【最新号:クラン・コラ】Issue No.332

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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森 Issue No.332

Editor : hatao
January 2022
ケルトの笛屋さん発行

つま弾きバンジョー:松井ゆみ子

つま弾きバンジョー

振り出しと言えば振り出しだった。:field 洲崎一彦

さて、昨年最後の原稿では、私は自分の音楽の趣味と仕事の関係について、あるとんでもない結論に達してしまったのでした。コロナで仕事がストップすると同時に私の音楽脳も停止した謎を追っていくうちに、自分で趣味だ趣味だと思い込んでいた音楽が、無理やり仕事との両立生活を長年続けているうちに、仕事に関連させること無しには自分の中で存在を保てないという事態に陥っていたのではないか。これです。

昨年末のクリスマスパーティの準備にあたって、ずっと止まっていた私の音楽脳が意外なきっかけで突然ぐるぐる動き出したこと。まあ、動き出したのですからそれはそれで良しなので、別にもうあれこれ分析する必要もないのかもしれません。しかし、自分としてはこの問題はもう少し整理しておかないと足下がまだぐらぐらしている感覚なのでした。

自分としては割りとショックな結論を得たまま年を越して新年を迎えました。そして、例年ならばすぐにまた1月中にパブ開店○周年パーティが執り行われて、そこで、なんやかんやと演奏の企画が方々から立ち上がるわけですが、年越しからオミクロンが徐々に猛威をふるい初め、世間はもうパーティなどと言ってる雰囲気ではまったく無くなってしまった。この一瞬の空気の変わり方のスピードは凄まじかったですね。

確かに、飲食店としてのパブは、またもや暗いトンネルに突入してしまって非常に深刻ではあるのですが、前述の私と音楽の問題にとっては、あのまま、またパーティーやらセッションやらと音楽が絡まる仕事のペースが戻って来てしまっては、またそんな日常に埋没してしまって、今抱き始めた自分と音楽の問題と疑問が雲散霧消してしまう恐れもあったと思います。

つまり、再び仕事が止まった。このタイミングで仕事が止まったのです。これまで分析したメカニズムの通りなら、ここでまた私の音楽脳はひゅーんと停止するでしょう。これは、さてさて、どうなるか見て見よう、という感じですね。

はい。そこでどうなったか、です。

私は、ほぼ無意識に、これまでの、仕事を無理やり絡ませてきた音楽と、遠い昔に音楽だけをやっていた頃の音楽を自分の中で整理する方向に向かっているのではないかという気がするのです。

というのは、私は、いつもなら無味乾燥でややもするとうたた寝してしまっていた経理仕事を、YouTubeでBGMをかけながら作業していたのです。これまでは、こんなことやったこと無かったのです。昔、学生時代はよくラジオを聴いたり、音楽をかけたりしながら勉強したものです。が、大人になってみて気が付くと、音楽をかけながら仕事をしたとう記憶はあまありません。

学生時代の環境では、音楽はあくまで遊びで、そんなにギターばっかり弾いてないで少しは勉強しなさい、などと親や先生に言われたものでした。だから、音楽は遊びであって、ややもすると今で言う趣味ですらなかったかもしれません。

つまり、大人になってからは、音楽を聴きながら仕事をするというのは、遊びながら仕事をするという感じがして、ちょっと気が引ける事態だったのでしょう。

そういうことなので、ある時無意識に、YouTube音楽をかけながら仕事の中でもザ・仕事の経理作業をしていた事実にはっと気が付いた時は、非常に新鮮な何かを感じたのでした。仕事の習慣とイメージは変わりませんから、これは音楽への何かが変わったのではないかと思いました。何か、音楽に対する扱いがぐっと軽くなったような、胸のつかえが降りたような、そんな風通しの良い新鮮な感じがしたのです。

そうです。無理やり仕事に関連させた音楽は、仕事以上に重いものになってしまっていた。何せ、私の潜在意識の中では断じて音楽は遊びではいけないのですから。もはや遠い昔の学生時代。今思えば、音楽に没頭していたあの時代は遊びであることに半ば居直っていた。ギター弾いて遊んでて何が悪いねん! と思っていた。

