【最新号:クラン・コラ】Issue No.324

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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森 Issue No.324

Editor : hatao
October 2020
ケルトの笛屋さん発行

あらためて、ブズーキの事:field 洲崎一彦

前回はoldfieldのCDのことをくどくど書いて宣伝のようになってしまいましたが、今回もちょっとそれに関連した内容になるかもしれません。

ご存じのとおり、Irish PUB fieldの上階である3階には「ケルトの笛屋さん」の店舗があります。ここは現在、金土日に開店しているのですが、店が開いている時はいつも松尾くんというヒゲもじゃの店長さんがいます。そして、私は時々3階から2階に下りる時に、奥のスタジオから笛屋さんを通り抜けて階段で2階に降りるわけです。そういう時は、まあ、松尾くんとは、やあ、と一言挨拶する感じで、私は外の階段を降りるのが常ですが、ある時、笛屋さんに入った瞬間に、あれ?といつもと違う空気を感じたのです。笛屋さんにはいつも松尾くんお気に入りのBGMがかかっているのですが、その時かかっていた音楽が何か空気を変えていたのです。

ふと立ち止まって、その音楽に耳をかたむけてみてようやく気づきました。瞬間に気づけよ!という話なのですが、それは、松尾くんがoldfieldのCDをかけてくれたのでした。いやほんま、ありがとう、です、マッタク。

す:あ、かけてくれてるんや!
ま:はい、最近はヘビーローテーションですよ。
す:気に入ってくれたん?
ま:めちゃ、はまってます。

ま:ところで、2曲目のブズーキはどうやって弾いてるんですか?

松尾くんは最近、特注の5弦ブズーキをオーダーしている程で、ブズーキには並々ならぬ興味を持っているんですね。そうれが、もうすぐ完成してくるらしく、彼の頭は今ブズーキのことでいっぱいなのです、たぶん。

す:どうやって弾いてるって言われても、、、、
別に特別な技術で弾いてるわけではないよ。単純なことをしてるだけやで。

ま:そんな、、、単純には聞こえないんですけど。
す:いや、ほんまやて。指だけ見たら単純やて。

ま:ジャズのベースランニングみたいなことしてるじゃないですか。
あれは、やはり、ジャズ理論を勉強したんですか?

す:いやいや、ワシはジャズ理論は昔ちょっと勉強しようとして、初級で完全に挫折したから何も分かってないんよ。

ま:でも、いかにもソレ風じゃないですか?

す:いや、あれは、適当にやってるだけや。

ま:そう言わずに、教えてくださいよ。

と、まあ、こんな会話がなされたのでした。

うーん。私は今までまともにブズーキを人に教えたことなんて無かったぞ。ギターなら初心者の皆さんにちょこっと教えたことはあるのですが、ブズーキではそんな経験はほぼ無い。それも、松尾くんのようにギターはツルツルに弾ける人にブズーキを教えるっていったいどうすればいいのか。

また、私自身がブズーキはまったくの我流で、誰に教わったという経験は無く、最初は教則本を手に入れましたが、コードフォームを確認するぐらいに活用しただけでした。後は、ひたすらコピーに明け暮れただけですが、昔よくマネをしたアンディアーバインやダービッシュのマイケルホルムズのプレイは耳だけで完コピするのはとても無理で、適当に自分なりに崩して弾いていました。そんな経緯があって、私自身、自分がブズーキをという楽器をちゃんと弾ける人だとはどっかで思っていないという所があるのです。

特に、京都には、赤澤淳さんというアイルランド本国にも聞こえたブズーキの名手がいらっしゃいます。赤澤さんのプレイを目の当たりにするたびに、これはすごい!と圧倒され続けて来ました。それに、一度、アンディーアーバイン氏とパーティで共演させてもらった時などは、泣きそうになってしまい、ワシはもうこれで充分や!と、この日を限りにブズーキを止めようと思ったほどでした。

また、ちょうど10年くらい前になるのかな。スランプというか何というか、伴奏という概念にものすごく迷いが出ている時期があって、その頃は、セッションで隣り合った中堅所のメロディ楽器の人から「すーさんのブズーキはちょっとやかましいです」と言われたり、ユニットでの演奏の録音を後で聴くと、いつも自分のブズーキだけがずれて聞こえたりと、さんざんな思いばかりがつのり、一時は私はfieldセッションにまったく参加しないという時期があったほどでした。

そんな中で、ある時、マンドリンを持ってセッションに参加し、うろ覚えのメロディを弾き始めたのをきっかけに、アイリッシュに伴奏は必要無いのではないかという極端な発想に至りまして、マンドリンとフィドルの調弦が同じという事だけで、楽器をフィドルに持ち替えてギコギコ鳴らし始めることになるのです。この頃は、店のスタッフからも、「すーさんのギコギコフィドル、あれはやめた方がいいですよ」とまで言われるのですが、ええい!自分の店でセッションしてるんやから、店主の特権やわ!とまわりの冷静な意見を蹴散らして、コロナ前まで私はフィドルでセッションに参加し続けていたのでした。

そんな中でも、功刀くんとoldfieldで演奏する時には、しっかりブズーキを持っていましたし、ある意味、極端に演奏機会が少なかったこのoldfieldの時だけブズーキを弾くというペースがもう10年ぐらい続いていたということになるのです。

