【映画レビュー】「サンドラの小さな家」感想(ネタバレなし)

ライター:ネットショップ 店長:上岡

この映画はアイルランドの首都、ダブリンに住む、2人のかわいい娘を持つお母さんのお話です。

アイルランドには世界中の人たちを魅了する素敵な文化がたくさんあります。美しい教会や、伝統的な音楽、目を見張るようなキレイな景色に、有名なビールやウィスキー。そういった素敵なことがたくさんあるアイルランドですが、その裏側にはほかの国と同じように、思わず目を背けたくなるようなことも、たくさん起こっています。この映画は、そんな目を背けたくなるようなことのひとつ「家庭内暴力」の被害にあったお母さんが主人公です。

彼女(サンドラ)は夫の暴力により怪我を負わされ、子供を連れて家を出て行きます。家庭内暴力の被害に遭った人には、市や郡が援助を出して家を借りることができる、そんな法律があるのでサンドラもその制度を頼り、新しい家が決まるまでの間、仕事場から遠く離れたホテルで暮らすことになります。

サンドラは、泣き寝入りせず夫の暴力を警察に、行政に知らせることに成功し、娘を守るために、次の一歩を踏み出そうと懸命に、昼も夜も働き続けます。それでも、その次のサポートは何年も先まで(公営住宅に空きが出るまで)受けられない、そんな厳しい状況が続きます。※ アイルランド国内において公営住宅の不足は大きな社会問題になっていて、ホームレスの人を生み出す構造的要因になっています。(ホームレス支援団体のフォーカス・アイルランド ホームページより)

また、サンドラ本人が受けた大きな心の傷も、日々の生活の中で彼女を憔悴させていきます。トラウマから来るフラッシュバックは、パニック発作のような症状を引き起こしてしまいますが、それでも小さな2人の娘のため、自分の心の傷は常に後ろへ追いやって、その日を生き抜いています。ですが彼女は加害者の夫によって、文字通り「壊されて」しまっていたのです。

そんな壊されてしまった環境、心、家庭は、本来助けがないと乗り越えづらいものです。でも彼女は、現代人が多く抱える問題に通ずるように「協力を仰ぐ」のがとても苦手です。

日本の状況に置き換えて考えてみましたが、たとえば「道すがら知らない人に挨拶をする=不審者認定間違いなし」みたいな悲しい現実があります。安全のために備えることは当然必要なことですが、大切な「人を手助けする」「人に助けてもらう」という感覚が、ごく一部の交友関係の間だけでしか経験できないのは、とても寂しいことなのかもしれません。

そんな折、娘のエマが彼女に聖ブリジッド(字幕でブリジットとなっていた気がしましたが、St.Brigidなので、ブリジッドです)の話をしました。このアイルランドの聖ブリジッドさんは、かの聖パトリックさんから直接教えを受けた異教徒の娘で、幼い頃から、自分のものをみんなで分け合う精神旺盛で、そんな寛大さが父親を怒らせて、修道院に入れられた、という話が残っています。

映画の中で語られた逸話は、ケチンボな王様に修道院を作る土地を譲り受ける時に、土地は皆で分け合うものですと諭した的な話だったと思います。(たぶん彼女が建てたキルデア修道院の逸話。ちなみにその修道院は12世紀に壊されてしまって、いまはもう見ることができないのだそう)

そんな聖ブリジッドの逸話を上手に話した娘の成長に驚きつつ、やっぱり全部自分ひとりで解決したいと頑張ってるうちに、「自分で家を建てる」というアイデアを見つけることになります。

でも、この「自分で家を建てる」ことを、ひとりでやり切ることは不可能です。こうして、彼女は自分で見出した解決策を実現させるため、自分の足りないものを補ってくれる「他の人たち」に頼ることを思い出していくのです。

人や制度に頼らないために発見したこのアイデアが、人を頼るきっかけを作ることになっていくんですから、悲しい物語の中にも人生のおもしろさを見出せますね。

古いアイルランドの言葉(ゲール語)に「メハル(Meitheal)」というものがあります。これは元々は労働に関する言葉で、農場などの作業を地域グループで効率よくこなすため、あらかじめみんなで決め事をして、隣人同士で協力しあう、そんな意味があるんだそうです。

この映画もまさに「メハル」の精神で多くの人がサンドラに協力し、支え、そして励ましてくれます。人は人と協力して生きていく、支え合いながら生きていく、そうやって善き人々が作り出した時間を使って、国が人々をきちんと支えていけるよう制度を変えていく。こういったローテーションで人は進化してきたんじゃないかと思います。(だから国、がんばれよ)

この物語ではひとりの女性を中心に、数々の現代アイルランドが抱える問題や、人間の本来の性質とも思える「メハル」の精神と、それに反抗する人たちを描いています。ですが、この映画のテーマは「心の傷からの回復」(原題は彼女自身というような意味の Herself です)というものだと思います。コロナ後の時代を以前よりも良いものにするためのヒントや、人が立ち上がる時に必要なことを教えてくれる、そんな映画だと思うので、興味がある方はぜひ観てみてください。

最後に、家庭内暴力の問題は、関係のない人には遠くの国の物語と感じてしまうかもしれません。それでも、ぜひ考えてみてほしいのは、自分がもしもそういった状況を発見した時に、なんの知識も対策も持っていなかったら、適切な助け方がわからず、救える人も救えなくなるという状況が、みなさんの身に起こらないとも限りません。

また、誰かのサインに気づけずに見過ごしてしまう、ということもあるかもしれません。なので、みなさんの町にもしかしたらいるかもしれない、このお母さんのような苦しく理不尽な状況にいる人をサポートすることを考えてみよう、そう思うきっかけになればいいなと思いました。

そして、アイリッシュトラッドもきっちり登場します。パブソングの超定番の「Whiskey in the Jar」、そしてジェームズ・ジョイスの「ダブリン市民」の中の「死者たち」でも印象的に使われた悲しい歌「The Lass of Aughrim」の2曲です。興味のある方は、曲名で検索してみてくださいね。

またポップスからもたくさんの歌が登場しますが、中でも印象に残ったのは「Titanium」というデヴィッド・ゲッタ feat. シーアの歌です。こちら、「私は負けない、倒れない、だって私はチタン(タイタニウム)だからね!」という、まさにサンドラの根性&心情を表現したかっこいい一曲として登場します。歌詞は字幕には出ないので、ぜひご覧になる前に、曲と歌詞(和訳)をチェックしてから観てみてください!きっと、そのシーンに釘付けになると思います!

長々と語ってしまいましたが、「サンドラの小さな家」の感想でした。

『サンドラの小さな家』

4月2日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

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監督:フィリダ・ロイド『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
共同脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル『リチャードの秘密』
出演:クレア・ダン
ハリエット・ウォルター『つぐない』
コンリース・ヒル「ゲーム・オブ・スローンズ」
2020年/アイルランド・イギリス/英語/97min/スコープ/カラー/5.1ch/原題:herself/日本語字幕:髙内朝子
提供:ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド   配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/herself/