サー・フランシス・ダーウィン氏による、1人の奏者が太鼓をたたきつつ片手で笛を吹く楽器「パイプ&テイバー」についての解説記事を、当店でおなじみの翻訳家・村上亮子さんの翻訳でお届けします。
原文:The Pipe And Tabor: One Handed English Flute
パイプ&テイバー イングランドの片手笛(抄)
サー・フランシス・ダーウィン
- 訳者より:ここでは1人の奏者が太鼓をたたきつつ片手で笛を吹く楽器(The Pipe and Tabor)を「パイプ&テイバー」、その笛(英語ではtaborer’s pipe「太鼓奏者の笛」または単にpipe)を「テイバー・パイプ」と呼ぶことにします。
パイプ&テイバーで使われる笛は一種のホイッスルです。木製ですが音の出る仕組みはティン・ホイッスルと全く変わりません。ただ大きな違いは指孔が3つしかないことです。ですからこの笛は美しくも廃れてしまった楽器リコーダーには劣る、ただの木のホイッスルということになります。リコーダーは低くこもった、印象的な音色をしています。ガルピン氏(著名なイギリス古楽器の権威)のリコーダー・カルテットを聞いた時の心を奪われるような趣は忘れることができません。テイバー・パイプにはリコーダーのような優雅さはありません。基本的に鋭い音のする楽器なのです。テイバー・パイプを表すドイツ語Schwegelにはshrillness(するどさ)が含まれていると、ある文献学者に聞いたことがあります。もう1つのドイツ語Stamentien Pfeiffe は、私の文献学者の友人によればドイツ語の権威ある辞書には出てこないし起源もわからないそうです。
ここで述べたようにテイバー・パイプには指孔が3つしかなく(人差し指、中指、親指で押さえる)、これで4つの基音を出すことができますが、実はこの4つの音は実際のスケール表には出てこないのです。
ティン・ホイッスルやほとんどの木管楽器では、倍音を使って高いオクターブに音域を広げています。しかしテイバー・パイプではスケール表に載っている音はすべて倍音なのです。ティン・ホイッスルの低いオクターブに相当するもの ―倍音ではなく基音― はテイバー・パイプではかすかに聞こえるだけです。テイバー・パイプのスケール表の最初の音は、そのかすかに聞こえる最初の音の倍音、つまり1オクターブ上の音なのです。この音は現代のピッチではおよそD(レ)です。順番に中指、人差し指、親指と上げていくと、E(ミ) F(ファ)G(ソ)となります。次にすべての指孔を閉じて少し強く吹くとA(ラ)となり、これがD(レ)の倍音になります。B(シ)C(ド)も同様にE(ミ)F(ファ)の5度の倍音です。そして最後のD(レ)は低いDの1オクターブ上の音になります。これ以外にもいくつかの音(およそ4)がクロスフィンガイングを使って出すことができます。テイバー・パイプの普通に使う音域は、ピッコロの最高音です。ガルベ(訳者注:galoubet、プロバンス地方の3孔縦笛)の音域はB♭、つまりテイバー・パイプの3度下から始まります。バスのガルベもあります。この楽器はプレトリウスPraetoriusの肖像画(1618)で知られていますが、ただ1つ実物が保存されています。ガルピン氏はその複製を持っていて、一度吹かせていただいたことがあります。
メルセンヌMarin Mersenne(訳者注:1588~1643、フランスの数学者、音楽家)は、イギリスの演奏家ジョン・プライス氏について、3オクターブ連続で吹けると述べているようですが、メルセンヌがテイバー・パイプの一番低い音の1オクターブ下のDを含めていたことは明らかです。つまりジョン・プライスは間をあけて3オクターブ吹くことはできるが、連続して吹けるのは2オクターブだということです。これは不可能なことではありません。私でもA、つまり12番目の音の上にさらに2つの音を、甲高いはずれた音ですが、出すことができます。つまり私でも曲がりなりにもジョンにあと1音に近づいているし、まだ伸びると期待して頑張っています。1番高い音にはいわゆるピンチングという技法を使います。これは親指をまげて爪を一番上の孔に差し込むようにし、そうすることで空気が少ししか流れないようにするのです。私の古い笛にはピンチングをした爪の跡が残っています。フォーサイス氏は「音数の少ない楽器」のことを「使い道が限られている」と表現していますが、これはテイバー・パイプには当てはまりません。
