことだと思いますが、私の人生、そして頭の中では、私は決して十分な実力があるとは思えなかったので、『あなたがふさわしい』と言われても受け入れがたいことでした。

しかし、この受賞は彼女以外の他の誰にも驚きを与えませんでした。この栄誉をようやく理解し始めたとき、リーシャはいつものように謙虚な態度でこう答えました。

ハープのために、私はただただ喜んでいます。その時が来たのです。言葉では言い表せないほど感謝しています。でも、何よりもハープにね。素晴らしいです。それから私を導いてくださった偉大な先生方へも。ハープ界のために、国内外を問わず演奏家のために、喜んでお受けします。

リーシャの楽器への敬愛は明らかですが、それだけではありません。彼女が演奏技術と音楽性をハープにもたらしたことは疑いの余地がありません。長年の努力が彼女の才能と結びついたのです。

アイルランド音楽には上下関係がなく、10代でも80歳でも90歳でも、みんな同じように曲を演奏します。私達はひとつなのです。

彼女は受け入れたくないかもしれませんが、リーシャは間違いなく偉大な人々の間で自分の地位を獲得しており、彼女が伝統的なアイルランド音楽の世界に与えた影響に対して、この評価を受けるに十分値する人物です。彼女は、「かっこ悪い」時代遅れの楽器としてハープに見向きもしなかった何世代もの人々を触発することに成功しました。

彼女の音楽的遺産は長く、遠くまで及んでいます。そこで、もう1つビデオをご紹介しましょう。リーシャと彼女の息子Caoilte Ó Cuanaighによるものです。

リーシャの足跡をたどる

ほかの人々のように、あなたがリーシャの魔法のようなハープ演奏に触発されたのなら、当店のハープをご覧になってみてください。ハープを学ぶことは、本当に実りある経験です。それだけでなく、このユニークな楽器は、あなたを両手を広げて歓迎してくれる、繁栄したコミュニティへの参入を保証してくれるのです。