今週末7月12日は北アイルランドで「オレンジメンズデー」と呼ばれる記念日。
主にプロテスタントの人々がパレードをしたり、櫓を組んで燃やしたりします。
オレンジとは「オレンジ公ウィリアム」のこと。
この「オレンジ公」について、ネット店長の上岡さんがざっくりまとめてくれたのでご紹介します。
ざっくりしたケルトの歴史「オレンジ公」
イングランドは、百年戦争から仲のよろしくないおフランスと喧嘩を続けていた。
そして、すっかりお家芸となった「王様だ~れだ」の内輪もめはエスカレートし、国民も(そして僕も)どうなっているのかよくわからないことになっていた。
しまいには「アンチおフランスだったら誰でもいいぜ!」って具合に、オランダの王様をイングランド王にしたりしたんだ。
この男、名をオレンジ公という。
オレンジさんは、初めて「どの宗教を信仰してもOK」という、なかなかナイスな法案を通した。
でも、この法案は「そろそろイングランドをまとめよう」というピッコロ精神(ドラ○ンボール)からのものだった。
ちなみにスコットランドは、大半がアンチおフランスだったので、意外にもイングランドの味方をした。
中にはアンチイングランドを名乗っていた連中もいたんだけど、爆力魔破で消されちゃった。(わかるかな?)
さて、「フランス大嫌いなイングランド」を大嫌いなアイルランド。
つまりアイルランドは、必然的にフランスの味方をした。(敵の敵は味方!)
アンチイングランド同盟第二弾(第一弾はスペインとだね)を組んで戦に備えたアイルランド。
それに気分を害したオレンジさんは大軍(オランダ、デンマーク、そしてスコットランド!との連合軍)を引き連れアイルランドを攻撃。
かなり白熱した戦いになったんだけど、数には勝てずに完敗。(ボイン川の戦い)
負けたところでフランス人は国に帰ればいいんだけど、アイルランド人は逃げようがない。
結局さらに虐げられるはめになり、完全に植民地となってしまったんだ。
紀元1690年ごろの、ついに統合されてしまった残念なケルト話。