
ライター:大島 豊
Étáin & Máire Ní Churraoin の姉妹は An Chéad Ghlúin Eile の名で活動している。The Next Generation の意味だそうだ。2人が生まれ育ったのはミーズ州の西部 Rath Chairn (Rathcairn)。『ケルズの書』で名高いケルズの町の南10キロほどのところで、ゲールタハトの一つ。アイルランド語が日常的に話されている地域である。ダブリンの北西約60キロ、車で1時間と地図アプリで出る。ゲールタハトというとアイルランドでも西部や南西部のイメージだが、ダブリンのすぐ近くにもあるわけだ。
昨年出たデビュー・アルバム《Cá’il an Bheirt? (Where are the Pair?)》では収録された9曲のうち、英語のうたは1曲だけで、他はすべてアイルランド語でうたわれる。姉妹は幼ない頃から2人一緒に行動し、すぐにどこかへ隠れるか、出かけてしまうので、「あの2人はどこ?」というのが家族の間でかわされる決まり文句になっていたことから、このタイトルがつけられた。今はフルタイムのミュージシャンになったから、さらにどこにいるか、わからなくなっている。もっとも、インスタグラムやティクトク、YouTube にはたくさんの動画が上がっているから、姿を見て、歌を聴くことはいつでもどこでもできる。
姉妹が歌うのはシャン・ノース歌謡だ。レパートリィはすべて、故郷のコミュニティに伝わってきた伝統歌。村では一軒のパブに老若男女が集まって歌う、歌の「セッション」の習慣があり、姉妹はそこにどっぷり漬かって育った。その場は文字通りの老若男女の多世代が同居し、歌をうたいあい、そうすることで歌と、そしてコトバを伝え、守ってきている。伝統とは古いものの保存ではないことがここにも現れている。
Journal Of Music でのインタヴューで姉妹が強調するのは、この伝統歌は誰かの独占物、所有物ではないことである。それは世代を超えて共有されるものであり、誰でも歌っていいものでもある。アイルランドの文化も、ゲールタハトの慣習も知らずとも、歌える。SNS で歌を発信するのも、シャン・ノース歌謡への招待、シャン・ノース歌謡を聴き、歌うことへ誘うためだ。
姉妹の歌唱の基本はハーモニー・コーラスだ。シャン・ノース歌謡にはハーモニーは無いとされ、独唱するものとされているけれども、シャン・ノース歌謡の歴史においてハーモニー・コーラスが無かった、という記録はどこにも無い、と姉妹は言う。姉妹にとってハーモニーで歌うことはごく自然だから、自分たちが史上初であるとは信じられないとも言う。
シャン・ノースとは異なるかもしれないが、アイルランド語の伝統歌をハーモニー・コーラスで歌っている例は最近でもある。スカラ・ブレイだ。ミホール・オ・ドーナル、トゥリーナ・ニ・ゴゥナル、マイレト・ニ・ゴゥナルの兄妹とダヒィ・スプロールは、ペンタングルのギター・ワークとウォータースンズのハーモニー・コーラスをお手本にしてあのレコードを作った。トゥリーナとマイレトはずっと後にドーナル・ラニィのプロデュースのもと、2人でアルバムも作っている。あれはいつの時だったか、記憶が曖昧なのだが、日比谷野音の楽屋でということだけは憶えている。興の乗ったトゥリーナとマイレトがいきなり2人でアカペラで歌いだした時のスリルは忘れられない。その歌唱はごく自然なハーモニーになっていて、普段からこうして2人でハーモニーを合わせているのだろうと思われた。
英語のユニゾンではあるが、アイルランドの伝統歌でコーラスで歌っていた姉妹にはドロレス・ケーンの叔母さん Sarah & Rita Keane もいる。
ハーモニー・コーラスによるシャン・ノース歌謡が新しいかどうかは別として、Churraoin 姉妹、というより An Chéad Ghlúin Eile と呼ぶべきだろう2人の歌はまさに次の世代の歌として、今、耳をすますに値する。あなたも歌ってみないかと誘ってくる。彼女たちのように歌うことはできないにしても、自己流で声を合わせたり、風呂につかりながら歌ってもかまわないのだから。伝統歌とはそういうあり方の歌である。万人が共有するものであり、誰が、いつ、どこで、どのように歌ってもかまわない。使用料を払う必要もない。求められることはその歌が伝えられてきた、その伝統へのリスペクト、伝統に敬意を払うことだけだ。
とはいえ、姉妹の歌に宿る何かは、やはり両親もその両親もシンガーであるという部厚い伝統から生まれているものではあるだろう。姉妹の父方の大叔父、つまり祖父母の兄弟の一人は Darach Ó Catháin である。Joe Heaney と並んで、20世紀最高のシャン・ノース・シンガー、おそらくは歴史上でも稀有なうたい手である。1975年に出た《Traditional Irish Unaccompanied Singing》からは最も大きな影響を受けている、と An Chéad Ghlúin Eile の2人は言う。あたしもこのレコードには衝撃を受け、折りに触れて愛聴している。次回はこのレコードとそこで聴ける歌について書いてみよう。(ゆ)
