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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森
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Editor : hatao
April 2022
ケルトの笛屋さん発行
わが音楽遍歴、または余はいかにして心配するのをやめてアイリッシュ・ミュージックを聴くようになったか・その9:大島豊
大学に入ってからも、メインはプログレを聴いていたわけですが、ロック喫茶に通うようになり、そちらでもフロイド、クリムゾンなどの「主流」以外のバンド、ミュージシャンの存在を知るわけです。「カンタベリー派」という呼称はまだありませんでしたが、すでにその萌芽はあって、ハットフィールド&ザ・ノースやバークレー・ジェームズ・ハーヴェスト、あるいはキャメルやキャラヴァンなどを聴きだしていました。
そうした広がりの中にトラフィックの名前が浮上します。トラフィックはプログレ・バンドに分類されるものではなかったわけですが、なぜか当時のぼくはプログレの一種だと思いこみました。そしてその最高傑作に《John Barleycorn Must Die》なるアルバムがあると知ります。有名な盤でもあり、中古盤屋ですぐに見つかりました。ダブル・ジャケットの国内盤だったと思います。開いた内側はメンバーの写真で、あまりダブル・ジャケットにする意味が無いと思えるものでした。この1枚がぼくの音楽人生を決定的に変えることになります。
初めて聴いた時、A面はこともなく終りました。気に入らなかったわけでなく、予想していたものとは違いましたが、第一印象は良いものだったと思います。実際、冒頭の〈Glad〉などは好きになり、くり返し聴いていました。問題はB面です。2曲目、タイトル・チューン〈John Barleycorn〉。衝撃があまりに大きいと、その時はショックとわからず、しばらくしてからじわじわと効いてくることがあります。この曲がまさにそうでした。
まず、これは全篇アコースティックで演奏されます。ギターとフルート、トライアングル、それにヴォーカル。アルバムの全6曲中、これだけがアコースティックです。《4 Way Street》を聴いていましたから、ロックのアルバムにアコースティック・サウンドが入っていても驚きはしませんでしたが、それにしても、他が皆エレクトリックの中では場違いではあります。
加えてそのメロディ。レッド・ツェッペリンの〈天国への階段〉を聴いていれば、ああ、あれの冒頭に似ている、と思ったことでしょうが、この時点でぼくはツェッペリンを聴いていません。それにあちらはすぐにエレクトリック仕立てになって、結局普通のロック・ナンバーになります。しかしこちらはいつまでたってもアコースティックのままで、異様なメロディで、何やら切羽詰まった感じの歌が続きます。あまりにヘンなので、こんなヘンな曲を作ったのはいったい誰だ、とクレジットを見ると “Trad.” と記されています。他の曲は “Winwood” や “Capaldi” などと人名が書いてありますが、これは違います。辞書を引けば “traditional” の略とあるだけです。これは何か、音楽業界でだけ通用する暗号なのだろうか。
ジャケットには樽に首や手足のついた男の絵とともに、この歌が17世紀にまで遡る古いものである、というようなことが書いてあります。ぼくが買った盤には歌詞カードはついておらず、詞の内容もわかりませんから、そう言われても頭の中にはクエスチョン・マークが点灯するばかりです。今のように検索すればたちどころに歌詞が出てくるわけでもありません。検索エンジンというものがまだ無い時代に、何かわからないことがわかるまでには、時間と手間がかかりました。どこを、どう調べればわかるのかすらわかりません。それがわかれば、半分はわかったようなものです。”Trad.” って何だ、と友人や先輩に訊いてまわってもみましたが、誰もわかりません。というより、ぼくが何を訊ねているのか、ポイントが理解できない様子です。
とにかく気になってしかたがありません。とりあえずできるのは繰返し聴くことだけです。当初は特に良い曲だとも、面白いとも思いませんでした。聴いて気持ちがよくなるわけでもありません。けれどもそのメロディ、それまで経験したことのない節回しのメロディと、それを導いてゆくアコースティック・ギターの音色にはだんだん魅せられていきました。
同時にこれに似た楽曲を探しはじめます。1人ペンタングルの名を教えてくれた先輩がいました。この人は大学3年ですでに音楽業界で仕事をしていたらしく、後にスーパートランプの来日公演のタダ券をくれました。これがロックのコンサートの初体験になります。かれらのサード《Crime Of The Century》発表後まもなくで、ブレイクする遙か前でしたから、会場の中野サンプラザはがらがらで、だからタダ券も配られていたわけですが、演奏そのものはすばらしいものでした。
とまれ、ペンタングルという名を頼りにファーストの中古盤を手に入れましたが、このバンドは当時のぼくにはまだ歯が立ちませんでした。こちらも全篇アコースティックですし、確かに共通するところはあるものの、あまりに洗練されすぎていました。かれらのもう一方の柱であるジャズについては、まだまったくの門外漢でもありました。通っていた大学のある四谷には「いーぐる」という立派なジャズ喫茶があったわけですが、ぼくがここの階段を初めて降りるのは、大学を出てから30年ほど経ってからのことになります。もちろん、今ではペンタングルは最も好きなバンドの一つですが、しばらくは遠くから仰ぎ見る存在でした。
もう1人、ここへ行ってみてはどうだと教えてくれた先輩がいました。教えられたロック喫茶の名は「ブラックホーク」。場所は渋谷の百軒店。当時の渋谷は東京の繁華街の中ではB級ないし田舎で、新宿、池袋などからは一段遅れたところで、道玄坂を登って、途中右に折れたところの百軒店はほとんど場末と言ってもいい雰囲気がありました。ブラックホークはその奥の一角、路地の交差する角の建物の1階にありました。2階は「音楽館」というジャズ喫茶。向かいにもジャズ喫茶があったと記憶します。どちらもついに入ったことはありませんでした。新宿のレインボーやライトハウスよりもずっと狭く、1階ですから、外光も入りますし、外を通る人影も見えます。ロック喫茶としてぼくが持っていたイメージとはすいぶん違ったものでした。
そして、この風変わりなロック喫茶で、ぼくは〈John Barleycorn〉の同類を聴くことになります。”Trad.” はまさしく “traditional” の略で、伝統曲、誰が作ったとも知れず、基本的に口から口へ、耳コピによって伝えられてきた歌であることも知ります。音楽というものはいつも誰がいつ作ったか、はっきりしているわけではない、むしろ、それは特殊なケースであることを知るようになります。〈John Barleycorn〉がイングランドの伝統歌の一つであり、同様な伝統歌、伝統曲が実は無数といっていいほどあることを知ります。「イギリス」と呼ばれる地域は、少なくともイングランド、スコットランド、ウェールズ、そしてアイルランドという、各々独自の伝統音楽を持つ地域に別れることを知ります。当時、1970年代後半のぼくの世界把握にあっては、アイルランドは「イギリス」の一部でした。ぼくの意識ではイングランドやスコットランドとアイルランドは地続きだったのです。
この経緯を、次回、もう少し詳しく書いてみます。(ゆ)
伝統音楽を学べるテレビ番組:松井ゆみ子
新鋭のアイリッシュ・トラッド・ミュージシャン9選:hatao翻訳
https://blog.celtnofue.com/archives/9933
編集後記
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クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月1回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
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