アイルランド最高のヴァイオリン製作家、トーマス・ペリーの物語


出典 https://blog.mcneelamusic.com/

アイルランドの楽器メーカーMcNeelaが公開しているブログの中から、「アイルランドのストラディバリウス」と称される18世紀のアイルランドの弦楽器製作者「トーマス・ペリー」について解説している記事を許可を得て翻訳しました。

原文:Ireland’s Most Famous 18th Century Violin Maker

アイルランド最高のヴァイオリン製作家、トーマス・ペリーの物語

トーマス・ペリー(Thomas Perry)は18世紀のアイルランドの弦楽器製作者で、「アイルランドのストラディバリウス」と称されています。アイルランドで最も多作なヴァイオリン製作者の一人であり、生涯で4,000挺以上の楽器を設計・製作したとされています!

もし「トーマス・ペリー」という名前が刻印されたヴァイオリンが売られているのを見かけたら、両手でしっかりと掴み、手離さないようにしてください。(文字通りではありません。ヴァイオリンの本体は油っぽい手で触られるのを嫌いますし、18世紀のヴァイオリンは非常に繊細なので、くれぐれもご注意ください。)。これらの見事な楽器は、まさに歴史そのものです。

トーマス・ペリーは、フランスのヴァイオリン製作家 Claude Pierray と血縁関係があったのではないか、という説が語られることがあります。

しかし、トーマス・ペリー研究の第一人者である Kenneth Rice は、フランス・ユグノー系の血筋であるという主張について、それを裏付ける証拠がほとんど存在しないとして否定しています。

では、伝説的な製作家 Thomas Perry の人生と仕事について、現在わかっている事実を見ていきましょう。

略歴:アイルランド最高のヴァイオリン製作家の生涯

トーマス・ペリーは、おそらく1738年頃、アイルランドのリーシュ州(Co. Laois)で生まれたと考えられています。父親のジョン・ペリーは、ダブリン市内のテンプル・バー地区で活動していた、すでに名の知られたヴァイオリン製作家だったとされています。トーマスは父の跡を継ぎ、リュシエ(弦楽器製作家)としての道を歩み始めましたが、誰のもとで正式な修業を積んだのかははっきりしていません。父から技術を学んだと考えるのが自然ではあるものの、18世紀当時は、経験豊富な職人であっても、自分の子どもを別の工房に弟子入りさせることが一般的でした。広く信じられている説として、トーマス・ペリーは著名なヴァイオリン製作家 George Ward のもとで修業した可能性があると言われています。これについては後ほど触れます。

ダブリンでの活動と工房の移転

確かなこととして、トーマス・ペリーが最初にヴァイオリン製作を始めた場所は、現在も残る大聖堂に隣接したクライストチャーチ・ヤードでした。彼は1766年頃に家業を引き継いだと考えられており、同じ時期にエリザベス・スミスと結婚し、のちに4人の娘をもうけています。1770年までに、彼は工房をアングルシー・ストリートへと移転しました。この建物は、ジョージ・ウォードが亡くなる前に使用していたとされる場所であり、ウォードがペリーの師匠であった可能性をさらに強める要素とされています。

多彩な楽器製作と後継者

トーマス・ペリーは、世界的評価を受けるヴァイオリンだけでなく、ヴィオラ、チェロ、さらにはコントラバスも製作していました。さらに彼は、シター・ヴィオールcither-viol(サルタナsultana)と呼ばれる独自の楽器も考案しています。これはヴィオラ・ダモーレに似た擦弦楽器で、通常は5対の弦を持ち、弓で演奏されるものでした。1789年、トーマス・ペリーは自身の弟子として、長女と結婚したウィリアム・ウィルキンソンを迎え入れます。ペリーが1818年に亡くなった後、工房はウィルキンソンに引き継がれ、屋号は Perry & Wilkinson と改められました。残念ながら、ウィルキンソンのヴァイオリンは、ペリー本人の作品ほどの完成度には達していなかったと伝えられています。とはいえ、面白いことに、ジョージ・ウォードとトーマス・ペリーの作品の間にも、同様の評価の差があると語られているのです。

個性と識別ポイント:トーマス・ペリーのヴァイオリンを見分けるには

トーマス・ペリーを「多作な製作家」と呼ぶだけでは、その仕事量と完成度の高さを表しきれません。彼の製作数は驚異的でありながら、同時に非常に高い品質を保っていました。そのため、今日においてもペリーのヴァイオリンは極めて高く評価されています。

特徴

材木(トーンウッド)

