ドニゴールのフィドラーたち:松井ゆみ子

ライター:松井ゆみ子

今夏、ドニゴールスタイルのフィドルを学ぶ機会に恵まれました。万年ビギナーのわたしにとっては無謀な試みでしたけれど、アイルランドの深淵を少しだけ垣間見ることができた気がしています。渡愛30年強。新たな扉を開けちゃった感じ。

まずは、わたしが習った地元のチューンを。

ポッチーン Poitin (じゃがいもから作る酒)に因んだストーリーから生まれたチューンはいくつか知りましたけれど、これもまたポッチーンがらみ。ドニゴールフィドラーの重鎮コン・キャシディCon Cassidyとジェイムス・バーンJames Byrneの映像から。(ジェイムスが「知らないチューンだ」とか言っていて弾いていないようです・笑)

https://www.youtube.com/watch?v=di9hMsH6S4w

ストーリー、聞き取れました?大笑い

わたしはチューンを習うときに若いフィドラーから聞かせてもらったので、おおむね概要をつかめているはずなのでご紹介しておきますね。

かつてポッチーンは密造酒。どこかの隠れ家で作っている男衆、お腹がすいて食料調達しに出かける際、ひとりだけ隠れ家で番をすることに。静かな隠れ家の外から、かすかにイルンパイプスの音が。それはやがて近づいてきてドアの向こう側で演奏を始めました。番をしていた男性は音楽にうとかったものの、そのチューンを覚えてしまいます。夢か幻か、あるいは男性が急に作曲能力に目覚めたのか、なにもかも定かでないけれどチューンは現存しています。

次はコンとジェイムスの共演を。

このパブは今シーフードレストラン&パブに変身し、観光客で大賑わいしています。予約なしでぶらっと行ったら満席で入れなかった。泣

かつてはこんな様相だったのをYouTubeで発見してびっくり。タバコの煙でもうもうしているのもびっくり。女性客の姿が見えないのにもあらためてびっくりしました。80年代のパブまだ、女性客がお酒の注文をできなかったと聞いています。田舎では特に教会の力が強かったはず。

さて、ドニゴール・フィドラーの多くは南部域出身者が多く、ジェイムス・バーンもグレンコラムキルGlencolmcilleが地元でした。まだ60代で急逝。わたしが参加したフィドルウィークも、彼を偲んでのイベントです。彼は地元の女性のリルティングからチューンを得ることもあったそう。グレンコラムキルだけで300ほどのチューンがあり、辺境だったことで、どこにも流出せずにオリジナリティを保ってきたようです。

次のチューンは実話に基づいたもの。どれも背景のストーリーを聞くのが興味深い。それはのちほど。

残念ながらドニゴールフィドラーが演奏する映像が見つからないので、スライゴーの隣県メーヨーのファーガル・スカヒルの映像で。“The Drowing at Bruckless”

https://www.facebook.com/FergalScahillMusic/videos/fergals-tune-a-day-day-25-baitheadh-bhrioclais-the-drowning-at-bruckless-jig-im-/1950307961967603/

アメリカで演奏したものですが、女性フィドラーがちらっと説明していますけれど、こわーい話が元になっているチューン。タイトルにあるBrucklessブラックレスは実在する地域で、漁港キリベグスのすぐ近く。1813年に大きな嵐が起きて集落はほぼ壊滅し800人もの人が亡くなったとか。今は人口70人ほどと聞きます。

多くの漁船が沈没し、80人の死者を出したそう。そして、その嵐を起こしたのが、漁師に魚をわけてもらえなかった女性だったという逸話。嵐のあと片付けをしているときに、どこからともなく流れてきたイルンパイプスのチューンがこれ。悲しいメロディではなく軽快なのは、女性(たぶん魔女)のリベンジが成功した喜びの歌だからだと思います。こわっ!!映像のなかでファーガルも言及していますもんね。

ドニゴールといえば暗〜いイメージがあったのですけれど、初期のクラナドの印象とダブっていたのかも。ここのチューンは驚くほどカラフルです。弾いていて楽しいし。

最後に、わたしの大好きなドニゴールフィドラー、マーティン・マッギンレーの参加しているセッションを。だいぶ前の映像なので、みなさんお若いですが。

軽やかなバウロン、控えめなアコーディオン、ボウの揃わないフィドル、男所帯のセッション(ギャラリー=見ている人たちもまた男所帯)なのが新鮮ではありませんか??

実はまだグレンコラムキルでの日々が強烈すぎて、未消化のまま。ここまで読んでくださった方には打ち明けよう。今回参加したフィドルウィークのことを詳しく紹介しなかったのは、ほんとうに行きたい人だけが、自分で探し出して出かけた方がいいと思ったからです。このイベントは、ほとんど大きな宣伝をしておらず、知る人だけが集まる秘密結社のようなもの。といったらちょっと大袈裟ですけど。

無形文化遺産を守る=伝承するのと、鬼籍に入った国宝クラスのミュージシャンたちを偲ぶための、極めてローカルなイベントなので、趣旨を理解した上で臨まなければいけないと思うのです。

ご紹介した映像のなかで、なんにもない土地をとことこ走るトラクターや畑を耕すおじさんが登場しましたけれど、今も光景は同じです。もしドニゴールチューンを弾いてみたいと思われたら、まずはこの光景のなかに身を置いてみてくださいね。