現代のアイリッシュ・ボタン・アコーディオンの伝説 – トニー・マクマホン


出典
Wikipedia, CC BY-SA 3.0

アイルランドの楽器メーカーMcNeelaが公開しているブログの中から、アイルランド音楽の世界を飾った最も偉大なアイリッシュ・ボタン・アコーディオン奏者の一人である「トニー・マクマホン」についての記事を許可を得て翻訳しました。

原文:Modern Day Traditional Irish Button Accordion Legend – Tony MacMahon

現代のアイリッシュ・ボタン・アコーディオンの伝説 – トニー・マクマホン

「アイルランドのすべてのアコーディオンにとって深すぎる泥沼の穴はない」という言葉に同意する人もいるかもしれないが、それがアイルランドで最も偉大なアコーディオン奏者の口から聞けるとは思ってもみなかっただろう。

偉大なるトニー・マクマホンTony MacMahonを総括する言葉があるとすれば、それしかない!

才能、謙虚さ、自己卑下という素晴らしい矛盾を抱えたトニーは、アイルランド音楽の世界を飾った最も偉大なアイルランドのボタン・アコーディオン奏者の一人だ。とはいえ、彼がその自分への評価を認めることはないだろう。

しばしばアイルランド音楽に対する彼の情熱的な見解が物議を醸すこともあったが、伝統音楽に対するその貢献を否定することはできない。彼は最高の音楽家たちと共演し、アイルランド音楽の偉人たちの中で正当な地位を獲得している。

トニーの音楽への影響

1939年生まれのトニー・マクマホンは、アイリッシュ・ボタン・アコーディオン演奏のC#/Dプレス&ドロー・スタイルの提唱者である。彼の父親は伝統的なアイルランド音楽とダンスが盛んな地域の出身で、母親はコンサーティーナ奏者だった。そのため、他の偉大な音楽家同様、彼は幼い頃から音楽に囲まれて育った。

クレア州で育ったトニーは、伝説的なジョー・クーリーJoe Cooleyのアコーディオン演奏に影響を受けた。ジョーはマクマホン家に頻繁に訪れ、バイクの荷台に乗ってやって来る、まさに現代の放浪吟遊詩人の典型だった。

ジョー・クーリーが「クレアに音楽の嵐を巻き起こした」数年間、トニー・マクマホンは彼の演奏に惚れ込んだ。彼がこのカリスマ的なアコーディオン奏者を崇拝していたのは間違いない。ジョーのアコーディオン演奏を聴いたときの不思議な体験を、彼は懐かしそうに回想する。

演奏するとき彼は頭を後ろに投げ出し、目を閉じていた。自分の演奏に沈み込み、音楽が永遠に続いていくようだった。音楽が五感を襲う…。内面をゆっくりとマッサージし、持っている優しさの小さな分子まで引き出してくれるのだ。
― トニー・マクマホン『ジャーナル・オブ・ミュージックJournal of Music』誌

若きトニー・マクマホンにインスピレーションを与えた素晴らしい音楽家は、ジョー・クーリーだけではない。パイパーのウィリー・クランシーWillie Clancyやフィドル奏者のボビー・ケイシーBobby Caseyも隣人だったし、トミー・ポッツTommy Pottsやフェリックス・ドーランFelix Doranも頻繁にこの家を訪れていた。

今日、ジョー・クーリーと同様にトニー・マクマホンもまた最も象徴的で影響力のあるアイリッシュ・ボタン・アコーディオン奏者の一人とみなされているのは、彼自身の反論にもかかわらず、驚くにはあたらない。

敬虔かつ謙虚

トニー・マクマホンの真の魅力は、その熟練した演奏やユニークなスタイルだけでなく、謙虚で控えめな性格にある。アイルランド音楽界の偉大な音楽家の多くがそうであるように、彼は自分自身を「偉大な音楽家のひとり」とは思っていない。彼の音楽と伝統に対する敬愛の念はいつでも明らかだが、自身の音楽的技術に対する態度はほとんど無関心に近い。