フォーサイス氏がdiauloiについて述べていることについて言えば、ロシアには今もダブル・パイプがあるそうです。マイロンMahillon氏はこれをGelakaという名前で紹介しています。2本の笛の基音はト音記号の低いF♯とその上のB♮です。さらにマイロンは「ある時はメロディーを共有し、ある時はダブル・イントネーションをあたえる」と付け加えています。
ギリシャのダブル・パイプについて言えば、フォーサイス氏が言っていることは正しいし、phorbeia(ギリシャの2本笛奏者が頬に圧力を加えるために使う帯)には別の用途もあると思います。彼が帯には楽器を支える働きもあると言っているのは間違いないと思います。笛の上面に孔が3つある場合では、小指を上にして親指を下にして支えることができ、練習すればじょうずに扱えるようになります。それでも帯があれば指の自由度は増しますし、4つ孔笛ではこの手の支えは無くてはならないものです。これは自分でティン・ホイッスルを片手笛に作り替えてみたときの実験に基づいています。
テイバー・パイプの発達に思いを巡らせてみると、その倍音(上に述べてきたように、テイバー・パイプは倍音を活用して音域を広げています)は円筒型の管の倍音で、内径に比較して長い笛の倍音です。テイバー・パイプの起源はおそらく植物にみられる自然の円筒形のもの、例えば湿地や水路に生えるアシの茎とかニワトコ(髄を抜けば管になる)で、おそらく音楽のための楽器というより空気鉄砲の起源に近いのではないかと思います。シシウドやドクニンジンなどのセリ科の植物も茎が中空になっています。
故ウェルチ氏はリコーダーに関する興味深い本の中で、sambucus(ニワトコ)、calamus(トウ)、cicuta(ドクニンジン)などは田園の音楽を歌った古い詩歌によく出てくると指摘しています。実際calamusはフランス語のシャリモーchalumeau(クラリネットの前身となる民族楽器)になって今も使われ、さらにドイツ語のシャルマイSchalmei、英語のショームshawm(オーボエの前身の木管楽器)に変わっていきました。ウェルチはドクニンジンなどの茎の強度がこの目的のために十分かどうかは疑わしいと考えています。おそらく激しい使用には耐えられないでしょう。しかしシシウドの茎でテイバー・パイプを作ることは不可能ではありません。私も1つ持っています。かすれた音で調子が外れていますが、少なくとも不可能ではないことはわかります。
音楽と植物の形状の関係は興味深いものです。どうして中空の円筒状の物が植物の組織によくみられるのでしょうか。生きるための知恵で、筒状の物が限られた素材を最も有効に使う方法だと学んだのでしょう。ドクニンジンやアシはこうして比較的少ないコストで十分な強度のある茎を作ることができるのです。人類が現れるずっと以前に植物が自らの利益のために筒状の茎を作ったことにロマンを感じます。中空のアシは牧神パンが現れ、パン・フルートを作るまでずっと長い年月待ち続けていたのです。
