再びブズーキの話をしよう(番外編2):field 洲崎一彦


出典 Irish PUB field

ライター:field 洲崎一彦

いつも読んでくれている皆さん、ほんとうにごめんなさい。ブズーキの話をしているつもりがどんどん記憶がさかのぼって行って、アイルランド音楽にもブズーキにも関係ないお話になって来ました。どこかに、自分の記憶を整理するというのもあって自分で面白がっている所もありますね。なので、よけいにごめんなさい気分満開です。でも、この話をどこかに軟着陸させなければ、現在につながる私のブズーキ人生にたどり着けないので、もう少しお付き合いください。

前回は、1970年代終盤、初めて耳にした「16ビート」という言葉の意味が判らず、当時の大学軽音の仲間とああでもないこうでもないと実に不毛なやりとりを繰り広げていた時に、ふと思い出した高校時代の記憶!どうする?そこまでさかのぼるのか?という所まででした。

はい。話題は一気に私の高校時代にまでさかのぼります。高校時代というのはだいたい70年代前中盤になるのですが、私はロックギターに憧れてですね、高校入学と共に安物のエレキギターを手に入れたのでした。忘れもしない、ギャバンというメーカーのテレキャスター。今思うと何なんやろうねこのギャバンのいうメーカーは。未だによく知りません。

まだ、高校に軽音など無かった時代でしたが、2年生になると、有志と初めてロックバンドを結成し学園祭で演奏を始めるわけです。この頃は、情報と言ったら雑誌しかなく、ギターマガジンなどはまだ発売されてなかったかも。雑誌名はよく覚えてないのですが本屋で軽音系雑誌を立ち読みして面白そうな記事があったら買って帰るみたいなことをしてました。

そんな中に、成毛シゲルというギタリストが書いていたコラムに目がとまります。その頃でも内容が独特ですごく印象に残るものでした。ただ、当時の私はこの成毛氏の名前も知らなかったのですが、後々、この人は、日本のロックギタリストの草分けであり、ベンチャーズの来日をきっかけに日本に空前のエレキギターブームが起こって、TVでは、勝ち抜きエレキ合戦という番組まで作られ、この番組内で、彼は学生ながらグランドチャンピオンになったという強者で、その後は角田ヒロ、高中正義とともに伝説のロックバンド「フライドエッグ」で日本のロックシーンの幕開けを告げた人物なのでした。その後、私がこの記事を読んだ後だったと記憶しているのですが、グレコ製エレキギターを買うと、成毛シゲルのロックギターレッスンというカセットテープがおまけで着いてきた。なので、この時代にグレコ製ギターを買った人はこれで彼の名前を知った人も多かったかもしれません。

そんな成毛氏のコラムに出て来た言葉。それが「8ビート」だったのです!ギターの奏法に特化したコラムだったので「8ビートピッキング」という言葉で出て来た。これを、当時のブリティッシュ・ロックのスターバンド「レッド・ツェッペリン」のギタリスト、ジミー・ペイジをモデルに説明しているもの。と、言っても、あくまで、文章とイラストでの説明なのですごくわかりづらい。いわく、ジミー・ペイジはこれこれの曲のギターでこのようにピックを上下動させているという説明。これは、妙な変拍子を含んだ曲で「Black Dog」という曲。たまたまこの曲を私は知っていたので、ほう?こんな風に弾いていたのかという興味で読んでいたのでした。

ここでは、ピックを常に8分音符で上下動させて必用な時だけ弦をはじくという説明で、この妙な変拍子のフレーズではダウンピックで始まったフレーズが次のフレーズではアップピックになり1周するとまたダウンピックから始まるという当時の初心者ギター少年には手品のような興味深い話だったし、さっそくこの「Black Dog」を練習したものです。

が、この時の私の理解は、ちょっと複雑なリズムのリフも、こういう8分音符のピック上下動によって安定するということなんやな、というものでしかなかったのですが……

これを、数年後の軽音時代に思い出すのです。あれは、もっと違う意味があったのかもしれんと。なんせ、「8ビートピッキング」というぐらいやから、そこに「16ビート」につながる何らかの共通の考え方があるのかもしれないと。

では、「16ビート」はピックを16分音符で常に上下させるのか? 映像で確かめようにも当時はYouTubeなんてありません。MTVの放映が始まったばかりの頃でしたが、不思議とMTVでは普通に楽器を生演奏しているシーンがあまり出て来ない。が、何週かに1回だったかで、MTVの放送時間に、ソウルトレインという番組をやっていた。おお!ソウルというからには「16ビート」に違いない!という思い込みでTVに釘付けになります。

