【最新号:クラン・コラ】Issue No.340

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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森 Issue No.340

Editor : hatao
August 2022 Issue No.340
ケルトの笛屋さん発行

ガンダムに学ぶ:field 洲崎一彦

前々回にたどりついた「常識と軽さ」の問題をもう少し考えてみたいと思います。

突然、話は変わりますが、私はアニメの古典と言われている「ガンダム」をこれまで全く知りませんでした。35年前に今の仕事を始めてからこのかた、自分の周りにいる人間がどんどん自分より若い世代となって行く際に、ガンダムやエヴァンゲリオンなどのアニメの大作をまったく知らないことで、ちょっとした例え話に出て来るこれらのエピソードが判らなくて会話について行けないという経験が多かったのです。

そんな思いも積み重なって、私はこの春から一念発起してガンダムシリーズのアニメをこつこつと観始めたのでした。今はレンタルビデオ屋などに通わなくてもネットの有料動画サイトで昔の作品もざくざく見つかります。

「ファーストガンダム」の映画版とアニメ版、「オリジン」、「Zガンダム」の映画版とアニメ版、「ZZガンダム」、「逆襲のシャア」、「ガンダムUC」、「ガンダムNT」「閃光のハサウェイ」「ガンダム0083」←イマココ。(まだまだ続きます)

詳しくない人は、ガンダムシリーズってこんなにあるのか!と驚かれるかもしれませんが、実はもっともっとあるのです。 これらはアニメ動画ですが、コミックや小説を含めるともうまったくドロ沼のようにあるのです。

ガンダム世界の宇宙世紀という時代順に観て行こうとは思ったものの、制作年が前後したり、そもそも宇宙世紀の時代の流れから外れるようなものもあって、観る順番自体がもう混沌としています。この順番だけでも相談する先達者によっては違うことをアドバイスされます。

そして、このように全く架空の世界と歴史を積み重ねるガンダムですから、時代が進むにつれて話がどんどん複雑になって行きます。映画の最新作にあたる「閃光のハサウェイ」などはストーリーの流れ自体がまったく判らない。それで、やむなく、YouTubeに転がっているアニメオタクさんたちの解説動画にまで手を出してしまいます。とあるYouTuberさんなどは「ハサウェイ」を30回見て判ったこと、などと熱弁をふるいます。ものすごい世界です。圧倒されてしまいます。

そこで、ハタと思ったことがあります。

アイリッシュ音楽もその底をのぞき込めば深淵ははかりしれません。また、例えCDひとつを取ってもその作品数の多さはアイルランド国内販売のみのものも考慮すると、これもまたはかりしれないドロ沼です。つまり、当然これはいわゆるマニアが醸造される条件を十分に満たしているものですし、実際にアイルランド音楽におけるマニアと思える人達は世界中にわんさか存在していると思われます。

そして、ここ日本にはオタクという趣味におけるひとつの姿勢を現す文化があります。つまり、アイルランド音楽にはオタクが存在出来る余地が充分にあるという解釈が可能だと思います。

しかし、私はこの趣味に長年関わって来ましたが、あくまで私感で言うと、アイルランド音楽にマニアは存在するがオタクは存在しない、というような気がするのです。いや、マニアとオタクの定義や違いはよく分からないのですが、なんとなくそんな感じがするのです。アニメオタクのYouTuberに見られるようなあの圧倒的な世界観というか揺るぎない晴れ晴れとした何かを感じられるアイリッシュ音楽マニアに私は未だ出会ったことがありません。これは何故なのでしょうか?

ここに、前回からのテーマを結び着けてみました(こじつけです笑)。

つまり、日本のアイルランド音楽マニアにはアニメオタクにあるような「常識と軽さ」が欠如しているのではないか!