考えて見れば、セッションを看板としたパブをやるようになって数年後には、私は旧クランコラにおいて、硬派な音楽論を吐き散らかすうっとおしいおっさんになっていたのですが、これもさもありなんです。なおさらアイリッシュ音楽は自分にとって遊びであってはいけなかったという事だったのです。これは意識していたことではありませんから。言わば潜在意識からの至上命令だったわけですね。

ここまで、なんとか整理して分析してみましたが。本当は、こんなに理屈っぽい実感ではなくて、何かほわっとした雲を抜け出したような実感でした。今回はその内容をなんとか言葉にしたかったのです。

それから、私は、学生時代に愛聴していたような古いアルバムをYouTubeで検索してはいつも事務所で流しているようになりました。それは、アメリカのカントリーロックであったり、英国のプログレであったり、日本の今のJ-Popの前身であるニューミュージックであったり、みな相当に古いものばかりです。自宅にまだ取ってあるレコード棚にはそれらのアルバムは収まっているはずですが、もう随分前にレコードプレーヤーを手放してからは、少なくとも20年以上は一切耳にして来なかった音楽です。

スザキさんは本当はアイルランド音楽好きじゃないでしょう?

かつて、この台詞を私に言い放った彼は、当時の私の中にどんな不自然を見たのでしょうか。今、その彼とは連絡も途絶えてしまってその真意を確かめようがありませんが、このキーワードが今まで胸に刺さっていたことが、今回の発見の大きなヒントになったことは確かです。

というわけで、今この原稿はCCRのMardi Grasを聴きながら書いています。
(す)

わが音楽遍歴、または余はいかにして心配するのをやめてアイリッシュ・ミュージックを聴くようになったか・その6:大島豊

ラジオの深夜放送を聞くようになったのが高校1年と判明したのは、深夜放送でかかっていて記憶に残っている曲からです。そこで何を聞いていたか、ほとんど忘れていまが、一つだけ、覚えているのはエジソン・ライトハウスの〈恋のほのお〉。

この音源はシングルそのままのようです。
この曲そのものについてはたとえばこちら。

https://ryoumablog.work/blog/love-grows-where-my-rosemary-goesedison/

英語版 Wikipedia によると、「バンド」誕生の経緯は少し違っています。まずトニー・バロゥズをシンガーとしてシングル盤が録音されてリリースされ、ヒットします。ために Top Of The Pops に出ることになり、この番組出演のために Green field Hammer というバンドを Edison Lighthouse ということにした。番組ではバンドは口パクで、トニー・バロゥズだけが実際に歌った、らしい。

この曲がヒットしたのは1970年1月末から2月にかけて。ぼくは早生まれなので高校1年になっています。とすると、深夜放送を聞いていたのはすでにクラシック狂いが醒めだした頃、ということになります。

ここで言う深夜放送は主にAM放送ですが、やがてできたパターンは深夜11時半から1時まではFM東京を聞き、1時からAMの「セイヤング」を3時まで聞いて寝る、というものでした。もちろん平日に聞いていたはずで、翌朝、よくちゃんと起きて学校に行っていたものだ、と我ながら感心します。

当時の深夜放送は「セイヤング」「パック・イン・ミュージック」「オールナイト・ニッポン」の3つの番組がありました。各々にファンがついていて、人によって聞くものが決まっていました。曜日によって聞くものを換えている人もいました。「セイヤング」を聞いていたのは、一応3つとも聞いてみて、一番面白かったからでもありますが、何よりも3時に終るからでした。他の2つは5時までです。これはつきあいきれんと思ったわけです。

深夜放送を聞いていたのは音楽を聞くためではありません。少なくとも主な目的ではありませんでした。ディスク・ジョッキーまたはパーソナリティ、という呼称が当時あったかもよく覚えていませんが、そう呼ばれるようになる進行役のおしゃべりや、音楽よりもそれをリクエストする葉書の内容がまず面白いと感じたわけです。そして何よりも、本来寢ているはずの深夜に起きていることそのものが愉しかったのです。深夜放送を聞くのは、表向きあまり誉められたことではなく、翌日寝不足で授業にさしつかえるとなれば、明確に悪いことになります。それをあえてするのは愉しいのです。