この番組はスタジオにいろいろなダンス巧者が出て来て思い思いに踊りまくるというもので、時々生演奏バンドも出演していた。うろ覚えですが、確か、「スライ・アンド・ファミリーストーン」だったかと(バンド名です)。そこのギタリストを注視する。ん?ピックを持つ右手はそんなに忙しく動いてないぞ……これは、ちょっと成毛氏の「8ビートピッキング」とは話が違うぞと。

ここで、スザキ君は悪い頭で必死に考える。「8ビートピッキング」も本来はこっち側の話であるのを、成毛氏はピックの上下動というものを使って判りやすく説明しようとしてたのではないだろうか……と。その為に、レッド・ツェッペリンの曲の中でも少々リズムが異色な「Black Dog」をわざわざ使ったのではないか、と。

確か、成毛氏は書いていた。このように安定して右手を上下動するためには、身体で大きく2拍子を取って揺らせて、腰のあたりでそれを2分割したものを感じて、それが手の先に伝わってさらに2分割させて8分音符の上下動がキープできると。つまり、単に手の動きという話ではなかったのではないか?

そう思って、またソウルトレインを見る。ほう?ドラムやギターがそんなに忙しく音を連打していないのに、踊り狂っているダンサー達の腰の動きは、痙攣してるのかと思うほど細かい!

これ、もしかしたら、表面的に出ている音がどうのの話ではないんちゃうの?!

この、やんわりとした納得感が、この時点での私の想像の限界でした。

それから、少し時間がたった。私は大学も上回生になって、メインでガツガツやっていたバンドもメンバーだった先輩が卒業してしまうその他の理由で解散したので頭がヒマになってる。さて、学園祭で何か面白そうなバンドでも組んで遊ぼうかなみたいな感じになっていた。そこで、今で言うJ-POPの走りのようなジャンルのボーカル女子と、久保田早紀の「夢語り」というアルバムから「サラーム」という曲コピーすることになるのです。そう、あの「異邦人」のヒットを飛ばした久保田早紀の1st アルバムです。

ぱっと聴きそんなにテンポも早くないし難しそうには思えず、私は軽くOKしてしまいます。そこで、間奏のギターソロをコピーする段になって、なんじゃこれは?!になってしまったのです。

音は取れる。だいたい弾けもする。が、音源と一緒に弾くと、つっかかってしまって弾けない!!次のフレーズがすっと出て来ない。弦をはじくピックを持つ手が固まって動かなくなる。これはいったいどうしたことか?!

これは、練習するしかない。この部分にこんなに苦労するとはコピーするまで気づかなかった。音源と一緒に何度も何度も弾く。そのうちに、あっと気づくことがあった。音源の聴き方。音源をどう聴いているかで何かが変わるのです。そう。私はこの曲を例えば「ツカツカツカツカ」と拍を感じて聞いていたのです。これ、8分音符なんですね。これが、音源のパーカッションか何かの音に耳が行った時にこれを2分割した拍動が身体に入ってきた一瞬があった。つまり16分音符。この時いつも引っかかってたギターがするっと弾けてしまったのでした。こんな事があるんや!まさに目からウロコでした。

ここで、私はようやく事の核心に近づくことが出来たような気がしました。そうです。これが「16ビート」という考え方の正体なのではないか!パチパチパチ!(しかし、確信はない)

なんで、久保田早紀が?!とは思いましたよ。当時はベストテンとかにも出てる歌手ですから、歌謡曲の人ぐらいに思っていて、この時代の軽音学生としては正直言ってちょっと小馬鹿にしていたわけです。その人の曲が「16ビート」だなんて!

が、なるほどと思えるエピソードが後年耳に入ってきます。久保田早紀さんはその後ミュージシャンの久米大作氏とご結婚されるのです。この久米氏というのは日本のフュージョンバンドの草分けである「ザ・スクエア」に在籍していたキーボーディストでした。その後「ザ・スクエア」は、「T-スクエア」と名前を変えて、フジTVのF1放送のテーマソングを担当するわけです。つまり、彼はバリバリの「16ビート」の人であって当然。そんな人とご結婚されたのだから、デビューアルバムから、なんらかのつながりはあったのでしょう。

そして、この久保田早紀体験を、前回書いた数年後のジャズスクール時代に思い出すことになります。いやはや、時系列を行ったり来たりしているので、読んでいただいている皆さんを相当混乱させてしまっているかもしれませんね。本当にごめんなさい。このまま次号に続く、とします。

最後は、なんだか、芸能ゴシップ話題のようになってしまいましたね笑。(す)