ティン・ホイッスルを横笛に改造してもらいました

ティン・ホイッスルは指孔の数が6つしかありません。

指孔を下から順番に開けてゆくとド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シの7つの音が得られてリコーダーよりも簡単な運指なのですが、半音階を吹くには指孔を半分くらい開いたり、クロス・フィンガリングという特別な運指で吹かなくてはいけません。

それでも伝統音楽を吹いている限りは7つの音で足りるので問題にはなりませんが、ときどき半音がある曲に出会ったり、伝統音楽以外のジャンルを吹く際に半音が必要になることが、しばしばあります。

そんなとき、アイリッシュ・フルートでは半音に対応したキーのついた楽器を使うと便利です。

一方で、ティン・ホイッスルではキーがついた楽器はほとんど見かけません。

おそらくティン・ホイッスルの金属の管体にキーを固定することが難しいことと、ティン・ホイッスルを求めるニーズの多くはその安さが理由であり、キーをつけると製作コストが上がりすぎて需要に合わないためだと思われます。

しかし、19世紀にはキーがついた木製のティン・ホイッスルも製作されていました。

木製の縦笛「フラジョレット」

ティン・ホイッスルの歴史は正式には19世紀のロバート・クラーク(1840–1889)からと言われていますが、それは金属製ボディの量産品のことで、イングランドには、それ以前からティン・ホイッスルと同じ運指の木製の縦笛「フラジョレット」がありました。

フラジョレットでは伝統音楽だけではなく、当時の流行曲やクラシック音楽が演奏されていたようです。

そのため、当時の音楽に対応できるように多くのキーがついていることがありました。

フラジョレットは簡単な運指であることから、所得の高い市民階級(ジェントルマン)の間で流行し19世紀には教則本や作品集が作られていました。


▲フラジョレット

それを庶民の手にも届くように量産した点がクラークの功績です。

ティン・ホイッスルも、当初はフラジョレットの名前で販売されていました。

この当時、おそらく木製のティン・ホイッスルにキーを付けた楽器が作られていたのでしょう。

アメリカの職人、故ラルフ・スウィートは2000年前後にKilloury Modelという、1個ないし3つのキーがついたアフリカン・ブラックウッド製のティン・ホイッスルを製作していました。

これは、アイルランド人が所持していたものをもとに復元したものだそうですが、もともとはいつ・どこで・誰が作ったものか、よくわかっていません。


▲キーつきティン・ホイッスル

以下、スウィート氏のホームページを、アーカイブ検索したものを引用します。

These models are named for the late John Killourhy who played at the Irish Music Sessions in Doolin and Lahinch, Co. Clare, and always attended the session during the Willie Clancy Summer School in Miltown Malbay. He had sent me (unannounced) his favorite whistle which he had bought in London in the 1930’s, with a molded bakelite head, recorder style windway, and blackwood body (No keys, though, although keyed whistles were available at the time – I have three in my personal collection), His whistle had been stepped on and crushed. I did extensive repairs, and returned it at no charge. He was very grateful, and years later, gave it to me. Eventually, I finally got to meet him in person at the Willie Clancy Festival.

【日本語訳】

このモデルはアイルランド・カウンティクレアのドゥーリンやラヒンチのパブでよく演奏していた故ジョン・キロウリー氏の楽器から名付けられた。

彼はミルタウン・マルベイのウィリー・クランシー夏季合宿のセッションにもよく出ていた。

彼は突然、私にお気に入りのティン・ホイッスルを送ってきたのだが、それは1930年にロンドンで購入しており、ベークライト(樹脂)のヘッド、リコーダー状のウィンドウェイ、管体はブラックウッドのものだった(キーはなかったが、当時はキーのあるティン・ホイッスルは購入できた。私は自身のコレクションに3本所有している)。

そのティン・ホイッスルは踏まれて壊れてしまった。

それで私は無償で修理をしてあげたのだ。

とっても喜んでいた。

そして数年して、それを私に寄贈してくれた。

その後にウィリー・クランシー夏季合宿で、私はやっと彼と面会を果たした。

このティン・ホイッスルは、スウィート氏が亡くなる直前まで製作されており、日本では通販楽器店アーリーミュージック・プロジェクトが販売していましたが、当時から販売数が少なく簡単に手に入るものではありませんでした。

私は、2015年ころに店の仕入れとして3キーつきティン・ホイッスルを3本購入しましたが、その後でSweetheart氏は工房をたたみ、永遠に廃盤となりました。

私の知る限り、今ではこのようなキー付きのティン・ホイッスルを作っている職人はいないものと思われます。

さて、もう手に入らないと思っていたこのティン・ホイッスルですが、後継者モルノー氏がスウィート氏の倉庫を点検し、偶然に3キー付きティン・ホイッスルを2本発見、私に教えてくれて購入することとなりました。

その経緯についてはこちらの記事をご覧ください。

ラルフ・スウィート氏への追悼文につきまして

このうち1本は私のコレクションに、もう1本はお客様の元に渡ったのですが、そのお客様がとても気に入ってくださり、これ用にピッコロの頭部管を発注いただきました。

ピッコロ用頭管部の調整

製作は後継者のモルノー氏に依頼をしました。

本来であれば楽器を送って頭部管とボディの寸法の調整をしてもらうのですが、アフリカン・ブラックウッドはいまワシントン条約の保護対象となっており、実物を送って採寸するのは難しいため、おおよその直径を伝えて製作をしてもらいました。

そうして待つこと数ヶ月、グレナディロ製の頭部管が届きました。

ただし、問題がありました。

ティン・ホイッスルのほうのテノン(頭部管とのつなぎ目)が太くて、ピッコロの頭部管が入らないのです。

そこで、試しに私の楽器で調整を試みました。

まずはティン・ホイッスルのテノンに巻いている毛糸を取ります。

カッターで慎重に取り外し、糊も可能な限り削り取りました。


▲まずは毛糸を切ります


▲糊もきれいに取ります

その後で、テノンに厚さ1mmのコルクを貼ります。

これでピッコロの頭部管が気持ちよく収まる厚みになりました。

そうすると、今度はティン・ホイッスルの頭部管がブカブカになってしまいます。


▲フッティングをします

通常、木管楽器のコルクはボディに貼ってありますが、もとからSweetheart氏やモルノー氏は頭部管の内側に貼る、珍しいスタイルでした。

ですので、ティン・ホイッスルのソケットの内側にもコルクを貼って厚みを調整すれば、ティン・ホイッスルとピッコロの両方ともに使える楽器になります。

お客様には、そのやり方をお伝えして、コルクなど素材とともに頭部管をお送りしました。

なお、ピッコロ・ヘッドですが、こちらのほうがティン・ホイッスルよりも音程の自由が効き、また横構えの持ち方のほうがキーを安定して操作でき、私はとても気に入りました。

音色も、とても良かったです。

キーつきピッコロは10万円以上はしますから、お客様にとっても賢明な買い物だったと思います。

大変特殊な加工でしたので、お客様の許可を得て記事にしました。

ティン・ホイッスルを横笛にする加工は、設計面で倍音の音程に癖が出てしまったり、完全にうまくいくわけではありませんが、このようなご依頼がありましたら、ご相談ください。

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