ライター:field 洲崎一彦
前回は、私が突然「セッション文化」などと書いたものだから、ぎょっとした方もおられたかもしれませんね。特に昔の私を知っている人の中には。。。
その頃の私は、特に、音楽に関しては、随分尖っていて常にどこかに毒のある言葉を吐かなければ気が済まないというような焦燥に駆られていたものでした。
まわりに居た一部の人達には、
「スザキさんは、セッション嫌いでしょ?」
とか、
「スザキさんは、アイリッシュ嫌いでしょ?」
などと、ささやかれていたのですから、今になってあのスザキが「セッション」を語っているぞ! てなもんなのではないでしょうか。
確かに私自身の内部でいろいろなものが変わって来たというのもあります。その辺の微妙な部分をスパッと言語化出来るのか?なのですが、自分でも自分の中のこの変遷を整理する意味でも言語化にトライしてみようと思います。
まず、時代です。私がセッションというものを知った頃は、まわりのみんなもセッションがどういうものか全く判らなかった。先輩奏者に「セッションのやり方をおしえてください」と真顔でたずねたりもしましたし、セッションに集まる者同志がああでもないこうでもないと常に試行錯誤しながらセッションをしていたわけです。
特に、セッションホストという存在すら知らなかったわけなので、初めからもうオープンセッション。楽器を持って入って来る人にはすべて門戸を開放していました。
アイルランド音楽を全く知らない人も普通に居たし、シンセサイザー、エレキベース、チューバ、各種パーカッションを持ち込む人達もいました。決まったチューンのメロディを弾かずに延々とアドリブを弾いている人もいました。
参加者は、そういうちょっと異質な人が異質なのかどうかも判らないという状況で、私は人の出入りに対してはただ放任しているだけでした。
ただ、その時々の参加者同士で、そのような人には、曲を覚えてくださいね、とか、音量を控えてくださいね、とか優しくコミュニケーションするような場面も時にはありましたし、そういう人が参加者全員のクレームが集中する対象になってしまうというわけでもなかったのですね。それは、どこかに、こんな感じなのかなあ?セッションって。。。まあええか。。。という空気ですね。
また、そのようなお騒がせ人たちも何度か足を運び本人が楽しくないと思うと結局は来なくなるので、そういう自然な流れもあったのですね(自浄作用と言うてええのか?笑)。
そういう目立った人々ではなくても、時にはセッションというより初心者の人に真剣に楽器を教え始める人が出て来てセッションが止まってしまったり、セッションは馴れ合いの場ではない! 勝負の場だ! という信念の下に終始弾きまくる熱血さんが出て来たり、どれだけテンポを上げられるかのスピード競争に興じる人々が現れたり、は、まだいいとして、特定の女子を目当てに楽器も弾かずに毎週彼女を口説きに来る男子が出て来たり笑、、、本当にいろいろな人々が手探りでセッションを試行錯誤していたのですね。
今のモノをよく知っている若者達が見たらもうそれはアイリッシュ・セッションと言えるものではなかったかもしれません笑。
そんな中で、尖っていた私は少しずつストレスを溜めていくわけです。
「こんなん、音楽やる場と違う!」と。
その頃の私は、こんなに未知の自分が知らなかった音楽を見つけたのだから、音楽としてもっと正面から向き合いたいと思う気持ちが強かったのもありますが、以前自分が居たジャンル(ロックやジャズですね)で充分発散できなかった何かそういうエネルギーを思いっきり発散したかったというような焦りに似たものもあったように思います。
そして、だんだん、常に尖った言葉でぼやきまくるみたいなキャラになって行ったのですね。この頃のぼやきが全面的に漏れ出てしまったのが、初代クランコラへの投稿でした(ちょっと黒歴史)。
そんなモヤモヤの中でも、fieldのセッションは続いて行きます。時には私はすっかりやる気をなくしてしまってセッションに出なくなる時期があったり、突然フィドルを持ち出して初心者フィドルでギコギコと乱入したりと、なかなか集中出来ない日々を過ごしているうちにコロナに突入し、セッションはおろかパブ営業自体が風前の灯火に陥る。これが2020年。
そして、コロナの雰囲気も薄らいできた2022年の秋にセッションを再開することになります。実は、この時はいろいろ迷いが多かったのです。正直に申しますと、一刻も早くセッションを再開したい! という風にウズウズしていたわけではありませんでした。
あの、もやもやしながら続けていたセッションがコロナによって突然カットアウトされた。それをまた再開しても自分のもやもやはそのままだしなあ、、、、みたいな感じですね。
というのもあって、コロナ前は火曜日土曜日の週2回行っていた定期セッションでしたが、まあとりあえず、週1回の土曜日から始めましょうという運びになったわけです。
そして、いざ、セッション再開!
