【アイルランドの歌シリーズ】アーサー・マクブライド Arthur McBride

ライター:ネットショップ 店長:上岡

今日紹介したいのは、19世紀にアイルランドで広く人気のあった「アーサー・マクブライド」(または「アーサー・マクブライドと軍曹(Arthur McBride and the Sergeant)」)という曲です。

まずは素敵な演奏を聴きながら、ざっくりとした歌詞の内容を紹介します。

(店長のなんとない訳)

夜明けごろ
いとこのアーサー・マクブライドと
海辺を散歩してたら
英国軍の軍曹とか伍長とか
盛り上げ役のドラマーとか
そんなのに会ったんだ

そこで軍曹が
「若者よ。もし君が入隊してくれたら
我々の勝利は君によるものだ」
って感じで誘ってきたんだ

「入隊したら将来は明るいぞ
美しい奥さんだって見つけられるし
おいしいものもたらふく食べられる
そんな人生を送れるんだ」ってね

でもきれいごとを並べたって
オレにはお見通しさ

どうせ ささやかな賃金だけもらって
すぐにフランスに送られて
きっと明日には殺されるだけ

だからきっちり理由を述べて
丁寧にお断りしたってわけ

そしたら軍曹は急に怒り出しやがった。
「若造が!もう一言でもそんな口を聞いたら、
すぐにこの剣で叩き切ってやるわ!」
って言うんだ

だからオレとアーサーは勝負に出たんだ!

あいつらに剣を取り出す前に
ひらりと飛びかかって、棍棒で殴ってやった

そんでもって、あいつらの剣もドラムも
まとめて海に投げ捨ててやったんだ!

とまあ、こんな歌詞でございます。

こちらは、何度も歌い直されているので、最初のころよりも暴力描写がどんどんマイルドになっているそうです。(この訳も、いろいろなバージョンからわかりやすいフレーズだけを抜き出してるので、バージョンによっては歌詞がこの何倍もあったりします)

どちらにしてもこの歌は、これがその時代のアイリッシュを反映していた、つまり戦争や、強引な徴兵に反対する反戦歌として人気を集めてたってことなんですね。

19世紀のアイルランドというと、かの有名なジャガイモ飢饉があった頃です。そんな時代、食べるものがない、職業がない、という状態で、定期的に就職できるところというのは入隊(英国軍)することぐらいだったんです。

歌詞の中では、もっと古い時代の戦争を示唆しています。ナポレオンさんのやつとか、植民地をめぐっての争いのことかもしれません。
どの戦争かはわかりませんが、当時のアイルランド人の状況・心境としては

(1)そもそもアイルランドの人たちは英国の支配下に置かれていることに怒っていた(英国国教会を掲げる英国は、カトリックのアイルランド人を大いに、そして露骨に差別してた)

(2)ジャガイモ飢饉の要因のひとつは、アイルランド産の食物を英国に輸出しないといけないからだ、と思っていた。さらに英国は助けようと思ったら助けられるところを、なんの支援もしない選択をした。(のちに英国が謝罪)

(3)フランスとアイルランドは長年、それなりに交流があるんだって。(vs 英国という点で、いつも一致していた)

(4)なのに、フランスを相手取った戦いに、英国のために戦って死ぬだって?そんなバカな!

(5)でも、結局入隊しないと今日のご飯が買えない…

こういう辛い状況を背負ったアイリッシュにとって、実際の行動は英国のために働いているかもしれないけど、心にはこういった熱い思いがあるんだからな!という魂を表した歌だったのかなと、想像しています。

この歌は1840年、ドニゴール(アイルランド北部の町)で編纂された曲集ではじめて紹介されました。おそらくその頃、その地域で作り上げられた歌なのかと思われます。

ただ、マクブライドという名前がスコットランドでメジャーな名前であり、近い名前・内容の歌がスコットランドの古い曲集に載っていた、なんていう未確認の情報もあります。

そんなわけで、出自ははっきりしませんが、アイルランドの歌手ポール・ブレイディが録音を残したりと、アイリッシュ音楽との関わりがとても濃い曲のひとつなのでした。

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