ライター:hatao
つい先日、無印良品のBGMのCDシリーズがSpotifyなどのサブスク・ストリーミングサービスで解禁になった。このシリーズは音楽のクオリティが高く密かに人気があることは知っていたが、驚いたのは、SNSで大きな話題になるほどサブスクが浸透していたということである。
その日、私は数百枚もある中古CDの登録作業をしていた。当店「ケルトの笛屋さん」ではケルト・北欧音楽の中古CD買い取りをしているのだが、最近は依頼を多く頂いており、すでに在庫数は800枚を越えていると思われる。
以前に私は「音楽メディアの進歩と鑑賞体験の変化」という原稿を寄せて、この20年で音楽の聴き方が変わったことについて述べた。私自身CDに最も親しんだ世代であり、かつミュージシャンとして何枚ものCD制作に関わってきた。好きなアーティストの新しいCDを見ると、そこからどんな音楽が流れるのだろうとワクワクして買いたくなってしまう大のCD好きである。
90年代までCDを出すというのはとても難しかった。CDデビューはすなわちメジャー・デビューを意味していたから、CDを出すのは商業的成功への足がかりだった。2000年代になりCD-Rで誰でもCDを量産できるようになり、録音や製作のコストも下がり、インディーズ・レーベルが一世を風靡(ふうび)した。当時はYouTubeやダウンロード販売が一般的ではなかったので、自宅で音楽を聴くのはCDを手に入れることと同義だった。
しかし今ではサブスクで音楽を聴くのが一般的になり、特に欧米ではCDはほとんど売れないという。そんな中でも日本はCDが今でも売れる、最後の国のひとつだそうだ。それも、そう長くは続かないと思われる。では、CDの価値は無くなったのだろうか? 私が中古CDを買い取るのは、時代に逆行しているのだろうか。
90年代~00年代のケルト音楽ブーム黄金期のCDを1枚ずつ丁寧にスキャンしていると、ジャケットやブックレットからは強いパワーを感じる。それは今やベテランとなった往時の若手アーティストのはつらつとして尖ったかっこよさだったり、日本語盤の丁寧に書かれた惹句や解説文、そしてアーティスティックなアルバムアートから発せられる。ほとんどのCDは厚さ10mmのプラケースに入っているものの、一回開くと戻し方がわからないような凝った折り方の紙ジャケットや、定形外のサイズのジャケットもある。
レコードからCDが主流になったとき、コンパクトになったためにレコード・ジャケットのもつ芸術性が損なわれたと言われた。しかしCDという横142mm×縦124mmのキャンバスにも、アーティストは思いの丈を描いたのである。きっとあなたにとって、ジャケットを見ただけで音楽が頭の中に流れて、その当時の付き合っていた恋人のこととか、若い頃の悩みとか、いろんな景色や感情に一瞬に引き戻すような力強いジャケットの1枚や2枚はあるだろう。
2000年前後のケルト音楽の輸入CDには多くの日本盤もあって、単色刷りの日本語解説が織り込まれていた。僕は待ちきれず、買い物帰りのバスの中で開封して読み耽るのが幸福な時間だった。そう多く売れるとは思えない伝統音楽のCDに日本語解説を挟むなんて、Music PlantやNordic Notesといった日本の販売元が丁寧に音楽を紹介しようとしていたことが伺える。中には今の僕が見てもそうとうマニアックなCDも日本語盤が出ていたりして、「確かにケルト・ブームはあったのだ」と知らしめるのである。
ジャケットから読み取れる情報は重要である。歌詞、曲のエピソード、使用楽器といった作品の背景は、鑑賞体験をさらに立体的にする。同じ伝統音楽奏者として、その曲を誰から覚えたかとか、変種の曲がどれだとかいった曲の知識も大変役に立つ。こういったもろもろの価値は、ストリーミングサービスからはこぼれ落ちてしまう。ストリーミングサービスは「生産的に音楽を楽しめる」が、その名の通り流れてゆくので印象に残りにくいのが難点である。
私が今熱心に中古CDを買い取っているのは、そういった価値が今でも高いと思うからである。音楽の楽しみは音だけにあらず。音楽を聴くまでのワクワク感やデザインを楽しむこと、知識欲を満たすこと、すべてが付随して完全となる。CDは単なるプラスチックと紙ではないのである。だから私はダウンロードで音楽を楽しむ今でもCDというメディアのファンだし、これからもCDというメディアで音楽を作ってゆくだろう。
最後にもっとも重要なことでこの原稿を締めくくる。
現在、CDの大放出セールを開催中だ。中古CDは一部を除き1枚1,000円(税抜)の均一価格。すでに廃盤になったもの、アーティストからしか手に入らないもの、サブスクでは聴けないものなどレア盤も多く含まれる。
同時に、中古CDは1枚200円で買い取りもしている。つまり、当店を通じて貴重なCDを必要な人にどんどん回していこうということだ。
京都・東京各店に在庫しているCDの内容が異なり、随時新入荷商品が更新されてゆくので、「お宝」を見つけて足繁く通っていただければ幸いだ。