あれ?誰も来ない。。。。
セッションまだ始めないのですか?と、問い合わせしていた人たちも誰も来ない。。。
なんで?
どうやら、コロナ期の最中に、あるいは、コロナ脱出期に一気に仕事や生活が変わってしまった人が割といたんですね。また、火曜日、土曜日の21時からやっていたのを、再開時には土曜日18時からに変えたのも従来のセッション陣を困惑させたのかもしれません。
しかし、そのうちに、1人、また1人とセッションにやって来る人が現れ始める。古参の1人2人に交じって初めてやって来る人が目立ってきた。特に初心者の人が目立つ。
以前の初心者の人達は、当時ウチに出入りしていた大学の民族音楽サークルの新入生達が目立っていて、いわゆる先輩に連れられてくるパターンが多かったので彼らのフォローは先輩達に任せておけば良かったのですが、この時は、ポツンと1人でやって来る初心者の方々。いったいどこでウチのセッションのことを知ったのだろう?と、謎が深まるシン初心者陣。そういう意味で私は興味津々。
このまったく新しい状況。私にしてみれば、あのセッションを再開したのではなく、まったく新しい何かを始めたという気分にだんだんなって来るわけです。
当セッションに来るのは初めてと同時にfieldに来ること自体が初めて、という人。
コロナ期にネットでアイルランド音楽を知って、ネット動画で1人で練習していました、という人。
まわりに、アイルランド音楽を知ってる人がいないので来ました、という人。
そうか~、そうか~、それはそれは、やなあ~、fieldは決して怖い所ではないよ~なんて顔をついしてしまう私なのですね。
そして、それぞれが、それぞれなりに必死に指を動かして楽器を操作しているそんな様子に接していると、みんなでここを楽しい場所にしようね~、などと言う気分になって来る(ほんまかいな?)。
曲は3回繰り返して、違う曲を3曲つなげないといけないんでしょ?
いやいや、そんなん弾ける曲1曲でもいいから出してええのよ。
一度出た曲は出してはいけないでしょ?
ええよええよ、好きな曲は何度でもやればええよ。
時には、ベテラン勢もいらっしゃいます。そして、突如、目の覚めるような演奏を繰り出されます。さっきまでおしゃべりしていた初心者君も会話を止めて目をまん丸にしています。が、以前と違うのは、それでひるんだりしない。そんな時に、キミも何か曲を出してみるか?と誘い水を向けると、果敢に演奏を始める。ベテラン勢も思わず拍手する。
そうやって始まったfieldの新しいセッション。
そんなセッションに毎週接してると、気が付くと私自身もおおいにこの空間を楽しんでいるのです。
以前、私が吠えていた、
「こんなん、音楽やる場と違う!」
それはそのままなのです。以前、私が「音楽をやる場」だと追い求めていた場所ではない、というのは同じ。
このあたりで、自問自答が始まります。
「私が音楽やる場」と思っていたのはいったい「どんな場」だったのだ?と。
目の前では、ベテラン勢が突き刺さるようなフィドルを弾き始める。傍らの初心者ホイッスル男子が必死にそれを追いかけて食らいつく。お互いに目を合わせてニコニコしている。こんな光景が不快なワケないではありませんか!
そんな時を経てですね、その時の初心者君も今ではガンガン曲を出して来て、ちょうどおしゃべりしたい気分の私の話などかき消されてチューンが始まってしまう。おいおい、ワシしゃべってるとこやってんぞ! とか。
セッションは、特にfieldセッションは、私が考えていたような目くじら立てて「音楽をやる場」ではなく、「楽器を片手に人々が交流する場」だったのです。それを、26年を経過してやっと理解することが出来たのかもしれない、、、、何とも物分かりの遅い未熟なパブの親父だったというお話でした。ちゃんちゃん!
しかし、このセッションの場は常に生の人間と人間がぶつかり合う流れの中にあります。この物分かりの遅い親父は時の流れについて行けないという特性も持っています。先週のセッションはそんなに平和なセッションだったか?笑。(す)