オタクに常識というのも違和感を覚える人がいるかもしれませんが、アニメオタクの皆さんには自分達はオタクであって一般社会の常識からかけ離れているという自覚があるように思います。この自覚は一周回って充分に社会性と呼ばれるものではないでしょうか。これが、オタクが日本文化であるという証にもなり得ているものだと思います。村社会において自分が村八分であることを自覚しつつも村を飛び出すことはせず、村八分の分を守ってひっそりと村はずれで生きるという日本古来の社会性です。

村八分者の基本的人権を獲得しよう!などの運動を起こして立ち上がるなどもってのほかの生き方です。それでも、私達は何世紀にも渡って村はずれで生きて来たという歴史の長さです。

そして、軽さです。オタクは非オタクから見て自分達が如何にとんでもなく無意味な軽い事に集中しているかということをよく知っています。ここでも、オタクの社会性が発揮されます。つまり、どんなに命がけで手に入れた情報やアイテムであっても、「つまらないものですが」、と言う謙虚さを忘れない。これは謙虚というより一種悲しいヒガミでもあるのですが、オタクはあくまで自分がオタクであることを知っているのです。この悲しいヒガミは年月を経て、村社会においては謙虚というベールをまとい始めることになるのです。

その結果、オタクはオタク同士という村を形成することに成功するのです。同じ村のオタク同士は決して競い合わず、互いに尊敬し合って存在します。そもそも、YOUをオタクと称したことから生まれた言葉であることが物語っているように、オタクと呼び合う関係には上下関係は消失し一種のオタクの下の平等が生まれます。これぞ、日本的村落共同体文化が生んだ新しい民主主義の姿ではないでしょうか。

昨今の日本でのアイルランド音楽の愛好者はその数を増やし続けています。しかし、そこにはまだオタクが生まれていない。この日本でオタクが生まれない趣味世界はゆくゆくは淘汰される運命にあるのではないかと私は強く危惧します。

どうすれば、日本のアイルランド音楽界にオタクを生み出すことが出来るか。私は来たるfieldセッションの本格的再開に向けて、この事をテーマに突き進んで行こうと、ここに意を新たにするものであります。

実は私、エヴァンゲリオンも全く知らないのです。ガンダムの次はエヴァですね。何年かかるか?ですが笑。す

ゾーイ・コンウェイ ― リバーダンスこぼれ話:松井ゆみ子

ゾーイ・コンウェイ〜リバーダンスこぼれ話:松井ゆみ子

わが音楽遍歴、または余はいかにして心配するのをやめてアイリッシュ・ミュージックを聴くようになったか・その13:大島

スティーヴィー・ウィンウッドの歌う〈John Barleycorn〉に夢中になり、似たような歌を探しはじめて〈ブラックホーク〉に辿りついたぼくがそこで出会ったのがニック・ジョーンズでした。アルバムは1977年に出た《Noah’s Ark Trap》。ジョーンズのアルバムとしては3作目にあたります。

ジョーンズは1947年ロンドン生まれ。最初は当時の流行に沿って、ブルーズやジャズを演奏していましたが、1960年代半ば、学校時代の旧友がいた The Halliard に参加することで、伝統歌の世界に目を開かされます。1968年に1970年に前回最後に触れたファースト・アルバム《Songs And Ballads》、翌年のセカンド《Nic Jones》とたて続けにアルバムを出します。1972年、シャーリー・コリンズの《No Roses》のハイライト〈The Murder of Maria Marten〉では達者のフィドルとコーラス・ハーモニーを披露して注目されました。

《Noah’s Ark Trap》との出逢いは突然でした。「ブラックホーク」でかかる音楽の95%はアメリカン、またはアメリカのポップス主流をストレートに受け継いだ英国の音楽です。残りの5%が、ブリテンの伝統音楽ないしそれをベースにしたロック、それにブルターニュ、フランス、ハンガリーなどの伝統音楽とその現代化された形というところです。この数字はもちろん厳密なものではありません。そのくらいの感覚だった、ということです。

「ブラックホーク」で聴けるアメリカ音楽はザ・バンドやオールマン・ブラザーズ・バンドが最もメジャーな方で、他の店やラジオなどでは聴けないものが大半ではありました。それはそれで大変魅力的ではあったのですが、すでに〈John Barleycorn〉のモード音階をベースとしたメロディにすっかり中毒してしまっていたぼくにとっては、関心は薄いものでした。ですから、「ブラックホーク」に座っても、9割以上の時間は音楽を聴くというよりも本を読んだり、勉強したり、あるいはただぼんやりとしていました。

何度めかは覚えていませんが、週に2、3度は通いはじめてまだ間もない頃だったはずです。ひょっとすると、レコードが店に入った直後、だったかもしれません。いきなり、アレが聞えてきたのです。〈John Barleycorn〉のあの音階、アメリカ音楽とは完全に異質のメロディ、落ちるべきところに落ちない音、特有の香りをまとった歌。その香りは香りというよりは、あるいは人によっては忌避するようなものかもしれません。納豆の匂いやくさやの匂いのような、好きな人間にはたまらなく魅力的だが、嫌いな人にとっては逃げだしたくなるような臭みです。

