アイリッシュ・ミュージックの100枚・その3:おおしまゆたか

ライター:大島 豊

これをどう書くか、あれこれ考えてみたのだが、結局のところ書けるようにしか書けないとようやく思いさだまった。したがってまただらだらとしまりなく行くことになるだろう。ということで、今月から一枚ずつ紹介するにあたって、まず最初にアイリッシュ・ミュージックへの試金石、リトマス紙になるアルバムから始めよう。

001. Darach Ó Catháin, Traditional Irish Unaccompanied Singing; 1975

あたしがこの録音に出会ったのはマーティン・ヘイズ&デニス・カヒルの最初の来日公演の会場だった。開演前の BGM として無伴奏男声シンガーの歌がかかっていた。友人たちとおしゃべりしながら開演を待っていたあたしの耳に、およそ BGM らしくないこの録音が執拗に入ってきて、なぜか気になった。初めは意識せずに聞きながしていたのが、だんだん耳につくようになり、気がつくとじっと聴きいっていた。そうせざるをえないものを、その歌は湛えていた。高すぎず、低すぎぬ声で、なんのりきみもなく、技巧を凝らすでもなく、ただ淡々と歌う声に惹きつけられ、聴かずにいられない。そして胸に沁みてくる。アイルランド語で唄っていることはわかる。歌詞の意味などわからない。それでも、しんしんと胸にしみてくるのだ。アイルランド伝統歌のうたい手でこれという人は皆知っていたつもりだったが、その声はまるで見当もつかない。一緒にいた友人たちと、これ、やけにいいねえ、誰だろうねえ、と言いあってもいた。公演の後で、それがDarach Ó Catháin といううたい手のアルバムだとわかった。マーティンが自ら持ちこみ、開演前の BGM としてかけるよう指示したという。早速探して手に入れた。以来、アイルランド伝統歌謡録音の最高のものとしてあたしの中では不動の地位にある。

これはシンガーの録音として唯一のフル・アルバム。録音としてはもう1枚、1962年にリリースされた、キョールトリ・クーランとの共演盤がある。共演といっても一緒に演奏しているわけではなく、シンガーのトラックとバンドのトラックが交互に入っている。そちらとの曲の重複は無い。

タイトル通り、アイルランド語伝統歌の無伴奏歌唱が収められている。他には何もない。粧飾もない。英語もない。あるのは歌をうたう人の声だけだ。しかしこれを聴いている時の安心感を、あたしは他のどんな音楽でも感じたことがない。安心感というのは、なにかひどく根源的なものに包みこまれて浮遊している感覚、と言ってみよう。意味のわからぬ異邦のことばであることも気にならない。ひたすら歌が、声が、何の抵抗もなく胸に入ってくる。そこでの歌と声の作用で、あたしは内側から浄化され、励まされ、生きてゆく源になるものが満ちてくる。自分が生かされている感覚が湧いてくる。やがて歌を聴いている自分も消える。うただけが響いている。聴きおえると、これがアイルランドの伝統歌謡、アイルランドの音楽伝統から生まれたもの、それ以外のものではないことがあらためて納得される。

これを聴いて何も感じないのであれば、アイリッシュ・ミュージックとは縁が無かったことになる。聴くにしても、演るにしても、たとえ唄わずに演奏だけするにしても、である。アイリッシュを演っているつもりでも、このアルバムを受け付けないのであれば、あなたの演っているのはアイリッシュとは別のものだ。何か他の音楽、スコットランドでもブルターニュでも、ウェールズ、シェトランド、スカンディナヴィア、ハンガリー、ルーマニアの音楽、あるいはクレツマーでもジャズでもクラシックでも何でも、とにかくアイリッシュ以外の音楽を試すことを薦める。

Darach Ó Catháin は1922年コナマーラ生まれ、1987年、イングランド、ヨークシャのリーズで死去。英語で出された出生届には “Dudley Keane” とある由。この Keane は、ドロレス・ケーンと同じく「ケーン」だそうだ。1935年、一家は政府が創設したミーズ州のゲールタハト(アイルランド語が日常語の地域)に移る。1963年にリーズに一家をあげて移住。一族は現在もリーズにいると Wikipedia にはある。

002. Ronan Browne & Peter (Peadar) O’Loughlin, The South West Wind; 1988

アイリッシュ・ミュージックに縁があるかどうかを判断できる録音をもう1枚。これについてはあたしではない、当のロナン・ブラウンがそう言っている。アイリッシュ・ミュージックを聴いてみたい、あるいはアイリッシュ・ミュージックとはどういうものだと問われると、このアルバムを送るのだそうだ。これがOKなら縁がある。なければさようなら。

ブラウンはパイパーとして、リアム・オ・フリンやパディ・キーナンほど有名ではないかもしれない。しかし、桧舞台とは別のところで、パイプ伝統の屋台骨を支えている人である。我々に近くは Cran のメンバーとして来日もしている。これはその彼が、親の世代にあたるフィドラーと作ったアルバム。”Traditional music from County Clare” の副題がある。二人は気が合ったようで、この後2枚作っている。どれも「百枚」に選んでいい水準だが、ここではファーストを挙げておく。ストリーミングで聴く時は3枚通して聴いてももちろんかまわない。定番曲も多くやっているので、お手本にもなる。

あたしにとってはこれの最大の魅力はテンポにある。急がず焦らず、ジグとリールが同じ速さに聞える。何が来ても慌てず騒がず悠々とマイペースを守って、堂々と進んでゆく氷河の趣。フラット・ピッチのパイプと相俟って、アイリッシュ・ミュージックの根源に降りてゆくのではない、軽々と運ばれてゆく。なじみのある曲が多いこともその感覚に輪をかける。どんな時代、どんな場所にあっても変わることなく響いているだろう音楽。むろんそんなことはなく、この二人がこの時、この場所でしかできない音楽をやっているのだが、それがそのまま時空を超越してゆく。

ブラウンはシンガーとして有名な Delia Murphy の孫になる。ウィリー・クランシィ、シェイマス・エニス、ジョニィ・ドゥランといったパイパーたちの伝統に連なる。フィドルとの共演を好み、Kevin Glackin とよく演っている。2001年のソロ名義《The Wynd You Know》は事実上グラッキンとの共作。アイルランド音楽伝統本流の人だが、そういう人によくあるように冒険心にも不足せず、Afro Celt Sound System にも参加した。エルヴィス・コステロのアルバムに入ってもいる。

ピーター(パダー)・オ・ロクリン (1929-2017) はクレア出身で、まずは Paddy Canny、P. J. Hayes、Bridie Lafferty とともに1959年の伝説的なアルバム《All-Ireland Champions – Violin》を録音した。これについてはいずれ「百枚」でとりあげることになる。ただし、そこではフルートを吹いている。コンサティーナ、フィドル、フルートをよくした父親から受けついだものだ。本人は蛇腹楽器はやらなかったが、共演ではコンサティーナ奏者の Paddy Murphy やアコーディオンのレジェンド、Joe Cooley と組んでいた。ブラウンとのこのアルバムではフィドルとフルートと両方やっている。名前について。レコードのジャケットでは Peter だが、ストリーミングなどでは Peadar になっているようだ。

このペースでやると百枚終るのに5年かかる。できればもう少し早く仕上げたいが、どうなりますか。(ゆ)