ペリーのすべてのヴァイオリンは上質なカエデ材で作られています。しかし珍しいことに、テーブルやトップはマツ材で作られています。

サウンドホール

ペリーのヴァイオリン、特に初期作品に見られるサウンドホール(f字孔)は非常に特徴的です。

下側のカーブが広く、上部は細く締まった開口部を持つ形状になっています。

スクロール(渦巻き部分)

比較的控えめな造形のものが多く見られます。

ただし、一部には非常に精巧なスクロールを持つ個体もあり、これらは後にロンドンで屈指のスクロール彫刻家として名を馳せた弟子、リチャード・トービンRichard Tobinの仕事ではないかと考えられています。

設計美:二つのスタイル

デザインの面では、トーマス・ペリーのヴァイオリンは大きく2つの系統に分けられます。

ブリティッシュ・モデル

これらはジェイコブ・スタイナーJacob Stainer の設計に基づいたもので、キャリア初期に多く製作されました。支援者で師匠でもあったGeorge Wardのデザインに驚くほど似ています。肩が高く、高く角ばったアッパーバウトと、前板の方がより高いアーチを描く構造が特徴で、典型的なイギリス的外観を持っています。仕上げにはブラウン系のニスが用いられました。

イタリアン・モデル

イタリア・クレモナの名門、Amati のデザインに基づくモデルで、典型的なイタリアのデザインです。より丸みを帯びた輪郭と、ブリティッシュ・モデルよりも低めのアーチが特徴で、色合いも多彩です。

仕上げ(ニス)

ニスは一般的にオイル・ヴァーニッシュですが、無骨なブラウン色で肩の高いブリティッシュ・タイプと、エレガントな金色や赤みを帯びたアマティ様式の楽器とでは、まったく印象が異なります。両者の特徴を併せ持つ過渡期的な楽器も存在します。かつて National Museum of Ireland に貸し出され、近年 William Hofmann によって修復された一挺(No.2505, 1800年製)は、性格としては明らかにイギリス的でありながら、アマティ様式の淡い金色のニスを備えています。
― Kenneth Rice

音色の特徴

トーマス・ペリーのヴァイオリンは、甘く温かみのある、まろやかな音色を持ちながら、決して音量が出すぎることはありません。その響きと音量は、室内楽に非常に適しているとされています。スタイルの違いはあれど、ペリーのヴァイオリンには一貫した音色の個性があります。

ペリーのヴァイオリンは、総じて大音量の楽器ではありません。優れたモデルは、特に高音域で魅力を発揮する、澄んだ甘い反応の良い音色を持っています。私が弾いたすべてのペリーのヴァイオリンには、彼ならではの独特な魅力がありました。音の反応と響きは疲れにくく、演奏者と聴き手の双方を惹きつけます。ペリーの楽器のオーナーが、自分のヴァイオリンに強い愛着を持つのも不思議ではありません。
― Kenneth Rice


トーマス・ペリー製ヴァイオリンの表板と裏板
出典 https://blog.mcneelamusic.com/

現存するトーマス・ペリーの代表的なヴァイオリン

レイクスリップ・ペリー(No.35)

1764年製。現存が確認されている中で、最も古いトーマス・ペリーのヴァイオリンです。

クライストチャーチ・ヤードで活動していた時代の作品で、バロック様式のヴァイオリンに分類されます。

控えめで甘い音色を持ち、繊細で抑制の効いた演奏に適した楽器です。

ロングフォード・ペリー

1770年製。ペリーのイングリッシュ・スタイルを代表する一本です。

外観は非常にシンプルですが、甘く均整の取れた音色を持ち、現存するペリー作品の中でも最も音が良い一本のひとつとして高く評価されています。

パピーニ・ペリー

1780年製。この楽器は、イタリアの名ヴァイオリン奏者 Guido Papini が愛用していたことで知られています。

パピーニはロンドンの王立フィルハーモニック協会でソリストとして演奏し、1893年にはダブリンの王立アイルランド音楽院でヴァイオリン教授を務めました。現在、このパピーニ・ペリーは National Museum of Ireland に所蔵されています。

アビードーニー・ペリー

1810年頃に製作されたと考えられている一本で、アマティ様式に基づくイタリアン・スタイルのヴァイオリンです。残念ながら1926年に深刻な損傷を受け、1956年まで修復されることはありませんでした。

高音域は非常にクリアで反応が良い一方、低音域は物足りないと評されることがあります。これは、過去の損傷の影響によるものかもしれません。

ダブリン・ペリー(No.4209)

