前編では、中国という閉じられたマーケットで花開くティン・ホイッスルの独特な文化について紹介した。
https://celtnofue.com/blog/archives/4184
今回は、中国のティン・ホイッスルの現状と今後の展望について、ある一人の商人との出会いから、まとめたい。
私が中国のアイルランド音楽コミュニティと関わるようになって10年近くになる。
広大な国土と巨大な人口を抱える中国だが、アイルランド音楽のファンは少なく、北京、上海、重慶、成都などの巨大都市に多少の愛好家がいる程度で、あとは各地に散在している。
セッションができるほどの人数がいる場所はごく限られている。
そのため、愛好家たちはSNSのグループを通じての交流が盛んだ。
中には、長年知っているものの会ったことがない仲間も多い。
これは、楽器職人や商人にとっても同じ状況である。
前編で紹介したガレオンを代表に、中国には個人でティン・ホイッスルやアイリッシュ・フルートを製作する職人がいくつか存在し、当然お互いのことは認識しているが、商売が関わるだけに、状況は純粋な愛好家ほど無邪気なわけにはいかない。
中国のアイルランド音楽コミュニティに出入りしていると、私もそれなりに知名度が上がり、「hatao老師(中国語で先生の意味)」と慕ってくれて、色々な方から連絡を頂いたり、海外の留学先で会えたりという機会がある。
そんな中、今から4,5年前に青島から私のコンサートにはるばる来てくれた若い楽器商人がいる。
名前をエル氏とする。
彼は中国最大のECサイト「淘宝網」でティン・ホイッスルを販売する楽器商だ。
最初に出会ったときは、彼が中国の工場に作らせた、アメリカの銘記Sindt whistleによく似た外見のティン・ホイッスルと、高級そうな喫煙具をプレゼントされて、タバコを吸わない私は面食らった。
彼としては、私に中国語のティン・ホイッスルの教材を作り、アイコンとして彼の商品を宣伝してほしいという意図があったようだ。
今回の訪中で再びエル氏が青島から私を訪ねてきてくれたので、食事をしたり買い物に付き合ってもらいながら、話を聞くことができた。
ここに書くのはご本人の承諾を得たインタビューの内容だ。
エル氏は教育学部で学問を修め、卒業後にいくつかの会社で働いたのち、2011年に北京でティン・ホイッスルの卸業者を始めた。
「本当は音楽教師になるはずだった」と言う。
商売を起こすにあたり、中国では商標権を取得しなければ販売できないルールがあるのか、Feadogの中国での商標をかなりの大金で買い取り、独占販売契約を結んだ。
最初は一人で商売を始めたが、順調に成長し、現在はEC担当スタッフが2名いる。
自身は家庭の事情で故郷の青島に戻っている。
主な取引先は中国各地の楽器店で、商売は右肩上がりで年間数百ケースを出荷するという。
他の主な取引メーカーはGene Milligan, MK whistles, Susato, Chris Abell, Shaw, Goldieだ。
エル氏によると、中国では他にもいくつかのティン・ホイッスル商人がおり、販売権を巡ってはしばしば争いになるという。
例えば、ある中国業者が海外メーカーにメールを出し、エル氏が質の悪い模造品を作って販売していると告発する。
メーカーとしては、誰を信用してよいのかわからなくなり、販売権を停止する…といった嫌がらせを受けたとのことだ。
ティン・ホイッスルを量産するメーカーにとって中国市場は魅力的に違いないが、常にリスクもあるということである。
人気の海外メーカーは他の業者からの嫌がらせもあるので、そこでエル氏は国内生産のシェアを伸ばそうとしており、いくつか試作品を作って見せてくれはするのだが、何ぶん本人が音楽家ではないので、品質については閉口せざるをえない。
プラスチックの素材の質が見るからに悪く、おそらく楽器に不向きな、玩具や容器に使うような軽い素材のプラスチックを使っているのだろう。
音楽家としての感想を正直に言うと、それでも良いのだという。
仮に品質が悪くても、安く、そこそこの見た目の楽器を作れれば、国内ではそれなりに売れる。
なるほどあっけらかんとしている。
上海の国際楽器見本市でも、そういった楽器をいくつか見たことがある。
こうした考え方は、私としては残念に思う。
ティン・ホイッスルの真価が認められるためには、良い演奏者とともに、良い楽器職人の存在が不可欠だ。
品質の悪い楽器が出回ることは、結果的には文化の成熟にはマイナスの影響を与えると思う。
そんな折、四川・成都の楽器職人から2本のティン・ホイッスルが届いた。
会ったことも聞いたこともない職人だったのでまったく期待せずに試奏してみたのだが、作り方、演奏性能ともに非常に完成度の高い楽器で驚いた。
中国のティン・ホイッスルはまだ黎明期。
この玉石混交、混沌とした現在の中国市場から、良い楽器を求める人々が増えて、さらに良い楽器職人が育つことを願っている。