ロック喫茶やジャズ喫茶ではどこでもそうですが、かかっているレコードのジャケットがレコード室の窓のすぐ外に展示されます。ぼくはそこへ飛んでいきました。これは何だ? このアルバムです。
https://www.last.fm/music/Nic+Jones/The+Noah%27s+Ark+Trap

このサイトで聴けるのは、曲は同じですがレコードの音源ではなく、後に別にリリースされた音源のようです。レコードの方はレーベルの権利を買った人間が握りこんでしまっていて、一般にはリリースされていません。とまれ、こういう形で近いものが聴けるのはありがたい。

アルバム冒頭の〈The Wanton seed〉はスラングで男性の精液をさします。つまりこの歌は春歌といってもいいタイプの伝統歌です。

次の〈Jackie Tar〉はイングランドに伝わるダンス・チューンで、元はホーンパイプと思われます。ジョーンズのフィドルとプロデューサー兼エンジニアのビル・リーダーのトライアングルによる演奏。
その次〈Ten thousand miles〉は〈Fare you well, My own true Love〉のタイトルでも知られる有名な歌。

という具合ですが、アルバム掉尾を飾るのが〈Annachie Gordon〉。後にメアリ・ブラックが歌ってアイルランドで大ヒットとなり、彼女が人気シンガーとなる最初の一歩となった曲です。メアリはイングランドに住んでいた兄から送られてくる、ニック・ジョーンズの歌と演奏をダビングしたカセット・テープを聴きこんでいました。メアリがヒットさせたことで、この歌は他のシンガーも競ってカヴァーすることになります。

メアリはチーフテンズに先立つ1年前に初来日し、以後、チーフテンズと競うように、1990年代を通じて何度も来日しました。1990年のソロ4作目《No Frontiers》はわが国でもヒットしました。彼女の歌はアイルランドの伝統歌やその伝統をベースにしてオリジナルを書くアイルランドのシンガー・ソング・ライターたちの歌で、澄んで甘やかなその声と、デクラン・シノットによる秀逸なアレンジ、それに腕達者なメンバーによって、チーフテンズとはまた別の、アイルランド音楽の最先端の一つを味わわせてくれました。アイルランドの音楽がわが国で認知されるのは、チーフテンズとともにメアリ・ブラックのおかげです。

ニック・ジョーンズのこのアルバムにぼくは文字通り溺れこみました。どこで買ったかはもう覚えていません。当時、都内には独立の輸入盤店が林立していました。1970年代半ば以降、国内盤は扱わず、国内盤が出ないようなレコードを輸入する輸入盤店が盛んでした。こうした店では、国内盤が出ているものも、アメリカや英国でプレスされたレコードを遙かに安い価格で売っていました。1980年に進出した「タワーレコード」が成功するのも、そうした独立の店が築いてきた市場が土台にあったはずです。それでも、ロックやジャズやポップス、あるいはクラシックのレコードがほとんどであって、ぼくらが求めるブリテンやヨーロッパの伝統音楽のレコードを扱っている店は片手で数えられるくらいでした。品揃えが最も良く、値段もリーズナブルだったのは高田馬場にあった「オパス・ワン」でした。輸入盤は当然店によって同じタイトルでも値段が違い、中には法外な値段をつけているところもありました。「オパス・ワン」には週に一度は行くようになりますから、おそらくそこでしたろう。

もっともその「オパス・ワン」でも、当時「トラッド」と呼ばれていたブリテン、ヨーロッパのモダンな伝統音楽のレコードは店の一角の「餌箱」をいくつか占めるだけで、店のほとんどにはそれ以外の、当時勃興していた「パンク」や「ニュー・ウェーヴ」のレコードが並べられていました。ただ、店のマスターは音楽趣味の広い人でもあり、「トラッド」の価値を理解して、新譜だけでなく、バック・タイトルも揃えていました。週に一度は行って新譜をチェックし、買うものがないと、そうした旧譜を買って帰る、というのが一時期、社会に出た直後からしばらくの習慣になりました。そこで買った旧譜は、後になって買っておいてよかったと思うことになります。

