【映画レビュー】暮れない間昼の恐怖……スウェーデンを舞台にした映画『ミッドサマー』

ライター:hatao

2020年洋画興行収入年間ベストテンにランクインした話題のアメリカ映画『ミッドサマー』が9月9日からNetflixで配信されています。スウェーデンの辺境集落で起きる奇妙な出来事を描いた、サスペンス・ホラー映画です。

公開当時から私の周りの北欧ファンの間では良くも悪くも話題になっており、見逃せない映画だと思い視聴しました。北欧好きが観たこの映画の感想をシェアします。

物語は、アメリカの大学生の男女5人グループが、スウェーデンのとある集落で行われる夏至の伝統行事を研究するために、スウェーデンのホルガ村に行くことから始まります。その村で行われる異常な風習の数々を目撃し、パニックになりながらも、全員がその伝統行事に巻き込まれてゆくという展開です。

問題の伝統行事をネタバレにならない程度に描写するなら、邪教のカルト集団が、ドラッグ漬けになりながら殺人や違法行為もいとわずに異常な行為に及ぶというもの。

草原や青空を背景に、村民が終始にこやかな笑顔で、全員で食卓を囲むシーンは、外国人の思い描くCMの北欧の様子さながら。この行事が邪悪でなければ、普通の観光PR映像になるのですが。

2時間以上の長尺の映画の大半は、この集落での出来事に始終します。観客は、彼ら大学生の視点で体験するという手法です。

通常、ホラー映画といえば闇夜や雷雨など悪天候を舞台に、悲鳴、飛び散る血、パニックでブレブレの画面、のような演出が多用されます。それに対してミッドサマーの斬新な点は、全てが白昼に行われているということです。夏至の暮れない昼というのはアメリカ人にとっては奇妙さを演出します。そして大自然、華やかな伝統衣装、金髪の美女といった観光紹介ビデオのような美しい映像であるのに、行われていることが凄惨という、グロテスクな対比が描かれます。また、ホラーの定番の女性の絶叫についても、パニック発作を起こした時の反応を一般的なホラー映画のように誇張せずリアルに表現しています。監督は、お約束のホラーの手法をひっくりかえす意図があったのでしょう。

私はこの映画を鑑賞して、「不快感」「理解を超えた異常さ」を感じ、最後まで深く感情移入することはできませんでした。北欧におしゃれ・かわいい・素敵を求める方には、観ることをおすすめしません。

しかし、見る人によっては「伝統は現代社会の常識や法律よりも尊重されるべきだ」とか、「あり余る自由や富は人間を不幸にする。コミュニティの中でルールに従って生きるのが人間の幸福なのだ」という深淵な哲学を見出すのかもしれません。

なお、この邪教集団以外の部分においてはスウェーデンのダーラナあたりで観られる伝統衣装を付けていたり、ニッケルハルパやヴァイオリンや笛を奏でる楽師がマーチングしたり、メイポールという高い柱を飾ったりと、本物の伝統が小道具として登場します。劇中に、悪魔が人間を倒れるまで踊らせるという民話があるのですが、これもホルガローテンという曲として良く知られています。

そしてヘルシングランド Hälsingland、ホルガ Hårgaはスウェーデンに実在する地名です。

その一方で楽師の演奏する音楽は全く伝統音楽ではなくて、邪悪な気分を駆り立てるような気持ち悪い音楽ですし、観光客をドラッグ漬けにしてあんなことやこんなこと……というのは全くのフィクションです。

ある程度スウェーデンに理解がある人であれば、どこまでが本物でどこまでが演出か理解できますが、そうではない人はスウェーデンを誤解するのではと、不安もあります。

最後に、言語学習愛好者の視点での感想を述べます。

この映画は主にアメリカ英語で進行し、スウェーデン人たちも自然で流暢な英語を話します。実際にスウェーデン人の英語は上手いので、ここには違和感はありません。

私が気がついたのは、スウェーデン語が使われる場面は、主人公たち(あるいは観客)には理解ができない謎の言語として、物語の展開がねじ曲がってゆくポイントで使われるということです。

祝祭の司会者や、村人同士で話すシーンはスウェーデン語なのですが、主人公たちには理解ができないので、不信感や不安感をつのらせます。つまり外国語も演出のための小道具のひとつなのです。

外国語学習をしていると、グループの会話についていけずに、自分が除け者にされているような寂しさや自分が意思決定に参加できないもどかしさを感じますが、それを良く描写しています。

あまり爽やかな気分にはならない映画ですが、監督が描きたかったであろう人間の心理描写については優れたところもありますので、興味のある方はお試しください。

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