【バックナンバー:クラン・コラ】Issue No.303

アイリッシュ・ミュージック、ケルティック・ミュージックを中心としたヨーロッパのルーツ音楽についての情報、記事、読物、レビューをお届けする月2回発行のメールマガジン「クラン・コラ」。

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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森

アイリッシュ・ミュージック・メールマガジン 読み物編
Issue No.303
October 2019

現地レポート 新興市場中国のティン・ホイッスル事情 前編:hatao

【現地レポート前編】新興市場中国のティン・ホイッスル事情 

私とケルト音楽 第四回:ロックギタリスト/音楽プロデューサー 平井光一さん 後編:天野朋美

様々な分野で活躍している方をゲストにお招きし、ケルトにまつわるお話を伺う「私とケルト音楽」。

第四回のゲストはロックバンドPANTA&HALのギタリストであり、レベッカやRaphaelの音楽プロデューサーとして日本におけるメジャー音楽界の中心で活躍された平井光一(ひらいこういち)さんです。前回に引き続き、ロックミュージックを軸に「メジャー音楽の中のケルト」をテーマに語っていただきました。どうぞお楽しみください。

○日本のメジャー音楽とケルト

——日本のメジャー音楽におけるケルトについて教えてください。

平井:ここ十数年の日本のポップスの中では、作為的にスパイスとして使っていることが多いと感じています。特に松任谷由実や葉加瀬太郎、槇原敬之は日本のポップスの中でのケルトを広めるのに一躍買ったと思います。大ヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」なんかは特に、メロディーもアレンジもケルトの要素がありますね。

——それ以前にもケルトを感じる音楽はありましたか?

平井:前はあまり聞かなかったですね。マニアックなものが好きだという事を、その当時は言わない風潮もあったんじゃないかな。日本のポップスは、ベース部分に様々な音楽ジャンルの影響を受けています。日本人は原型を極めて演奏するというよりも、要素を取り入れるのが上手です。今まで日本のポップスではジャズ、サンバ、シャンソンなど様々な音楽ジャンルを取り入れたものがヒットしてきました。80年代から音楽制作側の人間がジャズからロックミュージシャンに変わっていき、その中には僕と同じように供の頃にレッドツェッペリンなどロックミュージックの中のケルトの洗礼を受けた人が多く、実際にケルトが使われるようになってきています。

ヒットする要素には、音楽だけでなくヴィジュアルも重要です。

ジャズ歌謡はスーツ、ロックはジーンズ、レゲエはドレッド、R&Bはアフロなど。ケルトは長い髪のミステリアスな女性に屈強な肉体の男性でしょうか。もしくはチェックのシャツにキャスケットなど、派手に着飾らない雰囲気ですかね。

歌詞も重要です。昔はのんびりと愛について歌っていましたが、それだけではヒットしません。ケルト音楽の中ではあからさまに戦争反対など言わないが、間接的に世界平和を歌っている曲も多いですね。政治的なメッセージや神話、宗教的なものが含まれた歌詞はとても魅力的でしょう。

世界に一つだけの花からはアレンジや歌詞からもケルトを感じることができると考えています。「ナンバーワンよりオンリーワン」は宗教的な考え方を感じますね。

音楽と宗教は切り離すことができません。日本は無信教の国で、お葬式、お正月、クリスマス、ハロウィン、なんでもやっちゃう国です。取り入れるのは上辺だけで、決して欧米の文化通りではなく、クリスマスはケーキを食べて、バレンタインにはチョコを送る。それは悪い事ではなく、良い所を浅く広く取り入れるやり方が日本は本当に上手です。

○日本人がケルト音楽を求める日が必ずやってくる

——平井さんは以前から「日本でケルト音楽が流行する日が必ず来る」という考えをお持ちですが、その理由を教えてください。

平井: インタビュアーの天野朋美さんとは10年以上ケルトの要素を取り入れた音楽を一緒に制作していますが、僕は以前から日本の人々がケルト音楽を求める日が来るんじゃないかと考えていました。ケルトの旋律はわかりやすく、優しさを感じることが出来ます。当たり前のようですが優しさは皆が求めるところです。

音楽は不安定なものが安定したくなるケーデンスで出来ています。人間は無意識にケーデンスを求めているのです。不安定なコードの次は落ち着きたいと感じ、安定すると癒しがある。ケルト音楽ではコード進行に加えて、声、楽器の音から癒しを得られるのです。

