ライター:松井ゆみ子
みなさん新しいチューンはどのようにして学ばれているのでしょう?
わがヴィレッジのセシューン練習会仲間からはときどき、先生の演奏する宿題用チューンの映像が送られてきます。しかし、わたしは映像があるとつい見入ってしまって肝心のチューンがなかなか頭に入りません。先生が目の前で演奏しているときは、指使いを見る前にメロディ自体に集中するのでわりあいとすんなり覚えていくことができるのですが(いつもとは限りませんけれど!)、オンラインレッスンに不向きな生徒です(苦笑)。
特にこのチューン、つかみどころがなくお手上げでした。ご存知ですか? “The King of the Fairies”
わたしの楽器はフィドル、先生もフィドルとハープを演奏しますが、練習会にホイッスルを演奏するこどもたちが多いこともあり、新しいチューンはホイッスルで学ぶことがしばしば。Notesが明確につかめますし。
それでもこのチューンには四苦八苦。追記された先生のコメントで著名なロックグループ、ホースリップスが演奏していることを知り、バンドの演奏を毎日聴いたら覚えられるかもと期待をつなぎました。もともとロックファンですから。まずは彼らのヴァージョンを。
同じチューンに聞こえます?笑
ホースリップスの名前はよーく知っていましたけれど、実は彼らの音楽をちゃんと聴いたことがなく、遅ればせながらも彼らのことを知るきっかけになったのは幸いでした。
70年代の空気感もたっぷり楽しめる映像。刑事ものドラマのタイトルバックのようでもあり(笑)。バンドの説明の前に、アイルランド人なら必ず知っているホースリップスのこのチューンをお聴きください。
チーフテンズも演奏している有名なチューン「Chief O’Neills March(オニールズ・マーチ)」から始まるこの曲はホースリップスのオリジナルです。Dearg Doom(ダラグ・ドゥーム)のタイトルを英訳するとRed Destroyer。アイルランドの神話に登場する Hound of Ulsterのことで、英雄Cu Chulainn (クーフリン)を指しています。
このDearg Doomのイントロ部分すなわちオニールズ・マーチのところが、90年サッカーのワールドカップに参戦したアイルランド代表チームの応援歌として起用され、彼らの演奏するオニールズ・マーチがアイルランドでは一番有名といっても過言ではありません。
オニールズ・マーチってどんなチューンだったっけ?
と思われる方のために、今大活躍中のコンサーティーナ奏者、コーマック・ベグリーの演奏で。彼のライブを初めて観たのは代々木でした。
以前、トラッドとポピュラー音楽の最初の架け橋はボシーバンドだと書いた気がするのですが、ホースリップスの役割もかなり大きいことに今更ながら気付きました。ボシーバンドはまだトラッド色が強く、のちにプランクシティを経て参加メンバーがムーヴィングハーツを結成するに至り「ケルティックロック」と形容されるようなスタイルが生まれ、トラッドに興味のない音楽ファンをも「かっこいい!」と虜にしましたが、ムーヴィングハーツが同じ時期すでに活動していたホースリップスの影響を受けていたにちがいないと思ったのです。(編集部注:正確にはThe Bothy BandよりもPlanxtyのほうが先に結成されたようです。)
ホースリップスはトラッドとロックの両立を目指してユニークなスタイルを築いたものの、グラムロックさながらのコスチュームでコミカルな印象も強く、有名なのに「クールなバンド」のカテゴリーではなく、わたしもうっかりスルーしていました。
彼らは「トラッドミュージックをオーケストラサウンドに作り上げたい」という構想が最初にあり、それはチーフテンズを生むきっかけになったショーン・オリアダのアプローチに影響を受けたのだそう。
中心メンバーのひとりバリー・デヴリン(Barry Devlin )はタイローン出身、神父になるための教育を受けたあとにバンドを結成。一時活動を休止したあとは音楽ヴィデオの制作に関わりU2とも仕事をしています。
彼の母親も姉妹も作家で、ひとりはのちにアイルランドを代表する詩人シェイマス・ヒーニーと結婚。有名になる前のヒーニーが訪れていたデヴリン家は知性にあふれていた様子。バリー自身もスクリプトライターとして活躍し、奥さんもジャーナリスト。アカデミックな背景をひけらかさないために、あえて派手なコスチュームで爪を隠したのかも、と納得した次第です。
Dearg Doomはホースリップスの共作とされていますが、タイローンの豪族オニールズ家とアルスターの英雄をミックスしたのは、バリー・デヴリンの描いた筋書きにちがいないと思っています。
あれこれ調べているうちに、King of the Fairiesをブルターニュのミュージシャン、Alan Stivell(アラン・スティヴェル) が演奏しているのを発見。フォーク色が強いですが、ホースリップスとほぼ同時期にこのチューンを取り上げているのが興味深い。72年にリリースしたアルバムに収録されているのでアラン・スティヴェルの方が先かしら。ミュージシャンたちが影響しあっているのは事実で、そういうムーヴメント自体がすてき。
では最後に、巨匠ケヴィン・バークの演奏で。
これがまた同じチューンに思えない(笑)。しみじみとしていて素敵です。
このチューンのフィドルレッスン動画もあるので、こんな風に弾いてみたいという方はぜひチェックしてみてください。
あ、このチューンは何回か続けて演奏するとフェアリーが聞きにやってくるという記述を見かけました。試してみてくださいね!