辺境暮らしの日常を切り取る異文化エッセー 松井ゆみ子『アイリッシュネスへの扉』書評


出典 https://himaar.com/

ライター:hatao

料理家、フォトグラファー、エッセイストという多彩な顔を持つ松井ゆみ子さんの新刊が9月1日に発売されました。松井さんは音楽業界を経て1991年からアイルランドに在住、『家庭で作れるアイルランド料理』、『ケルトの国のごちそうめぐり』といった書籍によって、それまで日本では未知だったアイルランド料理の世界を伝えた料理人として日本のアイルランド好きの間でよく知られた方です。

今回の単行本『アイリッシュネスへの扉』は、これまでの料理本ではなく、アイルランドを舞台にした本格的なエッセー。話は松井さんが、ひょんな縁からアイルランドの北西部スライゴー県の築200年以上の邸宅に住むことになったことから始まります。その邸宅にまつわる歴史を紐解き、それがご主人の親戚につながるという展開は、地縁を大切に生きるアイルランド人社会ならでは。長い間アイルランドに住む松井さんも知らなかった土地の歴史や風習に出会い、また地元のユニークな人々との交流やエピソードも描かれます。

都会から辺境の地にやってきて、不便さもあるのにまるごと楽しんでしまうのは好奇心の為せる業。その好奇心は乗馬、料理、フィドル演奏、陶芸と多方面に発揮されます。そのような田舎の日常を切り取ったエッセーは、やがてアイルランド人のアイルランド人たる所以「アイリッシュネス」の探求へと向かい、スライゴーの土地柄、伝統音楽やスポーツ、パブといったテーマを選んで、独特な視点でアイルランドを観察します。

最後にはこの地に生きる人間として自ら提供できることについて、松井さんらしく締めくくります。スライゴーで進化したアイルランド料理のレシピは、いま準備中のさらなる新刊で披露するとのこと。なお、巻末にも7つのレシピが紹介されています。

このエッセーはコロナ禍のロックダウン中に書かれており、かつてのように日本からアイルランドへの旅行ができない中、市井の人々の様子を伝える数少ない書籍でもあります。また、私のようにアイルランドが恋しい人にとっては、真っ暗な田舎道やバス待ちなどアイルランドの片田舎ならではのエピソードが懐かしく、旅行気分で読むことができることでしょう。

最後に、松井さんがこの家に住むことになった「ひょんな縁」というのは、実は私が東京で出演した2019年のアイリッシュ・ハープ・フェスティバル。その際にハープ奏者でこの家の持ち主のキャサリンさんの来日を手伝ったことがきっかけとなって2020年にこの家に住むことになったそうなので、私にとってはいっそう身近に感じられました。そんなふうにご縁に導かれ、ひょいと身軽に移住し、適応し、地元の人に受け入れられる松井さん、ちょっと憧れちゃいます。

それぞれのエピソードが簡潔にまとまっているので、アイルランド音楽を聴きながら、本に紹介されているレシピを試したりしながらと、折に触れて読むのにぴったりな本です。

『アイリッシュネスへの扉』はこちらからご注文いただけます。
https://himaar.stores.jp/items/6102445850a48a7f55c446ec

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