また、ケルトの魅力は「女神、英雄、妖精」にあると思います。人々が夢中になりやすい、わかりやすい要素がそろっています。ゲームや映画、ミュージックセラピーなどにぴったりの音楽です。「勇ましさ」もケルトの魅力の重要な部分で、ある映画ではイギリス軍の戦争場面でおじいさんのバグパイプ吹きが登場します。機関銃の球がどんどん飛んで来て倒れてしまうのですが、その後も、彼の後ろにいた兵士が楽器を拾って吹きながら行進していくのです。殺しても殺しても聞こえてくるバグパイプには、死を恐れない兵士への恐怖を感じたことでしょう。

そんなケルト音楽は次なる日本の音楽として、日本人にぴったりはまるのではと考えています。他の音楽や文化ではケルトの世界観のように美しく、多種多様なファンタジー要素が出てくるものは無いと思います。ヒットする要素が多く含まれているので、今後さらに人々に大きな影響を与えていくでしょう。

——どうしたらもっと日本でケルトが盛り上がるでしょうか?

平井: 映画やテレビを巻き込んで広めていくなど、大きな動きが欲しいですね。ケルト音楽は盛り上がりつつありますが、音楽業界の力は弱くなっています。「ケルティックウーマン」が売れたのは、ポップスの形にしたからで、「ブラックモアズナイト」がいまいち出てこないのは、マニアック路線だからですね。日本語の歌詞をつけて歌われた「庭の千草」はポップスとして考えてもかっこいい。伝統音楽をわかりやすい形で演奏するというのがヒットの秘訣のひとつでしょうか。

○安いものばかり求める世の中に警告を

——音楽業界の力が弱くなっているのですか?

平井:根本的な所ですが、音楽を作るにはお金がかかります。

今はEDMが全盛ですね。僕の予想では、EDMブームがもう少し早く終わり、人間が弾いた本物の音を求める世の中になると思っていました。元々はニューヨークのアンダーグランドの人々が始めたもので、それがだんだんメインの音楽になってきました。日本では小室哲哉君が始めて、国内でも主流になりました。

僕自身も80年代からコンピュータミュージックをやっていますが、とても簡単に音楽を作ることが出来ます。ペーストするだけで音楽を作れるので、手を痛めながら楽器の練習をすることが少なくなりました。そういう点ではとても有益ですね。

しかしながら、それでも多くの人が人間が弾いた音楽を求めています。ところが「物が安ければ安いほどいい」と考えられる今の世の中では、音楽制作にかけられる費用も限られ、そういった作品を作るのは難しくなっています。音楽はただ同然で聞くのが当たり前になりつつありますが、聴き手、作り手共に「良いものにはお金をかける」という考え方があるといいですね。

○大切なのは自分の信じたものを続けること

——ケルト音楽の盛り上がりを望む一方で、形を変えず現状のままでいてほしいという考え方の人も多くいるようですね。

平井:どんなに素晴らしいものも飽きられてしまう。ヒットしなければ廃れることもないという考え方も一理あります。伝統を守ってほしいという考え方ももちろんあり、そういう人もいて当然です。いい意味で原理主義者とも言えますね。真言密教、山伏、など変わらずに伝統を守る人は多くいます。本来の意味の保守派。ジャズ、ブルースにおいてもその傾向が強いです。

どちらかと言えば僕自身もギターはハードケースで持ち運ぶことを信念にしているなど保守派寄りですが、ビートルズやレッドツェッペリンを見ていると4年程で音楽は変化しています。全くジャンルを壊してしまうのではなく、スピリッツはそのままで枠組みの中で形を変えて向上していくのは素晴らしい事であると感じます。形を変えるにしろ原型を守っていくにしろ、大切なことは妥協しない事だと思います。それは正面から真面目に取り組み、楽をしないという事です。特にプロミュージシャンを目指す人にとっては、自分が音楽やっていく上で楽をしたいのであれば、音楽はやめた方がいいでしょう。音楽でお金を稼ぐという事は本当に大変な事です。

