アイルランドの楽器メーカーMcNeelaが公開しているブログの中から、アイルランドにおけるコンサーティーナの歴史について解説している記事を許可を得て翻訳しました。
原文:The Surprising Origins of Traditional Irish Concertina Playing
アイルランドの伝統的なコンサーティーナ奏法の意外な起源
アイルランドにおけるコンサーティーナ奏法は、20世紀中頃にはほとんど姿を消してしまい、わずかにクレア県の数名の奏者によってかろうじて受け継がれているような状態でした。これは、1800年代中頃から1900年代初頭にかけてアイルランドでコンサーティーナが広く普及していたことを考えると、意外なことです。
実際、特にアイルランド西部の各郡では、ほとんどすべての家庭にコンサーティーナが一台はあり、家の者や訪問者がそれを手に取り、伝統的なアイルランド音楽や民謡を演奏して家族を楽しませていたと言われていました。
貴族的な起源
コンサーティーナ奏法はもともと、裕福な英国人たちの音楽的な娯楽として始まりました。最初のコンサーティーナは、イギリスの科学者で発明家のチャールズ・ウィートストンCharles Wheatstoneによって1829年に作られました。その優雅さと甘い音色により、次第にコンサーティーナはイギリス中の上流階級の応接間で演奏されるようになっていきました。
この流れは当然ながらダブリンやアイルランド各地の大邸宅にも広まり、演奏会ではコンサーティーナ奏者たちが、主にクラシックやイングランドの民謡を中心としたレパートリーで観客を魅了していました。
ですので、一般に信じられていることとは異なり、アイルランドで最初に大流行したのは、ウィートストンが作ったイングリッシュ・コンサーティーナであり、しかもそれは裕福な階層の間でのことだったのです。
1850年代のウィートストン・イングリッシュ・コンサーティーナ
天使のようなコンサーティーナ奏法
当時、特に人気を博していた奏者の一人に、神童として知られたジュリオ・レゴンディGiulio Regondiがいました。彼はしばしばアイルランドを訪れて演奏し、1835年にベルファストで行われた忘れがたいコンサートでは、次のような熱狂的なレビューが残されています。
彼の手にかかると、コンサーティーナと呼ばれる楽器は、甘美で銀のように澄んだ音色を次々と奏でました。ときおり、それはよく調律されたオルガンのデュルシアーナ・ストップDulciana stopの音色に似ており、またあるときはエオリアン・ハープ(風が弦を鳴らすハープ)の震えるような響きを思わせました。
その音色はまるで空中に漂い、天使の声の残響のように響きました。そして、このように演奏する幼いレゴンディが、肩にかかる巻き髪をなびかせ、まるで金色の表面に太陽の光が反射するように輝かせながら目の前に立っていたとき、私たちの想像は彼を若きアポロンへと変えたのです。彼はその姿の美しさと旋律の調和によって、同時に観客を魅了していました。
伝統的アイルランド音楽の台頭
これほどまでに賞賛された楽器が、やがて一般大衆の間にも広がっていったのは、ある意味で当然の流れでした。しかし、当時のイングリッシュ・コンサーティーナは高価だったため、庶民には手が届きにくく、その隙間をドイツのメーカーたちが見事に突いたのです。
最初のドイツ製コンサーティーナは、1834年にザクセン州ケムニッツChemnitz, Saxonyのカール・ウーリッヒCarl Uhligによって作られました。このコンサーティーナは、のちに「アングロ・ジャーマン・コンサーティーナ(略してアングロ)」と呼ばれるようになり、現在アイルランドで最も一般的に演奏されているタイプのコンサーティーナの直接的な祖先です。
これらの安価なコンサーティーナは、いわゆるイングリッシュ・コンサーティーナよりもはるかに手頃であったため、裕福でない人々に急速に広まっていきました。人気の絶頂期には、なんと悪名高い救貧院で働く子どもたちの手にさえもその姿が見られたほどです。
こうして庶民の間に広まったことで、コンサーティーナは次第に上流階級からは敬遠されるようになりました。しかし、1845年の大飢饉以降、コンサーティーナの人気は本格的に加速し、1850年代から20世紀初頭にかけて衰えることなく続いていきました。
もちろん、ジグ、リール、ホーンパイプ、スライドなどから成るアイルランド伝統音楽は、ドイツ式コンサーティーナの素早い操作性と非常に相性が良く、まもなくしてアイルランド中のダンスホール、パブ、そして街角のあらゆる場所で、コンサーティーナの音が響き渡るようになったのです。
参照: The Guardian and Constitutional Advocate, 8 May 1835 Citation taken from Dan Worrall
Image 1: Metropolitan Museum of Art [CC0], via Wikimedia Commons
Image 2: Voľné dielo, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=877116