彼自身の言葉でこう主張している。

私の音楽は伝統的なものでもなければ、特筆すべきものでもない。自称、大口をたたく教祖である私は、大罪にしろ小罪にしろ、他人の門戸に並べた音楽的罪のほとんどを認めている。記憶にないほど長い間、私は舞台において美しさと優しさの音楽を通して自分の道を切り開いてきた。
― トニー・マクマホン『ジャーナル・オブ・ミュージック』誌

トニーを知らない人にとって、これは偽りの謙遜と誤解されるかもしれない。優秀な音楽家が、より謙虚に見えるように、純粋に話をそらしているのだと。本当は、アイルランド音楽への愛(アイルランド語でgrá)の証拠なのだ。このことは、まずトニー自身の伝統音楽に対する姿勢を理解することで最もよく説明できるだろう。

それは攻撃的で狭い個人的な野心から解放された贈り物への心構えを意味する。これには、明るい喜びの一筋を音楽家と聴衆の両方に注ぎ込むものを持つことにおいての無垢さ、謙虚さが関与している。
― トニー・マクマホン『ジャーナル・オブ・ミュージック』誌

ひたむきな人生

トニー・マクマホンの伝統音楽への影響は広範囲に及んでいる。

トニーは生涯を通じて、ボタン・アコーディオン演奏のオールド・プレス&ドロー・スタイルを提唱するだけでなく、他の音楽家のプロモーションにも尽力した。RTÉ(Raidío Teilifís Éireann=アイルランドの国営放送局)のプロデューサー兼司会者としてのキャリアの多くは、他の伝統音楽家のキャリアを促進することに捧げられていた。トニーは、自身の音楽的技量にもかかわらず、常に他人を第一に考えていた人物だ。

トニーはRTÉで長いキャリアを積み、1969年に仕事を始めて1998年に退職した。ラジオのプロデューサーになる前は、伝統音楽のテレビ番組の司会者としてキャリアをスタートさせた。トニーは、アイルランド音楽を代表するラジオ番組「ザ・ロング・ノートThe Long Note」を立ち上げ、アイルランドの各家庭に最高品質のアイルランド音楽を届けた。

彼の数多くのテレビ番組への貢献の中には、『The Pure Drop』や『Come West Along the Road』など、アイルランド音楽が提供する最高のものを紹介することに専念し、絶大な人気と成功を収めた番組の数々を挙げることができる。『ルーツRoots』のスー・ウィルソンSue Wilsonは言う。

ボシー・バンドを初めてRTÉのラジオ番組『The Long Note』に出演させたのが彼でなかったとしても、アコーディオン奏者トニー・マクマホンのアイルランド音楽における地位は揺るぎないだろう。

トニー・マクマホンが長年にわたってアイルランド音楽界を支えてくれたおかげで、アイルランド音楽界はより豊かになったのだ。彼の優しい励ましと情熱的な献身がなければ、今日の風景はまったく違ったものになっていたかもしれない。

生涯功労賞

トニーのような謙虚な男が2004年にTG4 Gradam Ceoil Lifetime Achievement Award(グラダム・キョール生涯功労賞)を授与されたことに、彼がどれだけ憤慨したか想像できるだろうか? これはアイルランドの伝統音楽における最高の栄誉のひとつであり、トニーはまさに受賞者にふさわしい。

もし音楽が、あなたの背中の小さな部分をゾクゾクさせたり、自分がこの世界で生きていることを一瞬でも実感できるような強烈なスリルを与えてくれなければ、それは無駄なことなのだ。
― トニー・マクマホン

トニーの演奏を聴くことに費やす時間が実に有意義な時間であることには間違いない。彼の生き生きとしたリズミカルな演奏は、決して必死になることなくエネルギッシュだ。曲の終わりを決して急がない。一音一音を大切に演奏しているのが伝わってくる。

