
ライター:hatao
2026年4月28日、フランスの古楽笛奏者フランソワ・ラザレヴィチの初来日公演が行われると聞き、弾丸で福岡市民ホール小ホールへ足を運んだ。
ラザレヴィチは、自身のグループ Les Musiciens de Saint-Julien(「聖ジュリアンの音楽家たち」)というプロジェクトを軸に、中世から古典派に至る幅広い時代・ジャンルにわたって録音・演奏活動を展開してきた。このプロジェクトは固定メンバーを持たない柔軟なアンサンブルであり、プログラムに応じて各分野のスペシャリストが参加する。

今回の公演も同名義で、タイトルは “The Lady’s Cup of Tea – Quatuor Celtique”。歌とチェロのHélène Richaud、テオルボとシターンのLeo Brunet、ザルブとパーカッションのPierre Rigopoulosという編成で行われた。150席ほどの小ホールは満席であった。
ラザレヴィチは、古楽とフォークのクロスオーヴァーという分野において、個人的に最も注目してきた音楽家の一人である。これまでにすべてのアルバムを聴き、楽譜も取り寄せ、自身のコンサートで取り上げたこともある。
彼はリコーダー、フルート・トラヴェルソ、ミュゼット(フランスのバグパイプ)を主に演奏する。これは古楽の笛奏者としては非常に珍しいケースで、通常はそれぞれの専門楽器に特化することが多い。しかも、そのいずれにおいても演奏水準はきわめて高い。
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リコーダーではファン・エイクの無伴奏作品、フルートではバッハの無伴奏ソナタやテレマンの《12のファンタジー》、ミュゼットではヴィヴァルディの《四季》といったレパートリーを取り上げ、さらにルネサンスのミヒャエル・プレトリウスからモーツァルトのフルート協奏曲に至るまで、時代・地域を横断して活動している。縦笛(リコーダー)と横笛(フルート)を自在に行き来しながら、まさに縦横無尽にレパートリーを拡張していると言えるだろう。
ラザレヴィチのユニークさは、古楽の学術的・考古学的アプローチと、民俗音楽の口承的・身体的アプローチの双方を踏まえた「再構築」にある。現代では古楽と伝統音楽は別個の領域として扱われがちであり、両者のあいだには明確な分断が存在する。古楽奏者がアイルランドのジグやリールを演奏することはほとんどなく、逆に伝統音楽の演奏家がバッハやテレマンに関心を示すことも稀である。
また「古楽」と呼ばれる領域も、実際には西ヨーロッパからイングランドにかけての音楽に偏っており、同時代のアイルランドやスコットランドの音楽が取り上げられる機会は多くない。
しかし本来、宮廷舞踊と民俗舞踊のあいだには明確な連続性がある。ブーレやガヴォットのように民俗舞踊が洗練された形で宮廷に取り入れられた例もあれば、カドリールのように宮廷舞踊が民衆へと広がった例もある。
ラザレヴィチはこの連続性に着目し、「古楽」という枠にとどまらず、ブリテン諸島の伝統音楽にも積極的に取り組んでいる。スコットランド音楽を扱った For Ever Fortune(2012)、アイルランド音楽の High Road to Kilkenny、イングランド舞曲の The Queen’s Delight(2020)などの録音は、その代表例である。
これらの伝統音楽は、彼の演奏にグルーヴや即興性といった新たな視点をもたらしている。伝統音楽において舞曲のグルーヴは不可欠な要素であるが、古楽ではしばしば音楽的表現が優先される。しかし宮廷舞踊も本来は舞踊音楽であり、当時は身体性を伴って演奏されていたはずである。
ロマン派以降の表現重視の流れのなかで見落とされがちなこの身体性を、ラザレヴィチは実践によって提示している。それはバッハの無伴奏作品におけるスウィング感やアクセント、あるいはモーツァルトにおける装飾の扱いにも明確に表れている。
また興味深いのは、楽器の正統性を最優先としない姿勢である。アイルランドやスコットランドの音楽を演奏する際にも、現地の歴史的楽器を再現するのではなく、フレンチ・ミュゼットを用いる。また打楽器には、ペルシャ音楽の名手によるザルブやダフが用いられていた。これらは本来ブリテン諸島の音楽で使われていた楽器ではないが、演奏はきわめて高い説得力を持っていた。
楽器の再現よりも音楽の本質を優先するこの姿勢こそが、彼の独自性を際立たせている。
さて、コンサートの内容に触れたい。開場前から多くの来場者が列を作り、会場の期待の高さがうかがえた。筆者は前方3列目、フルート奏者の正面という理想的な位置で鑑賞することができた。
プログラムは、これまでのブリテン諸島をテーマとした録音を中心に構成されており、歌曲、リコーダーやバグパイプの変奏曲、オキャロランの作品、モリスダンス、ストラススペイ、アイルランドのリールなど、多様なレパートリーが並んだ。ティン・ホイッスルによる The Moving Clouds の演奏も印象的であった。


アンコールではパーセルやマラン・マレといった正統バロックに加え、福岡在住のセルビア人の親族に捧げる形でセルビアのロマ音楽が演奏されるなど、幅広い音楽世界が提示された。約2時間、休憩なしでこれを演奏し切る体力と集中力は驚異的である。演奏のクオリティは録音と遜色なく、期待を裏切らない内容であった。
惜しむべきは、客席に若い音楽家やアイルランド音楽愛好家の姿がほとんど見られなかったことである。本公演は古楽・伝統音楽の双方にとって示唆に富む内容であり、それぞれの領域に欠けている視点を補う機会となり得たはずだ。
今回の公演は、ラ・フォル・ジュルネTOKYO2026への出演をきっかけに、福岡のリコーダー愛好家N氏を中心として実現した手作りの企画であった。来場者の多くは古楽・クラシック音楽関係者であったと見受けられる。
東京公演ではテレマンやヴィヴァルディが演奏される予定とのことであり、このような伝統音楽中心のプログラムは本公演のみであった。そうした意味でも、無理をしてでも福岡まで足を運んだ価値は大きかった。関係者の皆様に、心より感謝したい。
