ライター:吉山雄貴
今回は、(1)ケルト圏や北欧の伝統音楽を使用しているが、調べてみてもあまり多くの情報を得られなかった作品や、(2)伝統音楽にもとづいてこそいないものの、該当地域の文学や自然と深い関連をもつ楽曲を紹介します。
【フィンガルの洞窟】
作曲者は、フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)。
ドイツ人ですが、「スコットランド」の副題をもつ交響曲や、シェイクスピアの劇「真夏の夜の夢」で流すための音楽を書いたりと、なにかとイギリスと縁のある人です。
フィンガルの洞窟とは、スコットランド北西部にあるヘブリディーズ諸島の1つ、スタッファ島に存在する洞窟の名前です。
舟で進入することができ、内部では波の音が洞窟中にこだまして、ものすごい音響効果を発揮するそうです。
そんなところでホイッスル吹きたいな。
メンデルスゾーンは実際にそこを訪れ、そのときに感じた印象を作品にしたものが、この「フィンガルの洞窟」です。いかにも波のうねりや、岩にあたって飛散するしぶきを想起させます。長さは10分あまり。
【スコットランド幻想曲】
作曲者は、マックス・ブルッフ(1838-1920)。彼もドイツ人ですが、スコットランドに対し強い憧憬を抱いていたようです。
「スコットランド幻想曲」は、彼のスコットランド趣味が結実した作品。
ヴァイオリンとハープが際立つように書かれています。特に前者の技巧をいかんなく発揮できるとされ、しばしば「ヴァイオリン協奏曲」と紹介されるとかそうでないとか。
序奏と4つの楽章からできていて、長さは全体で30分あまり。
4つの楽章はそれぞれ、(1)Thro’ The Wood, Laddie、(2)The Dusty Miller、(3)I’m a Doun for Lack O’Johnnie、(4)Scots Wha Haeというスコットランド伝承曲を引用しています。
【フェロー諸島への幻想の旅】
作曲者は、カール・ニールセン(1865-1931)。クラシック音楽の作曲家としては、デンマークではダントツに有名で、北欧全体でみてももっとも重要な人物の1人とされます。
題名にあるフェロー諸島は、スコットランドとアイスランドの間にある島々。
デンマーク領ですが、島民はノルウェーからわたった人々の子孫です。使用されるフェロー語も、デンマーク語よりはノルウェー語に近いとされます。
そしてこの「フェロー諸島への幻想の旅」。
「狂詩曲風序曲」と銘打たれ、中間部にフェロー諸島の民謡を引用しています。
長さは10分ほど。
私が、「フェロー諸島への幻想の旅」という作品名だけをたよりに、この曲をはじめて聴いたとき、中間部では、霧の向こうに巨大な島影がみえてくるようすが、頭に浮かびました。
のちにしらべてみると、作曲者は実際にそのような光景を描いていたとのこと。
音だけで相手のまぶたの裏に映像をむすぶなんて、まさにネ申ですな!
下記の動画の投稿者コメントでは、そのフェロー諸島民謡の題名を、Easter bells chime softly(復活祭の鐘はやさしく鳴る)としています。ロマンチック!
【レンミンカイネン】
作曲者は、ジャン・シベリウス(1865-1957)。
フィンランドの作曲家です。ノルウェーのグリーグ、上記のニールセンと並ぶ、北欧御三家的な存在。
彼の代表作「フィンランディア」は、ときに「フィンランドの独立の象徴」と讃えられることがあります。
フィンランドでは19世紀に、東部のカレリア地方に断片的に伝わっていた歌謡をつなぎ合わせ、復元する試みがなされました。
その成果が、『カレヴァラ』という叙事詩です。
ちなみにカレリア地方は、現在はロシア連邦に帰属しています。
当時、フィンランドの音楽家や芸術家はこぞって、『カレヴァラ』からインスピレーションをうけた作品を発表しました。
シベリウスも例外でなく、「レンミンカイネン」はそのうちの1つです。長さ全部で、50分近くにもなります。
レンミンカイネンとは、『カレヴァラ』に登場する4人の英雄の1人の名。
シベリウスのこの作品は、『カレヴァラ』における彼の活躍のうち、4つの場面を音楽化しています。
次の動画はその終曲、「レンミンカイネンの帰郷」。
レンミンカイネンとその盟友のティエラが、魔法でこしらえた馬を駆って、母親の待つ故郷に帰還するところだそうです。
【アイルランドにて】
作曲者は、ハミルトン・ハーティ。
第9回の、「アイルランド交響曲」を書いたのと同じ人です。
「アイルランドにて」は、もともとピアノとフルートだけで演奏するように書かれたのですが、のちにオーケストラ用に編曲されました。
後者では、ハープとフルートが際立つようにアレンジされています。
長さは約10分。
伝統音楽こそ使用していませんが、リールのようなリズムの部分が2か所あります。
上のウッドの作品と同じく、「幻想曲」と銘打っているだけあって、雰囲気はかなり神秘的。
私はこれを最初に聴いたとき、開始後わずか10秒で、草の匂いを含んだ風に顔を撫でられたような気分になりました。
【ティンタジェル】
作曲者は、アーノルド・バックス(1883-1953)。
イングランド出身ですが、アイルランド人の血も引いています。
彼はケルト神話に魅せられ、これを題材にした作品を多くのこしました。
曲名だけ概観すると、「妖精の丘にて」、「松の木々が知っていた物語」、「11月の森」など、いかにもな雰囲気のものが並びます。
「ティンタジェル」はその1つにして、彼の代表作。
ティンタジェルとは、コーンウォールにある城跡のこと。アーサー王伝説の一部をなす『トリスタンとイゾルデ』では、コーンウォール王マークの居城とされました。
この楽曲、約15分あるうちの、最初の3分ほどがおそらく白眉です。曙光を浴びて照りかがやく壮麗な城のようすが、ありありと頭に浮かびます。
そのスケールは、もはや映画音楽の領域。
ただ、そのあとちょっと中だるみするのが欠点なんですが。