——最後に読者メッセージをお願いします。

平井: 僕が伝えたいことは、「自分の信じたものを続ける」という事ですね。中でも保守派でいると、古臭い等といろいろ言われることもあるでしょう。人々は新しいものを求め、いずれ飽きてします。どんな素晴らしいものでも飽きられるとしたら、ひとつの物を信じ続ければいいと思います。僕がロックを始めた頃はロック自体が世の中から認められず、音楽じゃないとまで言われていました。そんな中でロックを続けることができたのは、ジャズやクラシックに引けをとらない素晴らしいものと信じ続けていたからです。

ケルト音楽に巡り合った皆さんも、自分の感覚を信じて貫き続けてください。

(おわり)

ロックギタリストであり音楽プロデューサーとして活躍する平井光一さんをゲストにお迎えした第四回「私とケルト音楽」。いかがでしたか?ご感想やインタビューリクエストなどいただけたら幸いです。次回もどうぞお楽しみに。

【Profile】

ゲスト:平井光一(ひらいこういち)
レベッカやRaphaelのプロデュースを手掛ける。PANTA&HAL、中村雅俊、
岩崎良美、田中裕子等にギタリストとして参加。
http://studio25.jp/index.html

インタビュアー:天野朋美(あまのともみ)
ケルトを愛するシンガーソングライター、ティンホイッスル奏者。
令和元年やまなし大使就任。
https://twitter.com/tomu_1234

Colleen Raney——アメリカで伝統をうたう試み・その23:大島 豊

アメリカのケルト系シンガー、コリーン・レイニィの録音を聴くシリーズ。4枚めのアルバム《Here This Is Home》の第10回。最後のトラック〈Craigie Hill〉を聴く。

10. Rose Loughlin, The Chicago Sessions, 2008, 5:56, Seattle, Tidal

セミアコ・ギターとベース。わずかにブルージー。アメリカンのうたではある。アルバム全体として悪くない。なかなかに引き締まった良い録音。アレンジにも工夫がこらされ、前衛的なサウンドも使う。背伸びせず、自分の分に合ったところできっちり唄う。やはりブリテン、アイルランドに強く影響されたアメリカン・シンガーになるが、Connie Dover の行き方ともコリーンのスタイルとも異なる。素材の一つと割り切っているわけでもない。自分の歌として唄ってはいるが、伝承へのリスペクトも感じる。一方で伝承からは一歩距離をおく。たとえばジャズやポップスのシンガーがスタンダードを唄うことで、自分のスタイルを浮き立たせるのとも違う。唄っている曲はどれもスタンダードと呼ばれていい。ジャズのスタンダードと異なるのは、歌それぞれに伝承があり、歴史があり、慣性を備えて、安易な解釈をはねかえす。

歌として自立している。それを唄うことは、シンガーが歌により添うことだ。ここでは歌にぴったり寄りそうのではなく、半歩引いて、自分の生きている文脈にあらためて置いている。コリーンはもう少し伝統に寄りそう。伝統の最新のヴァージョンを担おうとする。この人は伝統を継ごうとはしていない。全く無視もしていない。伝統も歌の一部として把握する。ジャズのスタンダードは歌そのものの経歴は無視されるか、少なくとも脇に置かれる。

プロデュースはデニス・カヒルで、いい仕事をしている。

11. Caladh Nua, Happy Days, 2009, 3:43, Ireland, Tidal
女性ヴォーカル、ギター、ブズーキ、マンドリン。ギターがストロークとベース、ブズーキはアレック・フィン型の裏メロ。マンドリンがリード。フィドルとアコーディオンが間奏。フィドルがハーモニー。メロディはなぞらず、かなり変奏する。闊達なミドル・テンポ。一見、あまり力のないバンドが軽快なテンポでやっつける典型のように聞える。その実、いずれも実力のあるメンバーからなるアンサンブルが楽しみながらもきっちりとアレンジしている。シンガーはやや低めの声域、無理のない唄い方で、テンポに流されずに丁寧に唄う。

カーロゥ、ウォーターフォド、ケリィ、キルケニィという、南部出身の5人組。伝統音楽の薄いウォーターフォドの出身者が入っているのは珍しい。こういう地域にも伝統音楽があらためて浸透しているということか。バンド名はNew Grange の意味。

Brian Mooney (Banjo and Bouzouki, Whistles)
Lisa Butler (Lead Vocals, Fiddle)
Paddy Tutty (Fiddle, Viola, Bodhran)
Derek Morrissey (Button Accordion)
Caoimh!)n !) Fearghail (Guitar, Flute, Vocals)
https://www.facebook.com/caladhnuamusic/

