ライター:field 洲崎一彦
前回までは「音楽がある場」という視点からのいろいろな発見について書いていたわけですが、先日、ネットで偶然以下のような話題を見つけてびっくりしました。
「1970年代の日本のジャズ喫茶文化が海外で見直され、受け入れられている」
ほんまかいな?
私も高校生の高学年ともなると(1970年代)電車で1時間弱揺られて京都の街のジャズ喫茶を恐る恐る訪ねたものです。当時の私はジャズのことは無知でしたが、その薄暗い店内に巨大なスピーカーが鎮座する大音量の異空間に魅了されたものです。会話している客は1人もおらず(もっとも普通には会話できないほどの音量でしたが)、目を閉じて微動だにせず座っている若い女性や、タバコをくゆらし続けて漂う煙の中に鎮座するひげ面の男、ひとくちも口をつけていないコーヒーカップを前に首をうなだれてじっとしている中年男性などなどの中に入っていくのは勇気が要りましたが、座って注文さえしてしまえばそこは自分だけの空間になる特別な異空間とでも言いましょうか。時には注文の声すらはばかれてジェスチャーで伝えざるを得なかったり(メニューはコーヒー、紅茶ぐらいしか無かった店も多かったように記憶しています)、時々、常連らしき人がカウンターの中の店員に何か伝えているのがリクエストであることが判るまでけっこうな時間がかかりました。
このような、往年のジャズ喫茶が、日本独自の文化として現代の海外の人々に注目されているというのは、いったいどういう事なのだ?
ネット記事によると、音楽のみに耳を傾ける空間が日本の静の文化に通じるものがあると解釈されているらしいのです。欧米では飲食店の音楽はあくまでBGMであり音楽が主役にはなり得ないというのが当たり前だったとのこと。それが、今の情報洪水たる日常の中で一定時間音楽のみに没頭できる仕組みに彼らは静寂の文化を見るということらしい。
ふーん。私は反射的に、これはひどく良きに解釈したものだなとちょっとひねくれた感想を持ちました。当時の日本では生演奏を聴く機会なんてめったになかったし、家で大音量の音楽を聴くことができる人など多くはなかったのでジャズ喫茶のような環境が求められただけではなかったのか?
それが証拠に、コトはジャズだけではなかった。名曲喫茶というクラシック専門の音楽喫茶もあったし、ロック喫茶もあった。単に、当時の時代性の中でとにかく音楽を聴きたいと思う人々の需要に対して出現した場所だっただけではなかったのか?
では、何故それが廃れてしまったのでしょう。それはやはり、以前も触れましたが、ウオークマンとラジカセとカーステレオの普及というものだったのではなかったか。これで、音楽というものの楽しみ方というか受け入れ方というかそういうものがものすごい勢いで変わったのです。一部の好事家を除くとほとんどの人にとって音楽はBGMになった。この流れを正確に捉えないと前回まで私がこねくりまわして来た「音楽のある場」という視点には行き着くことができません。
私も初めは、この音楽の総BGM化というものが音楽そのものの価値を歪めてしまったのではないかと憂い続けて暗い気分になっておったわけです。しかし、この事が、実は、「音楽がある場」という新しい価値を作り出して来たのかもしれないというのが、前回までの私の発見なんですね。
そして、ここに来て、
「1970年代の日本のジャズ喫茶文化が海外で見直され、受け入れられている」
なんて言われたら、
「なんやと?」
と、まあ、私としてはこんな感じになりますわな。
せっかく、私は「音楽のある場」の価値に気づいて、そこから視野を広げようと意気込んでいたのに、ここに来て、音楽そのものに没頭する価値が再評価され始めたって?!
うーん。ちょっと斜めに解釈すると。。。。CDプレーヤーすら平成の遺物となった今の人達が音楽を聴くのはほぼスマホとイヤホンというのが常態になっていることを考えると、こんなに大きなスピーカーでこんなに大きな音で音楽を聴いてもいいんだ!っていう珍しさというものは確かにあるかもしれませんね。が、しかし、こういう静かなムーブメントをきっかけに、今後、音楽のBGM vs 非BGMの戦いが世界中で勃発するかもしれないと思うと何やら楽しくなっては来ますね笑。
大型スピーカーの圧倒的な重低音と音圧が、音楽の聴こえ方そのものに影響を与えるということは確かにあるかもしれません。つまり、鑑賞者の音楽に対する理解の質が変わるかもしれないということ。
私は別にオーディオマニアだったわけではありませんが、これも昔の話で恐縮なのですが、1970~80年代のスキー流行の時代に長野は白馬のスキー場のペンションのティールームにて、当時最高級とされていた英国マッキントッシュ社製のパワーアンプに米国JBL社製のスタジオモニター大型スピーカーでずしずし迫ってくる音圧に圧倒され、吹雪の日にも雪まみれになってそのペンションに通ったのを思い出します。
その時にかかっていたのが、クルセイダーズ(アメリカのジャズ・フュージョンのバンド)のストリートライフという曲だった。今思うと、これが、私の、それまであまり興味が無かったビート音楽との出会いでした。
というわけで、当field STUDIOのモニタールームにはマッキントッシュのアンプこそありませんが、スピーカーは当時の執念で昔入手した古いJBLスタジオモニター・スピーカーが鎮座しているのですエッヘン!(す)

