哀悼 ノルウェーの笛職人マグナル・ストーベッケン氏

当店で販売している柳の笛を製作していたノルウェーの笛職人マグナル・ストーベッケンMagnar Storbækken氏が2022年7月、逝去されました。65歳でした。楽器職人としての功績を振り返ります。

生い立ちと楽器工房設立

ストーベッケン氏はノルウェー中部のインラント郡Innlandet のNord-Østerdal地区にあるトルガTolga村に1956年9月18日に生まれました。

ストーベッケン氏は、笛を得意とする著名な音楽家で作曲家のエギル・ストーベッケンEgil Storbekken(1911-2002)の甥でした。叔父はトルガ村で工房と小売店を構え、1950年代に職人トルガル・グランモTorgeir Granmoの協力を得てトルガでルアーとバックホーンの生産を開始しました。


▲エギル・ストーベッケン氏の笛の音色

ストーベッケン氏はグランモ氏から楽器製作の技術と知識を学び、フルタイムの仕事としました。彼は楽器製作の芸術と技術をさらに発展させ、ノルウェーで唯一の伝統管楽器のプロの職人となりました。彼はノルウェー民族楽器の現代の普及と使用にとって、非常に重要な存在として数々の音楽家に貢献しました。代表的な管楽器奏者として、ハンス・フレデリック・ヤコブセン氏Hans Frederick Jacobsenやスタイナル・オフスダル氏Stainar Ofsdalがいます。

ストーベッケン氏の製作した管楽器の種類は幅広く、また非常に高い品質を誇りました。それには、以下のようなものがあります。

  • 白樺トランペット lur (neverlur, barklur, trelur)
  • ヤギの角笛 bukkehorn (med og uten tunge/flis)
  • 柳の笛 seljefløyte (av tre og av syntetisk materiale)
  • クラリネット klarinett (meråkerklarinett, østerdalsklarinett og vollaklanett)
  • 縦笛類 spaltefløyte (beinfløyte, hornfløyte, jotunfløyte, dvs. trefløyte)

ストーベッケン氏は多くの音楽家や団体に協力し、楽器製作を教えました。また、オストフォールドの楽器アカデミーの木管楽器コースで講師を務めました。

製作した楽器は、以下のCDで聴くことができます。
Eilif Gundersen “Hyrdestund – Gjeterinstrumentene I Norsk Folkemusikk” (Heilo, 1996)

演奏者
Stainar Ofsdal氏
https://ofsdal.com

Hans Fredrik Jacobsen氏
https://www.discogs.com/ja/artist/472940-Hans-Fredrik-Jacobsen

楽器の復元と開発

大学講師のビョルン・アクスダル氏Bjørn Aksdalと共同プロジェクトとして、ストーベッケン氏は1990年代にオップダル楽団Oppdal spelmannslagから依頼を受けて、ヴォラクラネットvollaklanettと呼ばれるオップダルの古い楽器に基づくクラリネットを復元しました。18世紀末に作られたバロック様式のクラリネットです。

・さらに、ストーベッケン氏は独自のモデルのメローカークラリネットmeråker clarinetを開発しました。このモデルは、近年メローカーで製作されている楽器とは多少異なっています。

・ストーベッケン氏はオステルダル・クラリネットØsterdal clarinetと呼ばれる楽器も開発しました。これはエルベルム郡Elverumの博物館Glomdalsmuseetの蔵書に掲載されており、オステルダーレンØsterdalenから譲り受けた楽器を復元したものです。この楽器について詳細は知られていませんが、ノルウェーを代表する民俗クラリネットと考えられています。

・民俗音楽家のAtle Lien Jenssenと共同で、ジュニパーの舌を持つ楽器トングホーンとØsterdalクラリネットを生産に移しました。トロンボーン奏者のガウテ・ヴィクダル氏Gaute Vikdalと密接に協力し、トロンボーン奏者に適したマウスピースを持つ白樺のトランペットと角笛を開発しました。

・ジャズミュージシャンのカール・セグレム氏Karl Seglemと共にドイツの角笛オーロックス・ホルンaurochs hornにサックスのマウスピースを取り付けた全く新しい楽器、Oxophoneを開発しました。

マグナルさんを訪ねて

10年ほど前のことです。ノルウェーの伝統的な管楽器、中でも柳の笛に興味を持った私は、知人からマグナルさんを紹介してもらい、G管の柳の笛を取り寄せて演奏をしはじめました。そしてついに2013年夏、マグナルさんに会いに、トルガ村を訪れることができました。

オスロを車で出発した私は、94年に冬季オリンピックが開催された都市リレハンメルからさらに北上、トルガ村に着いたのは夕闇が迫る頃でした。

トルガ村を訪れる目的は、マグナルさんに会うことだけではありませんでした。この小さな村にはハープ奏者で歌手のトーネ・フルベクモTone Hulbækmoと、夫で管楽器演奏家のハンス・フレデリック・ヤコブセンという著名な音楽家も暮らしており、ノルウェー伝統音楽の真髄が凝縮された聖地なのです。


▲トルガ村の景色

最初の日はマグナルさんの家に泊めてもらいました。伝統的な農家の建物で、手織りのタペストリやアンティーク家具が置かれた素敵なインテリアでした。野菜や肉をオーブンで焼いた大皿料理でもてなしてくださいました。


▲マグナルさんの小屋

翌朝、家の敷地内にある楽器工房見学をしました。小さな小屋にはたくさんの工作機械が並んでいました。ここでさまざまな管楽器が生まれているのか……と感激。そして、お店のために注文していた柳の笛を受け取りました。


▲柳の笛を受け取りました


▲工房の前に立つマグナルさん

その後、村の教会に連れていってもらいました。木造の古い教会で、ノルウェーらしい青色にペイントされた内装が素敵でした。ここで角笛を吹いて聴かせてくれました。おそらくヴァイキングの時代から演奏されていた素朴な笛です。


▲教会で角笛を吹くマグナルさん

帰国後も何度か柳の笛を注文し納品してもらいました。メールではいつも短いメッセージのやりとりだけだったので、今回の訃報は思いもしないことで驚きました。最後に注文したのは、Jotunfløyteという、リコーダー型の素朴な縦笛でした。

2019年に届いたきり演奏方法がわからないまま飾っていたこの笛。動画では、すこし音が調子はずれに聞こえますが、ノルウェーらしい音色がしています。またトルガ村を訪ねて、この笛のことを聞きたかったです。久しぶりに取り出して、吹いてみようかな……。

ノルウェーでもマイナーな管楽器を製作する唯一無二の楽器職人、マグナル・ストーベッケンさん。私はマグナルさんと、その楽器と出会えてとても幸せです。これからも大切に演奏していきます。マグナルさんのご冥福をお祈りします。