そんな、私のブズーキを、松尾くんの様に注目してくれる人がいるという現実もまさに驚きではありますし、そんなにばんばん売れることは無いでしょうが、一応、CDという形で世に出してしまったわけで、そこでは、私はブズーキをかかげてグラサンかけて強面でジャケットに写真をさらしているわけですから、ここはブズーキ奏者としての思いを整理して、私はそれをちゃんと自覚せねばならないのではないか。こんな思いにかられてしまうのでした。

ここは、何かちゃんと考えて、松尾くんが請うなら、彼の疑問や興味に応えるのが、もう老境に達した私のやるべき事なのかもしれないなと、意を新たにするわけです。

だから、松尾くん!曖昧な返事をした切りやけど、何か考えるからもう少し待っててね!

誰か、ブズーキの教え方を教えてください笑。(す)

Colleen Raney アメリカで伝統をうたう試み・その34:大島 豊

アメリカのケルト系シンガー、コリーン・レイニィの録音を聴くシリーズ。

5枚め最新作《Standing In Doorways》の第10回。

8. The Shades of Gloria {Gerry O’Beirne} 4:40

ジェリィ・オウベアンはシンガー・ソング・ライターとしてギタリストとしてアイルランドを代表する1人。ジミィ・マカーシィやノエル・ブラジルよりももう少しポップスの主流、すなわちアメリカの風味に近い作風。モーラ・オコンネルの〈Western Highway〉がおそらく最も知られたところか。この歌もモーラが唄っている。

https://gerryobeirne.com/

歌はオウベアンの故郷クレアの自然と歴史と音楽伝統を織りこんだ讃歌と聞くことができる。焦点は20世紀前半、独立戦争からマイコ・ラッセルの全盛期、西クレア鉄道が走っていた時期に当てられる。

“gloria” は祈祷書の中の神に栄光あれと讃える部分をさし、これを歌詞や土台とした楽曲、ミサ曲やレクイエムの1曲などをさすこともある。宗教画でイエスやマリア、聖者の頭の後につけられる後光でもある。

“shades” は陰翳、色合い、ニュアンスの意味だから、ここでは後光、光輪のイメージがまず浮かぶ。

a. Cathie Ryan, 1997

この歌の録音として最も早いのはキャシィ・ライアンのソロ。チェリッシュ・ザ・レディースのリード・シンガーから独立したファースト。アイリッシュの伝統歌を中心に、ダギー・マクリーン、ショーン・ティレル、フェアポート・コンヴェンションなどを取り上げて、斬新なアレンジで聴かせる佳作。

この歌もバンドをバックにからりとしたアップ・テンポのカントリー調でうたう。この人の声はアメリカンにしてはウェットで、それを明るく歌うと、バックのカントリー・ロックと微妙なズレができる。そのズレが歌の基本的性格とライアンの歌のズレと重なる。ズレていながらそろっている、面白い効果だ。この人の歌に特有の効果でもあるようだ。

b. Maura O’Connell, Wandering Home, 1997

アメリカン・ミュージックの風味を効かせたアイリッシュの泣きのメロディをもつこういう歌をうたわせたら、この人の右に出る人はまずいない。アルバムはソロとしては8作めにあたり、自分の原点を確認することを目指した傑作。モーラのソロとしても1、2を争う。

アルペジオ主体のランニング・アコースティック・ギターにホィッスルが自由なメロディをからませるシンプルなバックで、モーラの歌を前面に出し、コーラスを多重録音で重ねて、歌詞を強調する。一見感情を思い切りこめているように聞えるが、緻密なコントロールをしている様子、どの言葉、フレーズに力を入れ、どこで抜いているかがよくわかる。この歌のもついくつもの層が浮きあがってくる。

c. Gerry O’Beirne, Half Moon Bay, 1999

作者のヴァージョンはかれのソロとしてのファーストに収録。Midnight Wellや Patrick Street のメンバーでもあり、シャロン・シャノン・バンドやウォーターボーイズにも参加している。グレイトフル・デッドの前座を務めたこともあるそうだ。

ここでは自身のアコースティック・ギターとベースを伴として、自分の声を多重録音している。ハーモニー・コーラスというより、もう一人、別の唄い方をするシンガーがいる形。歌詞の一部は歌うより語る。コーダにハミングを入れる。

d. Colleen Raney

本人としてはこういう歌が一番合うと感じられるのか、アルバム中でも最も明るい透明感に満ちた歌唱。今回聴いた4人の中では一番遅いテンポで、一語ずつていねいに歌詞を置くように歌う。ハンツ・アラキのフルートとコーラスもどんぴしゃ。聴いていて、感動の戦慄が何度も背筋を走る。名唱。

このアルバム《Standing In Doorways》もあと1曲。コリーンの録音を聴くシリーズもあと1曲。以下次号。(ゆ)

CDの価値を見つめ直す:hatao

https://celtnofue.com/blog/archives/7902

編集後記

原稿が不足しがちな本誌に、寄稿してやっても良いぞという愛読者の方はぜひご連絡ください。

ケルト音楽に関係する話題、例えばライブ&CDレビュー、日本人演奏家の紹介、音楽家や職人へのインタビュー、音楽旅行記などで、1000文字程度までで一本記事をお書きください。

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