【私とケルト音楽】第14回:楽器工房ダルシクラフト 井口敦さん 中編

シンガーソングライターの天野朋美がお送りする「私とケルト音楽」。

このコーナーでは様々な世界で活躍している方に、ケルト音楽との出会いやその魅力についてお伺いしていきます。

第14回では、前回に引き続き楽器工房ダルシクラフトよりオーナーの井口敦さんをゲストにお招きし、民族楽器に携わるきっかけやケルト音楽との出会いとその魅力をお伺いしました。

どうぞお楽しみください。

民族楽器の世界への入口はアパラチアンマウンテンダルシマー

――前回はお店の業務内容と工房設立までの経緯をお聞きしましたが、民族楽器を扱うきっかけは何だったのですか?

井口:大手電機メーカーに勤めていた時に会社で国際要員を育成するという事で、英語を学ぶために3ヶ月強アメリカのユタ州のソルトレイクシティに滞在しました。

学校は3時ぐらいに終わるので結構スペアタイムがあって、その時に楽器屋でアパラチアン・マウンテン・ダルシマーを見つけました。

先生もいるという事だったので購入し、週に1回のペースで3ヶ月間教えてもらったんです。

その辺りから民族楽器の世界に入りました。

ギターなんかは世の中にいくらでも達人がいて太刀打ちできないですが、アパラチアン・マウンテン・ダルシマーは演奏する人もすごく少ないですし、マイナーな物の方が面白いなあと思って。

その時に同じダルシマーという名前でハンマー・ダルシマーという楽器があるのを、他のパフォーマーが演奏しているのを見て知りました。

帰国してから数ヶ月後、お茶の水を歩いていたらたまたま…確か石橋楽器だったかと思うのですが、店頭にハンマー・ダルシマーが置いてありまして。

値段も4万円ちょっとだったのでこれなら買えるなと。

こういう楽器は見つけたら確保しておかないと二度と手に入らないですからね、その場で買っていきました。

それでアパラチアン・マウンテン・ダルシマーとハンマー・ダルシマーが両方揃ったわけです。

演奏してみると同じダルシマーという名前でも全然違う楽器で、どちらかができればもう一方もできるというものではなくて、例えるならバイオリンとトランペットくらい違うわけです。

アパラチアン・マウンテン・ダルシマーの起源はオーストリアのチターあたり、ヨーロッパが発祥起源で、ハンマー・ダルシマーはペルシャ、今で言うところのイラン発祥のサントゥールが起源です。

元々違う起源のものだけれどそれを英語にする時に、「ダルシ」というのはラテン語でドルチェ(甘い、優しい)が語源で、それに「マー」がついて、優しい音がするもの、甘美な音という意味になります。

ハンマー・ダルシマーはピアノの先祖とも言われていまして、鍵盤が付く前の、台に弦がいっぱい張ってある状態のものがハンマー・ダルシマー、それに鍵盤がついて引っ掻くようになったのがチェンバロ、叩くようになったのがピアノです。

私自身はどうもハンマー・ダルシマーはうまく演奏できず、もともとキーボーダーだった家内に勧めたら飲み込みが早くて。

当時はYouTubeなんてなかったですから、誰にも教わる事なく気に入ったCDをコピーして弾いていましたね。

――奥様も演奏されるのですね!

井口:家内とは1984年ごろにダルシマーのバンド「ダルシカフェ」をスタートしました。

最初はマウンテン・ダルシマー2台ではじめましたが、ハンマー・ダルシマーのほうがより注目度が高いこともあり、ハンマー・ダルシマーを中心にしたアンサンブルということでハンマー・ダルシマーとギターまたはアイリッシュ・ブズーキ、またはマウンテン・ダルシマーという編成で演奏活動を続けています。

レパートリーの80%はアイリッシュ・チューンです。ダルシカフェでは好きな曲をアレンジしてハンマー・ダルシマーを中心に美しいメロディを楽しめることを意識して演奏しています。

そんなに多くのLIVEはやっていませんが、最近では札幌、名古屋、宝塚でもやらせていただきました。また、心配なく遠征できるときがくるといいですが・・・

アメリカでもハンマー・ダルシマー・プレイヤーの多くがオ・カロランの曲など、アイリッシュ・チューンを好んで弾いています。

きっとハープのアレンジはハンマー・ダルシマーにも移行しやすいからではないかと思います。

しかし、アイルランドではハンマー・ダルシマーはめったに目にすることのない楽器でその存在すらほとんど知られていないようです。

パブ・セッションに参加するには大きくて場所をとる、音が伸びるので多くの楽器と合奏するのにあまり向かないなどの事情もあろうかと思います。

他の音楽とも融合するフレキシビリティが魅力のケルト音楽

――ケルト音楽との出会いを教えてください。

井口:私が中学・高校生だった1967〜1970年台はアメリカン・フォークソング・ブームで、PPM(ピーター・ポール&マリー)のコピーバンドを始めました。

アメリカン・フォーク・ソングの多くはその背景にアメリカン・オールド・タイムがあり、更に源流をたどればアイリッシュの曲も多く美しいメロディに魅了されました。

今考えるとそのときにケルティックミュージックとの接点があったのだと思います。

その他によく聴いていたのは、イーグルス、リンダ・ロンシュタット等ウェストコースト系とフェアポート・コンベンション、スティールアイ・スパン等ブリティッシュ・フォーク系。

ブルーグラスやウェストコースト系も聴きましたね。邦楽はほとんど聴かず洋楽ばかりでした。

私にとってケルト音楽の魅力は、そのちょっと懐かしい気がする美しいメロディ、わくわくするリズム、他のジャンル音楽とも融合するフレキシビリティ(柔軟性)です。

民族音楽にはどの国でも伝統と文化、そしてその国々の人々の生活が現れているので興味深く、敬意をもって接していきたいと考えています。

――好きなケルト系アーティストを教えてください。

井口:好きなケルト系アーティストは、メアリー・ブラック、アルタン、モーラ・オコンネルです。

モーラ・オコンネルをあげる人は珍しいのではないでしょうか。

あらためて彼女の曲を眺めてみると、どれもアメリカン・シンガーソングライターの曲だったのではないかと今になって気がつきました。

アイルランドの歌手が歌うのは当然アイリッシュの曲だと思っていたのが、半分以上はアメリカン・シンガーソングライターの曲。

だけど彼女が歌うともともとアイリッシュだったように聞こえるんです。

アイルランドから多くの人々がアメリカに移民し、そこのシンガーソングライターからモーラ・オコンネルのような人にフィードバックされて、カルチャーが行き来しているのですね。

(つづく)

【Profile】


出典 https://dulcicraft.com/

ゲスト:井口敦(いぐちあつし)
普通の楽器屋さんでは売っていない欧米の民族弦楽器ハンマー・ダルシマー、ニッケルハルパ、アイリッシュ・ブズーキなどの修理・製作・輸入販売を行っているDulciCraft(楽器工房ダルシクラフト)オーナー。
https://dulcicraft.com/
インタビュアー:天野朋美(あまのともみ)
ケルトを愛するシンガーソングライター、やまなし大使。
株式会社カズテクニカCM出演中。
https://twitter.com/ToMu_1234

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