また、彼の演奏スタイルには、トニーの最初の師匠であるジョー・クーリーの影響が見て取れる。魔法のようなギタリスト、スティーブ・クーニーSteve Cooneyと共演した彼の情熱的な演奏をお聴きください。

音楽への別れ

2014年、トニーは手の震えのためにパーキンソン病と誤診された。その結果、彼は音楽からの引退を発表したが、それまでに彼は(信じがたいとこにかなりの努力が必要だったが)彼の最後のアルバムである「Farewell to Music」を録音することを説得された。

象徴的なコンサーティーナ奏者でありクレアの仲間でもあるノエル・ヒルNoel Hill、歌手のイアーラ・オ・リオナードIarla Ó Lionard、伝説的なギタリストのスティーヴ・クーニーとのコラボレーションで絶賛を浴びたにもかかわらず、トニーは自身のソロ・アコーディオン演奏を披露したり録音したりすることに対して及び腰だった。彼の最後のアルバムもその例外ではない。彼はアイルランドのアコーディオン史上、最も影響力のある奏者のひとりとして高く評価されているが、この録音以前にリリースしたソロ・アルバムはわずか2枚だけだ。

『Farewell to Music』は美しいスロー・エア集である。ボタン・アコーディオン奏者の作品としては意外かもしれないが、トニー・マクマホンのスロー・エア演奏は高く評価されている。しかし、彼の音楽への敬愛と伝統への敬意を考えれば、これは驚くべきことではない。真の巨匠だけが、このような意味深く感動的な方法でこれらの曲に取り組むことができるのだ。スロー・エアーを集めたアルバムはともすると倦怠的で陰鬱な印象になりやすいが、ここでは全体を通して祝祭的な空気が漂っている。どの曲も、「最後の音が鳴り終わった後も長く響く」独自の美の瞬間を提供している。

トニー・マクマホン – 伝統のマスター

偉大な作曲家でありハープ奏者でもある17-18世紀のターロック・オキャロランTurlough O’Carolan自身の言葉を借りたオープニング曲「Farewell to Music(音楽への別れ)」は、シーンを完璧に盛り上げる。このアルバムで最も好きな曲のひとつだ。

トニーのシンプルで影響力のない演奏スタイルの完璧な典型である。トニーの演奏には不必要な装飾は一切ないし、これまでもなかった。しかし、これを技術の欠如と解釈すべきではない。トニーは、アコーディオン演奏の古い、真に伝統的なスタイルの完璧な見本なのだ。一音一音に意思がこもっている。彼の演奏は、先達の偉大なアコーディオン奏者たちへのオマージュのように感じられる。

トニーは、1960年代に伝説的なパイパーで歌手のシェイマス・エニスSeamus Ennisと家をシェアしていたことで有名だ。自身のスロー・エアーの親密な演奏と優しさのある解釈に最も強い影響を与えたのは彼だとトニーは信じている。その『Farewell to Music』は、アイルランドのスロー・エア演奏の技をマスターしたい人なら、どんな楽器を演奏する人であれ、必聴である。トニーはこれらの曲に声を与え、シャンノースsean nós歌手と同じように命を吹き込む。その結果、13曲の詩的で美しく繊細な演奏が生まれ、アイルランド伝統音楽の世界を飾った最高の芸術として記憶されるだろう。

私は数日間、スロー・エアばかりを演奏し、私たちの偉大な伝統の、美しく、悲しげで、感動的な旋律の物語の肥沃な土壌を深く掘り起こし、最後にもう一度そこに何があるのかを確かめたのだ。
トニー・マクマホン

真の巨匠が最愛の芸術形態に送る、これほどふさわしい別れはない。

最後の別れ

残念ながら、2021年10月8日、トニー・マクマホンはこの世を去った。私たちの伝統の揺るぎない守護者を失ったことを深く悲しんでいる。アイルランド音楽は真のアーティストを失っただけでなく、偉大な精神、指導者、そして友人を失った。彼は決して忘れ去られることはないだろう。

Ní bheidh a leithéid arís.