12. The Dardanelles, 2009, 5:33
カナダはニューファンドランド出身の5人組。カナダのケルト系ルーツ・ミュージックの最前線を引張るバンドの一つ。
http://thedardanelles.com/

やや遅めのテンポ。女性シンガーが正面から唄いだす。声域はメゾソプラノあたり。伝統に忠実に、とことん感傷を排した歌唱。伴奏はどちらもピッキングによる裏メロ。左のブズーキだけで始め、右にギターが入り、間奏からホィッスルとアコーディオンが加わる。これも力演。

13. The Old Dance School, Chasing The Light, 2011, 4:09, Tidal
Steer In The Night: Live, 2014, 5:53
ROBIN BEATTY: Guitar, Vocals
HELEN LANCASTER: Violin, Viola
SAMANTHA NORMAN: Violin
JIM MOLYNEUX: Drums, Accordion, Vocals
AARON DIAZ: Trumpet, Electronics
LAURA CARTER: Woodwind, Vocals
ADAM JARVIS: Double Bass

イングランドはバーミンガムをベースにする7人組バンド。2006年にBirmingham Conservatoire の学生たちによって結成された。メンバーはジャズ、クラシック、古楽、ワールド・ミュージック、フォークの分野で活動している。リーダーのロビン・ビアティのギター・ヒーローはビル・フリーゼルとイアン・カーだそうだ。これは21世紀の世代だ。
http://theolddanceschool.com

2015年に The Fair Rain と改称。今は活動停止中の模様。とはいえ、その録音は追いかける価値がある。
http://www.thefairrain.com/

男性ヴォーカルは肩の力の抜けた、しかし感情を強調しない歌唱。メロディはかなり崩すが、本来備わった美しさは壊さない。ライヴではテンポを落とし、トランペットのソロをフィーチュアする。ジャズではあるが、フォークのセンシティヴィティを備えたジャズというべきか。フィドルとヴィオラをドローン的に配するのは、ジャズの枠組みから外れようとする指向。

14. Hanz Araki & Kathryn Claire, The Emmigrant Song/ The Laborers Lament, 2012, 4:13 , Tidal

先日、大渕愛子さんの肝煎で来日ツアーをしたオレゴン州ポートランドをベースとするシンガー・ソング・ライター、キャスリン・クレアがハンツ・アラキと作っている一連のアルバムの1枚。

ここではサイド・ドラムのブラシ主体のパーカッションの細かくステディなビート、極端に音数の少ないエレクトリック・ギター。フィドルとフルートのドローン的ハーモニー、アコースティック・ギターのピッキングが織りなすミニマルなタペストリーを背景にして唄う。発音、発声はアメリカンだが、やはり感情を込めない。ヴァン・モリソンがよくやるように、連の最後のフレーズを繰り返すのが、感情を込める一つの手法だろう。2番からハンツがハーモニーを合わせる。先日のライヴでは自作のせいか、歌の感情を表に出していたが、伝統歌を唄うときにはスタイルを変えている。

どちらかといえばむしろ明るく、カラっとして、突き放したアプローチが、歌の底に流れる悲哀を伝えてくる。

キャスリンにはもう一つ、録音がある。

17. The Lasses & Kathryn Claire, Live At De Parel van Zuilen, 2017, 4:32
https://thelasses.bandcamp.com/album/live-at-de-parel-van-zuilen

キャスリンは2013年にある歌のセッションでアムステルダムをベースとするデュオ The Lasses = Margot Merah & Sophie Janna に会う。これはそのトリオによるユトレヒトでのライヴ。シンプルなギター・ピッキングのリフという最低限のバックで、キャスリンのリードによるハーモニー・コーラスでの歌唱。腰を落とし、じっくりと唄い、ここぞというハーモニーを強調する。キャスリンはやはりアメリカンの発音、発声だが、ここでも感情は排する。メロディはハーモニーが美しく響くようにアレンジしなおしているようだ。キャスリンによるゆったりしたフィドルの間奏も味わい深い。

今回はここで時間切れ。以下、次号。次号でなんとかこのアルバムを終らせたい。(ゆ)

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クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月1回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
Editor :hatao

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