
ライター:大島 豊
008. Catherine McEvoy, Traditional Flute Music In The Sligo-Roscommon Style
前回「初めて聴いて、録音が良いか悪いか、即座にわからないのは、聴く量が足りていないのである。」と書いた。録音の出来の良し悪し、言い換えれば質の高低が聴いてわかるまでにどれくらい時間がかかるかは録音にもよる。
リスナーの録音との相性もある。単純にたくさん聴けばわかるものではないのだ。ものごとはいつも単純ではない。この世に単純なものなど無い。すべては複雑にからみ合っているので、自分だけ良ければそれでいいなどとすましてはいられない。
何をやっても、めぐりめぐって自分に返ってくる。ただし、自分では立派なことをしているつもりが、広く見るとそうではないことも往々にしてある。
というのは脇道に逸れた。肝心なのは、この録音の良し悪しがあたしには長い間わからなかった、ということである。
悪いものではないというのは初めから感じられたが、では、たとえば「アイリッシュ・ミュージックの百枚」候補になるだけのレベルにあるか、となると首をかしげていた。
一度、良さがわかってしまえば、なんで首なんぞかしげていたのか、自分でもわからなくなるが、かしげていたことは否定できない。一つにはこのピアノ伴奏の単調さだ、と他人のせいにしたくもなる。
一方でこのピアノはケイリ・バンドの流れを汲んでもいて、現代の、より洗練された、変化に富んだ伴奏に慣れた耳には単調に響くかもしれないが、フルートの演奏を壊すとか邪魔するとかする類のものではない。
それは一度棚に上げて、マカヴォイの演奏に集中して聴いてみる。何度も聴いてみる。時と場所を変えて聴いてもみる。するとある時霧がぱあっと晴れるように、あるいは耳を覆っていたものがぽろりととれたように、音楽が活き活きと飛びこんできたのである。
それがいつ、どういう状況だったか、今はもう思い出せない。散歩しながらふんふん聴きながしていたのか。家で腰をおろして目をつむって一心不乱に聴いていたのか。
実を言えばこの人にあらためて注目したのは、前回の Caoimhín Ó Raghallaigh との共作からだった。コンサティーナの Mícheál Ó Raghallaigh とトリオで出した《Comb Your Hair And Curl It》2010 である。
これは文句なく「百枚」に入れてもいいレベルの録音である。これを聴いて、そう言えばキャサリン・マカヴォイはソロもあったよなと聴きだした。2008年のセカンド《The Home Ruler》、近作の《Down The Crushen Road》も聴く。いずれもすばらしい。
ならばこのファーストはどうなのだ。つまりマット・モロイのファーストが超人の生んだものとすれば、こちらは普通の人間の手になるものだ。
これを「百枚」に入れるのは、この人が女性のフルーティストの先駆けであることもある。フルートのソロでまるまる一枚アルバムを作ったのはマット・モロイが史上初めてだが、女性フルーティストで、フルートのソロでまるまる一枚アルバムを作ったのはこれが最初だ。
そして女性が単独で伝統音楽のレコードをまるまる一枚作った点でも最も初期の一枚である。アイリッシュ・ミュージックにおけるジェンダーの問題は近年大きくとりあげられているが、実際にかつては女性の楽器奏者が単独でアルバムを出すのは極めて稀だった。
ラジオなど放送のための収録やフィールド録音はされていても、それらの音源がレコードとして世に出るのは今世紀になってからがほとんどだ。シンガーの録音はあっても、器楽奏者の録音は20世紀にはほとんど無かった。これは例外の1枚である。
009. The Bothy Band, After Hours
となるとそのマット・モロイの1976年のソロ・ファーストをとりあげねばならないが、しかし物事の順番としてはその前にボシィ・バンドに触れないわけにはいかない。
まずコンテクストを確認しよう。1970年代半ば、プランクシティ、ボシィ・バンド、デ・ダナン、クラナドの4つのバンドがほぼ同時期に出現することによって、それ以前とは一線を画したアイリッシュ・ミュージックの現代化が立上がる。
それによって、従来伝統音楽とは縁の無かったアイルランドの都市の若者たちが伝統音楽を見出し、まずリスナーとなり、その一部は実践者にもなる。現代化は国際化でもあって、それまでアイルランドでもローカルの共同体や北米、太平洋の移民共同体に限られていた音楽の鑑賞と実践が、アイルランドとも移民とも無縁の人びとの間に広がりだす。
その影響の一端はなんと遥々大陸を超え、海を渡り、アイルランドとは大陸の反対側にある列島にすら及ぶ。ことわっておくが、当時インターネットなどは無いのだ。最速の情報伝達手段は電話または電報で、ファックスすら無かった。まとまった情報、記録として残るような情報が伝わるには、航空便が最速だ。ダブリンで起きたことが東京に書かれたもので伝わるのは翌週である。