一方で深夜放送で実際に流れていたのは音楽、それも当時流行していたポップスでした。国産のポピュラー音楽は歌謡曲の時代でしたが、深夜放送ではほとんどかからなかったという記憶があります。当時の深夜放送は時代の潮流に乗って、「王道」に背を向ける、一種の対抗文化の姿勢をとっていたと思えます。表面的で中途半端な、衣裳とよべるものではあったにせよ、あえて少数派やニッチを気取る姿勢があって、それも深夜放送の魅力の一部でした。

もっともそこでかかる音楽は何らかの形でヒットしていた楽曲がほとんどではあり、だからこそ、ほとんど記憶に残っていないのでしょう。〈恋のほのお〉を覚えているのは、深夜放送を聞きはじめて、最初に耳に飛びこんできたヒット曲だったから、ということも理由だろうと思います。加えて、それまでそういう洗練された作りこみのなされた曲を聞いたことがなかったからかもしれません。ビートルズの楽曲は耳には否応なく入ってきていましたが、積極的に耳をそばだてて聞いてはいませんでした。それに、その頃はすでに解散するかしないかで、ポールが他の3人を訴えたという記事を新聞で見たのが印象に残っています。

悖徳的、というにはあまりに幼稚ですが、それでも当時のぼくにとっては深夜放送を聞いて、ひどく悪いこと、あるいは人として本来やるべきではないことをこっそりとやっていると感じていて、その感覚がそこで聞く楽曲に特別の色を加えていました。それは昼間聞いていたクラシックにはまったく欠けていた要素でした。

そうした中でもう一つ、友人に薦められて1枚のアルバムを聴いたのでした。ぼくがクラシックに狂っているのを見て、憐れんだか、あるいはそれを支えにかろうじて保っている自尊心をへし折ってやろうと思ったか、こいつを聴いてみろと渡されたのが、ピンク・フロイドの《原子心母》です。そして、これによってぼくはクラシックからプログレに転向し、そして、あれほど聞き狂っていたクラシックからあっさりと離れたのでした。ずっと後、青年から中年になる頃になって、再びクラシックを聴きだしますが、それまではほぼまったく、少なくとも積極的に聴くことはありませんでした。クラシックなんぞ聴いてるヒマは無い、と自分では思っていました。プログレから伝統音楽に移り、その深みにはまっていく間は、こちらの方がクラシックよりずっと面白いし、未来もある、とも思っていました。若いときには、集中する一方で他が見えなくなるものです。

再び聴くようになったきっかけは2つあります。一つは古楽を「発見」したこと。とりわけ、クリストファー・ホグウッドで、やや遅れてフィル・ピケットも追いかけました。ピケットはアシュリー・ハッチングスのアルビオン・ダンス・バンドにも参加していて、ぼくはむしろそちらからかれを知ったのでした。もう一つはグレン・グールドのバッハです。そこからかつて聴き狂っていたときにとりわけ好きだったいくつかの曲をあらためて聴くようになりました。ホグウッドから今度はモーツァルトも聴きだしました。

今はクラシックだからと排除することもしませんし、クラシックを特別視することもありません。ぼくとしてはいたって冷静に、大きな音楽の一部で、面白いものは聴きます。もっとも、アイルランドやブリテンの伝統音楽のように、新しいものに常に注意しているわけではありません。とはいえ、クラシックも多様化し、古楽だけでなく、様々な試みも出てきて、ひと頃よりずっと面白くもなっています。従来日陰の存在だった楽器への注目やオーケストラからははずれた楽器の進出はその例でしょう。今現在、この瞬間にも、新たな地平を切り開くべく、楽しく奮闘している作曲家や演奏家もたくさんいて、百花繚乱と言ってもいいくらいと思います。

話が先走りました。ピンク・フロイドとプログレの話は次回。(ゆ)

ボタン・アコーディオンは、B/CとC#/Dのどちらの配列がアイルランドの伝統音楽に向いていますか?:McNeelaのブログより

ボタン・アコーディオンは、B/CとC#/Dのどちらの配列がアイルランドの伝統音楽に向いていますか?

編集後記

原稿が不足しがちな本誌に、寄稿してやっても良いぞという愛読者の方はぜひご連絡ください。

ケルト音楽に関係する話題、例えばライブ&CDレビュー、日本人演奏家の紹介、音楽家や職人へのインタビュー、音楽旅行記などで、1000文字程度までで一本記事をお書きください。

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クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月1回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
Editor :hatao

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