1814年製。鮮やかで生き生きとした音色と、甘くよく響く高音域が特徴で、トーマス・ペリーのヴァイオリンらしい個性をよく表した楽器です。

ボストン・ペリー(No.4775)

1827年製。これはペリーの死から9年後にあたる年号が記されています。このヴァイオリンは、トーマス・ペリー本人によって製作され、後継者であるウィリアム・ウィルキンソンによって仕上げられた可能性があると考えられています。外観・音色ともに、ペリー初期の作品と非常によく似ており、豊かでまろやかな音色と、特に優れた高音域を備えています。

演奏スタイルによる違い

以下の動画では、1801年製と1840年製の2本のトーマス・ペリーのヴァイオリンが、まったく異なる演奏スタイルで演奏されている様子を聴くことができます。同じ製作家の楽器であっても、時代・個体差・奏法によって表情が大きく変わることを実感できるはずです。

アイリッシュ・ヴァイオリン製作家 ジョージ・ウォードの影響

ジョージ・ウォードがトーマス・ペリーの師匠であったと考えられる理由には、主に次の2点があります。

① 活動拠点の近さ

両者はともにクライストチャーチ・ヤード周辺で活動しており、のちにペリーはウォードが使っていたとされる空き店舗に工房を構えたと考えられています。 また、二人ともリーシュ州(Co. Laois)と強い関わりを持っていました。

② 楽器の驚くほどの類似性

二人の楽器には、目を引くほどの共通点が見られます。

楽器を精査すると、ウォードがペリーの形成において重要な役割を果たしたことが示唆されます。両者のヴァイオリンは性格が驚くほど近く、モデルは非常に似通っています。同じブラウン系のニスを用い、サウンドホールの形状やサイズもほぼ同一。さらに、どちらの製作家もエンドボタンの下に刻印を入れています。
― Kenneth Rice

ジョージ・ウォードは、非常に独自性の高い製作スタイルを持っていました。

それが師匠から受け継がれたものなのか、長年の試行錯誤によって自ら築いたものなのかは定かではありませんが、このスタイルはトーマス・ペリーの初期作品にもはっきりと見て取れます。

ウォードとペリー、そしてストラディヴァリウスの影響

トーマス・ペリーと同様に、ジョージ・ウォードのヴァイオリンにも、ストラディヴァリウス・モデルに通じる要素が見られます。

職人としてのウォードは、「芸術家」「疑いようのない技量を持つ製作家」と評されてきました。

現存するウォードの楽器は、美しい木材と魅力的なニス仕上げを備え、一部ではペリーの楽器よりも完成度が高いと評されることもあります。

もちろん、この点については意見が分かれるところでしょう。

とはいえ、トーマス・ペリーがアイルランド最高のヴァイオリン製作家と広く認識されていることに疑いはありません。

ウォードは、すべての楽器に製作地と名前(例:「Ward, Dublin」)を刻印していました。この特徴は、後にトーマス・ペリーにも受け継がれています。ただし、ウォードのヴァイオリンには、王冠を戴いたハープの刻印がエンドボタンに加えられている点が特徴です。

トーマス・ペリーのヴァイオリン ― 歴史を手にするということ

もし、これらの名器が販売に出ている場面に出会い、なおかつ資金に余裕があるなら、それはまさに歴史の一部を手に入れる機会と言えるでしょう。ただし注意点もあります。

2012年のサザビーズのオークションでは、トーマス・ペリーのヴァイオリンが11,054ドルで落札されました。これは決して気軽に出せる金額ではありません。これらの希少な楽器が最後に市場に出たのは2019年でした。価格は2012年ほどではなかったものの、トップクラスのプロ奏者、もしくは音楽史に強い情熱を持つコレクターでなければ、簡単に手が出るものではないでしょう。

オリジナルのトーマス・ペリーを見分けるには?

方法は意外とシンプルです。この名匠は、すべてのヴァイオリンに通し番号をエンドボタンに刻み、さらに内部に 「Perry, Dublin」 と銘記しています。

現代のアイルランドの弦楽器製作家たち

もし、現代の名工によるアイルランド製の美しい楽器を求めているなら、現在もアイルランド国内で、世界水準の弦楽器や弓を製作する著名なリュシエが数多く活躍しています。


出典 https://blog.mcneelamusic.com/

トーマス・ペリーの作品は、現在では博物館級の存在となっています。しかし、彼が築いたアイルランドのヴァイオリン製作の伝統は、現代のルシアーたちによって今も受け継がれています。