一方で、電話も電報も無い時代、その前の無線電信すら無い時代、書かれた情報が伝わるには人間が手で運ぶしか無かった時代から、情報は地球上を駆けまわってもいた。
この場合のポイントは立上がったのがバンドだったことである。個人ではなかった。しかも伝統的な楽器編成や演奏スタイルからは多少とも外れた形のバンドだ。共通するのは、いずれのメンバーも先立って起きたポピュラー音楽の革命の洗礼を受けており、従来の伝統音楽のそれとは異なる音楽の理想を目指したことだ。
最も端的に言えば、従来の伝統音楽の理想はあくまでも共同体内部、広くても音楽の共同体の内部にしか求められなかったのに対し、これらのバンドとそのフォロワーたちは、共同体の境界を無視した。
だからこそ、その共同体とはまったく何の縁もゆかりも無い遠国の人間にも反応できたのである。その遠国の人間たちも、同じポピュラー音楽の革命の洗礼を受けていたからだ。
ではそのポピュラー音楽の革命とは何かというのはここで詳しく論じる余裕はないけれども、これまた端的に言えば、プレスリーとビートルズによるいわゆるロックンロール革命である。
実はビートルズに先立ってスキッフルと呼ばれるもののブームがあり、上記4つのバンドの出現に深く関ってもいるのだが、これまたここでは論じる余裕はない。いずれこの連載の先で、もう少し突込んだ話ができるかもしれない。
4つのバンドのうち、プランクシティとボシィ・バンドはダブリンをベースとし、ドーナル・ラニィが双方にいたことから、ある程度の連続性を見てとることができる。
音楽性にも共通するところがある。デ・ダナンとクラナドは各々立ち位置を異にする。プランクシティでは個々のメンバーが担当した役割を、ボシィ・バンドではフロントのメロディ楽器とバックのリズム・セクションが担った。アイリッシュ・ミュージックの文脈では、ボシィ・バンドの形式の方が伝統の形に近い。
とりわけフロントの3人がユニゾンする形はほぼ伝統そのままだ。したがって以後に現れたアイリッシュ・ミュージックのバンドはボシィ・バンドを原型、ひな形とすることになった。
ボシィ・バンドのアルバムはファーストを含めてもスタジオ盤3枚、ライヴ盤2枚で、全部が繰返し聴くに値する。その中で1枚選ぶとすれば、このパリでのレジデンス公演から生まれたライヴ盤になる。
何といっても、実際にどういう演奏をしていたのかの記録だ。ここではトゥリーナ・ニ・ゴゥナルの無伴奏歌唱も聴ける。歌とチューンの、静と動の目もくらむ対照もまたボシィ・バンドのキモである。
もう1枚のライヴ、BBCの2本の放送を収めた《Live In Concert》1994 は残念ながらストリーミングにはないし、今は廃番で中古を探すしかないが、探すだけの価値は十分ある。収められた放送の片方ではパイプが Peter Browne であるのも興味深い。
010. Daoirí Farrell, The Wedding Above In Glencree
アイルランド伝統歌の現役のうたい手として、ポール・ブレディの後に続く人は長い間出なかった。つまり彼のようなスタイルで、伝統に深く棹挿しながら、現代的な訴求力も大きい。ギター、ブズーキ、そしてホィッスル奏者としても一級で、精緻・巧妙な伴奏で自身の唄の魅力を増すことができる、そういううたい手である。ブレディの同世代ではアンディ・アーヴァインがいるし、あるいはクリスティ・ムーアもいる。もっとも、ムーアのアルバムを「アイリッシュ・ミュージックの百枚」に入れるか、まだ迷っている。かれが伝統音楽と同じ地平に立っていることは確かだし、アイルランドの魂を体現していることも間違いないが、ムーアの唄はよりパーソナルで、伝統音楽そのものではない。とまれ、ブレディの衣鉢を継げる男声の伝統歌のうたい手はいなかったのだ。ひとつにはその後のアイリッシュ・ミュージックが器楽中心に展開していったこともあるだろう。あるいはまた歌をうたう才能はより稀なのかもしれない。
デイリ・ファレル(と読んでおく)は、数十年ぶりに現れた、今の時代にふさわしい伝統歌のうたい手である。これは彼の5作目で、今後どのようなキャリアを積むとしても、これはかれの代表作として、たとえばポール・ブレディの《Welcome Here Kind Stranger》に匹敵する21世紀におけるアイルランド伝統歌の録音として、後世に残るにちがいない。このアルバムのクローザー〈The foggy dew〉は本誌に以前に連載した「歌の小径の散策」の第1回でとりあげた。今の時代にふさわしく、このアルバムをめぐっては、演奏の動画が何本もネットに上がっている。合わせて視聴されれば、うたい手としての、ブズーキ奏者としての実力がよりわかるだろう。
これでようやく10枚である。前途遼遠。ではあるが、こういうのんびりしたペースもまた良からずや、とも思ったりする。(ゆ)
