
ライター:hatao
一ヶ月遅れでおおしまさんのレビューにコメントを書いていきます。
006. Paul Brady, “Welcome Here Kind Stranger”
正直に告白すると、アイルランド音楽の演奏家である私だが、歌を全く聞かないし、また、歌いもしない。
バンドの中の歌のトラックを「ついでに」聴くことはあるけれど、歌に対して特別な関心はないし、歌詞を探してまで歌を味わったこともない。特に、歌手のアルバムを聴くくらいなら、少しでもダンス曲を聴いていたいと思う。アイルランド音楽愛好家を標榜するのなら満遍なく音楽を聴かないと全体を語れないのは事実だが、正直なところ、国内の楽器の達人奏者にどのくらい歌を意識して聴いているのか、ひとりずつ訊いてみたい。
そんな私が、レビューを書くためにこのアルバムを無理をして何度も聴いた。PaulはMatt Molloy、Tommy Peoplesとのトリオでのギタープレイが素晴らしいことは当然知っているが、歌手としてのPaulがなぜそこまで高く評価されているのか、気になった。それでもやっぱり、歌詞や歌の来歴を調べてまでアルバムを鑑賞するのは、自分には面倒すぎた。
楽器奏者だから楽器ばかりに耳が向いてしまうが、まず共演者の楽器がうまい。コンサーティーナのNoel Hill、フィドルのTommy Peoples、マンドリンのAndy Irvine、ブズーキのDonal Lunnyと、当時の最高の演奏家ばかりだ。どうやらホイッスルはPaul本人が吹いているらしい。どひゃあ。
楽器奏者的な観点からは、Paulの歌の抑揚、強弱、こぶし(装飾)の入れ方は大変趣味が良いと思った。全体的に地味で落ち着いたアルバムだが、そのぶん何度繰り返し聴いても飽きが来ず、それどころか愛着が湧いてくる。
The Lakes Of PontchartrainやPaddy’s Green Shamrock Shoreといった、よく知っている曲では歌の雰囲気に浸ることができた。民謡の雰囲気の強いThe Creelは力強くて格好いい。硬派なバンドCranでもこのような感じの歌があった印象がある。そこからインスト曲のOut The Door And Over The Wallへの移行も格好いい。これはバルカン・トラッドなのだろうか?
この演奏を聴くと、Paulは本当に楽器が上手い。Young Edmund In The Lowlands Lowは短い節を淡々と延々と無伴奏で繰り返す。歌手の実力がないとこれは歌えないだろう。Tommy Peoplesとの無伴奏デュオのBoy On The Hilltop, Johnny Goin’ To Ceilidhは、極めて完成度の高い演奏で大満足。
この作品のあと、Paulの表現方法はメインストリームのロック、ポップに舵を切ったそうだが、フォーク歌手としての実力があってこそなのだろう。その後のPaulしか知らないファンには、異色の作品に映ったかもしれないと思うと、私たちとは逆から世界を見ているようで、面白い。
007. Mick O’Brien & Caoimhin O Raghallaigh, “Kitty Lie Over”
アイルランド音楽歴30年の私だが、最近、とんでもないことに手を出してしまった。イリアン・パイプスだ。
しかもフル・セットだ。これまでパイプスを聴くのは大好きで、さまざまな演奏スタイルの奏者を鑑賞して楽しんできたが、いざ自分で演奏するとなると、これほどに難しい楽器なのかと驚嘆する。フルートやホイッスルでは息、タンギングを駆使してグルーヴを作るが、パイプスの場合はすべてがチャンター捌きにかかっているのである。しかもバッグを操作して二つのオクターブを行き来しなくてはいけない。さらにレギュレーター伴奏をつけるなど、よほど器用でなければ難しい。私はそれなりに器用な自覚はあるが、はたしてパイパーは皆、こんな複雑なことをやっているのか。信じられない思いだ。
そんなパイプとフィドルの無伴奏デュオは黄金の組み合わせである。これは本当だ。他の組み合わせを考えたとき、フィドル以外はどうしても溶け合わない。同じ管楽器であるフルートでさえ。特にパイプとバンジョーの組み合わせは最悪だ(Michael McGoldrickとJohn Cartyがやっている)。そのような黄金コンビの中で誰が一番好きかと言われれば、この二人しか思いつかない。何しろ溶け合い方が半端ない。Caoimhínのフィドルは決してパイプ的ではない。そう、Sean Keaneのようにいかにもパイプを真似てます、という弾き方はしない。しかし、スラーや重音を多用し(私には少しOld Time音楽や北欧音楽にも通じるように感じる)、強弱の抑揚が少なめな演奏が、パイプにとてもしっくりと合う。これは意外な発見だ。演奏はもちろんだが、選曲も素晴らしく良い。
すべてのチューンを覚えても良いくらいだ。黄金コンビの次点にはPaddy GlackinとPaddy Keenanの”Doublin”を挙げるが、あちらがスリリングでエキサイティングな演奏なら、こちらは堂々とした王者の演奏だ。
なお、二人ともホイッスルの達人でもある。30年かけてホイッスルを学んだ私はこれから21年かけてパイプを習得しようとしているのに、なんだか悔しい。(hatao)
