歌の小径の散策・その8 Sliabh Gallion Braes:おおしまゆたか

ライター:大島 豊

今回はどれにしようかとあれこれリストアップしてみて、前回の連想からこの歌が浮かんできた。Slieve Gallion Braes、Slieve Gallon Braes など綴りには複数のヴァージョンがある。

これも移民が故郷を想う歌。歌詞は英語だが、タイトルはアイルランド語。とはいえこの場合は地名である。場所はノーザン・アイルランド、ネー湖の西岸にある山だ。Sliabh Gallion は「Callan の山」の意味。Callan はこの地方に昔いた巨人の名で、山の西側の山腹の墓に眠るとされる。Braes はスコットランド語で「斜面」をさし、こうして地名に付くことが多い。歌詞の中にスコットランド起源である ‘bonny’ の語も出てきて、この歌を生みだしたのはスコットランド人であることを示唆する。とすれば、この人びとは17世紀初め、ロンドンの政権、当時はスチュアート朝がスコットランドで集めてアルスターに入植させた移民の子孫であるだろう。その人びとが再び、移民しなくてはならなくなったのだ。

シュリーヴ・ガリョンはアルスター北部を東西に走るスペリン山脈東端になる。頂上が平坦な形。元は火山で、溶岩が昇ってくる火道で噴出しきらず、固まって栓になったものだそうだ。最高部は528メートル。我々の感覚からはそう高い山ではないが、周囲の平原から見る山脈の端は目立つだろう。故郷の情景の核になる。また中世から20世紀まで、この山ではケルト暦の夏「ルナサ」の祭が行われたというから、その記憶もあろうか。

この歌を初めて聴いたのはドロレス・ケーン&ジョン・フォークナー名義のセカンド《Farewell To Erin》だった。移民の歌というテーマを正面に打ち出したこのアルバムで、我々はアイルランドの人びとにとって移民という存在ないし現象が大きく重い意味を持つことに気づかされた。当時の筆者にとって移民といえば、角田房子の『アマゾンの歌』に描かれたブラジルへの日系移民が思いうかぶぐらい。ごく特殊なケースという認識だった。告白すれば、それさえ関連性に思いいたるのは後の話で、移民とは何かを、このアルバムに始まるアイルランドの移民にまつわる伝統歌を聴くことで教えられたのだった。

21世紀になるまで、アイルランドで移民といえば Emigrant すなわち外へ出ていく形である。19世紀半ばの「大飢饉」以来1960年代半ばまで、アイルランドの人口が減りつづけたのは移民のためだ。そして20世紀前半まで、一度出た移民が故郷へ戻ることはまず無かった。第二次世界大戦後はお隣り UK への移民が増えたから、戻ってくる人間も増えたが、大西洋やさらに太平洋も渡った人びとが戻ることはごく稀だった。

当然、移民にまつわる歌、出ていく理由をうたったもの、残してゆく家族、恋人への想いをうたうもの、故郷そのものへの愛惜の念をうたうもの、移民した先で故郷を想うもの、海を渡る航海をうたうもの、着いた先での苦労を歌うもの等々、アイルランド伝統歌における移民歌の比重は大きく、また名曲も多いことになる。

この歌で特徴的なのは出てゆく動機、理由が明瞭に述べられているところだ。仕事が無いためではない、地主の圧迫、すなわち地代の増額に加えて税金が上がることだとうたわれる。これは歌の舞台がアルスターであることによると思われる。もっと西に行くと、仕事すら無くなる。

そういうこともずっと後でだんだんにわかってきたことで、ドロレスとジョンが多重録音によるアカペラ・コーラスでうたうこの歌を聴いた時には、歌の美しさとともに、そのアレンジと歌唱にほとんど圧倒されていた。

前回の〈ストー・モ・クリー〉同様、この歌もソロでもコーラスでもアカペラの録音が多いのは面白い。この歌から流れでる望郷の想いはうたい手をしてアカペラに向かわせるのか。あるいはこの歌の現代におけるソースとされるマクピーク・ファミリーの録音が男女のアカペラ・コーラスによる演奏であるからか。

一方で望郷の念は陳腐にも陥りやすい。望郷を看板にすれば、人びとのセンチメンタリティに訴えやすいからだ。シュリーヴ・ガリョンという具体的なシンボルが掲げられていることで、その力の増幅もしやすくなる。その結果、この歌にはヒット狙いのポップ、というより感覚としては昭和の歌謡曲と呼びたくなる録音もまた並ぶことになる。

最近ではこうしたクリシェを逆手にとって、確信犯的にポーグス流のスタイルでやっているものもあって、Harmony Glen というこのバンドの録音はなかなかに聴かせる。

とはいえ最新の録音でもあり、マクピーク、ドロレス以来の数々の録音の中でもベストと言えるのはキャシー・ジョーダンによるものだ。2012年のソロ・ファースト《All The Way Home》でもとりあげ、さらに今年、今まさにツアー中の《The Crankie Island Song Project》の1曲として歌っている。このプロジェクトはアイルランド全島32州の各々の州を歌によって言祝ぐもので、この歌はティローン州にあてられている。

移民の問題の本質は故郷喪失である。どんな形であれ移民する人びとは故郷に、それまで住んでいたところにいられなくなった人びとだ。その数は増えこそすれ、減りはすまい。我々自身、いつ何時、移民しなくてはならなくなるか、わからないのだ。(ゆ)