パイプ&テイバーはほかの管楽器と比べて、比較的変化せずに伝わってきたと思います。ほかにはパン・フルートぐらいではないでしょうか。フルートもフラジョレットもキーが付くようになりましたが、テイバー・パイプにはもとからあった3つの指孔―親指で押さえる後ろの孔と前にある2つの孔―だけです。初期の頃のテイバー・パイプ奏者がどのように笛を支えたのか、これを知るのには苦労しました。絵画に描かれた楽器は正確さに欠けるのです。フィレンツェのルカ・デラ・ロッビア(イタリア、ルネッサンス期の彫刻家)の浅浮き彫りに描かれた少年が私と同じように笛を支えていること、つまり薬指と小指で管を挟んでいることを見つけ、私の努力は報われました。この持ち方だと3つの指孔が全部開かれた時でも、管をしっかりと支えることができます。フランスのフラジョレットに関して面白い事実があります。この笛は3つずつ2つに分かれた6個の指孔があります。右手の親指と指2本、左手も同じように3本の指を使います。ですからもし全部の指孔を開いてしまうと、笛を固定するものが何もなくなってしまうのです。しかしウェルチ氏の本によると、グリーティングの“Pleasant Companion”にはフラジョレットの持ち方が示されています。面白いことにそれはテイバー・パイプの持ち方にそっくりなのです。
テイバー(太鼓)は今もフラ・アンジェリコの時代(上記の天使像から判断すると)やそれ以前と変わりなく、リンカーン大聖堂の笛を吹く天使に描かれている通りです。太鼓制作者が「綱と突っ張り」と呼ぶ表皮を張るものが見られます。多くの初期の絵画にスネア(響線)も見られます。これはガットや馬の毛が使われ、太鼓の打面に張られ、音色に勇ましい振動音を加えます。ミュージックウェント辞書の初版がどうして「テイバーにはスネアがない」と書いたのか私にはわかりません。
中世の絵画の多くではスネアを張った面を叩いている絵が描かれています。これは楽器の描き方がいい加減だったのだろうと思っていました。しかしルカ・デラ・ロッビアの精細な作品を見てみると、テイバーはすべてスネアを張った面を叩いており、疑う余地はありません。プロバンス地方の3つ孔笛、ガルベにその習慣が残っていることを知ってうれしく思いました。ルカ・デラ・ロッビアの絵画ではスネアは1本だけで、現代のように4本ないし6本のガットではありません。これもプロバンスの楽器ではこの通りです。ですからルカの絵画を見て私が奇異に思った2つの特徴は、今もプロバンス地方に生きているのです。
スネアを表すフランス語はtimbre(証印、打印機)だということはあまり知られていません。これが本来の意味で、特徴的な音色をさすようになったのは後のことです。Darmstetterによれば ’timbre’ は ‘tambour’ (太鼓・鼓手)の姉妹語でどちらも太鼓の皮、振動版などを表す後期ラテン語由来だそうです。
太鼓のスティックは最初のころからずいぶんと変わってきました。古い絵画を見ると、オックスフォードのマニング氏のコレクションにみられるような軽い優雅なスティックではなくて、こん棒のようなもので叩いています。このような道具は間違いなく奏者に大切にされたことでしょう。ドーデの小説「ヌマ・ルメスタン」に出てくるヴァルマジューというパイプ&テイバー奏者のドラム・スティックはその家に200年受け継がれてきた物だそうです。
太鼓の持ち方は一様ではありません。今日では親指や手首に吊るすように言われます。しかし昔の絵画を見ると、前腕、場合によっては肘よりもさらに上にしっかりと結わえ付けられていました。リンカーン大聖堂の天使もルカの絵に出てくる少年も首にかけた紐でテイバーを支えています。これが1番いい方法だと思います。
プロバンス地方のこのドラムが昔から一緒に使われた笛とともに長く引き継がれていってほしいと思います。しかしバスク地方のガルベには別の楽器が伴奏に使われます。それは6~7弦の一種の竪琴で主音と属音が交互に並んでいて、スティックで叩いてドローンのような働きをします。それはtoon-toona と呼ばれていますが、tom-tomと同じような擬声語です。笛のことはcherulaと呼ばれます。
フランスの百科事典によると、プロバンスでは太鼓をたたく技は父から息子へ伝えられる秘伝で、人に教えることのない秘密だそうです。ガルベを演奏することは非常に難しいのでプロバンス以外に広まることはないという愛国的な考えを持っているようです。これを知って、パイプ&テイバーを演奏する時、私も少し誇らしくなります。