こういう店のおかげで、当時英国やアイルランドで出ていた伝統音楽のレコード、ニック・ジョーンズやフェアポート・コンヴェンションのようなモダンな形のものから、フィールド録音をそのままディスクにしたものまで、LPの形で出ていたものは、ほぼすべて国内に入ってきていました。もともと、こうしたレコードのリリース数は多くありません。形を問わず、伝統音楽のリリースが爆発的に増えるのはCDに転換してからです。

アナログ盤は制作と流通コストが高く、最低制作数もCDよりもずっと多いものでした。当時英国の最低のロットが500枚。ですからアナログ盤はアーティスト個人が出せるものではありませんでした。規模は小さくとも会社の形態を備えたレコード・レーベルが必要でした。UKでは Topic Records と、ビル・リーダーが起こした Trailer Records、アイルランドでは Claddagh、Mulligan と Gael-Linn。いずれも会社とはいいながら、ほとんど個人商店の規模です。1980年代に入ると、ブリテンでいくつか小さなレーベルが立ち上がります。これらはローカルなミュージシャンを起用して、よりローカルなレパートリィに集中する傾向を示します。

CDの登場は制作と流通のコストを劇的に下げました。たとえば最低100枚から作ることも可能になりましたし、何より商品を送るコストが下がりました。実を言えば、レコード業界が一斉にアナログからCDにメディアを切替えたのは、倉庫や輸送費を含めた流通コストを劇的に減らせるためです。

前回触れた、アイリッシュ・ミュージックがデジタル革命の恩恵を最もポジティヴな形で受けたことの一つの側面がこのことです。それまではレコード制作の是非はレコード会社が主導権を握っていました。CDになって、その主導権をアーティスト、ミュージシャンが握れるようになります。

とまれアナログ時代にリリースされていた伝統音楽やそれを基にした音楽のレコードのタイトル数はLPに限れば年間で数百枚のオーダーでした。これならば個人でもその気になればすべて買って聴くことも可能ですし、実際、ある時期まではそうしていました。

ただし、リリースされていたのはLPだけではありません。カセット・テープがあります。こちらは後のCDのようにアーティスト、ミュージシャンが自分の裁量で作り、流通させることもできました。ただ、カセットの流通する範囲はごく限られていて、国際的なLPの流通網には乗りません。ネットも無い時代、ミュージシャンが自主レーベルで出したカセットの存在がわかることは例外的でしたし、ほとんどは事実上「手売り」でライヴ会場などで売られていました。したがって、遠い極東のわれわれはリリースの存在も知りませんでしたし、知ったとしても入手する方法がありませんでした。

話がまた逸れました。ニック・ジョーンズの《Noah’s Ark Trap》です。ここには丸々1枚〈John Barleycorn〉の同類が詰まっていました。そしてニック・ジョーンズの声。温もりはありますがウェットではなく、感情にはとらわれずクールに歌っているのに、人なつこい。やや鼻にかけた、地声でもなく、ベルカントのような人工の声でもない、どこかに儀式的ともよべる気品のある声。いわゆる美声でも強い声でもないのに、浸透力は強い。それまでまったく聴いたことのないタイプのその声は、知らぬ間にどんどんと染みこんできて、こちらの世界を満たしていました。

ギターもまたユニークなものです。リズム・ギターでもリード・ギターでもなく、アルペジオやコード・ストロークでもない。ニック・ジョーンズのギターは独創的で、フォロワーもほとんどいない、というより他人には真似のできないスタイルに完成されてゆき、ここで聴けるのはその一つ前の段階です。

そしてこの声とギター、そしてブリテンの伝統歌の組合せに、ぼくはすっかり惚れこんでしまったのでした。もう他の音楽、アメリカン・ミュージシャンなどはどこかへすっとんでしまいました。聴きたいのは、このメロディ、この音階、この声、このギター、そしてそれらの組合せだけ、という状態になります。

そしてニック・ジョーンズの他のレコードを探すとともに、同じようにギター伴奏で歌うシンガーを探すことになります。そこで知るのがスコットランドのディック・ゴーハン、そして北イングランドのヴィン・ガーバットの2人でした。以下次号。(ゆ)

吉田文夫さんへの追悼メッセージを募集 8月末まで:hatao

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編集後記

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