【最新号:クラン・コラ】Issue No.335

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クラン・コラ Cran Coille:ケルト・北欧音楽の森 Issue No.335

Editor : hatao
March 2022
ケルトの笛屋さん発行

わが音楽遍歴、または余はいかにして心配するのをやめてアイリッシュ・ミュージックを聴くようになったか・その8:大島豊

小学校から私立の中高一貫校に入って、周囲の人間の種類や性格が飛躍的に多様になったことで、世界が広がったことを以前書きました。そこから生まれた、最も大きな、人生を変えることになったイベントはSF、サイエンス・フィクションとの出逢いであり、やや遅れてクラシックからプログレに転換したことの二つです。

中学・高校に比べて、大学にはさらに次元が一つ異なるほどの多様な人間がいます。出身地からして都内近県から全国に広がりますし、海外生活の体験者もいます。家庭や地域の環境も違います。その多様性の中に放りこまれることで、世界認識の対象とアプローチの角度が、これまた次元が異なるほどに広がることになりました。

その点で、さらに幸いであったのは、サークルや学生自治会的な集団での活動を通じて、学年では1年上、年齡では2歳ないし3歳上の人びとと日常的に交際するようになったことでした。これは自分で求めたというよりも、多分に偶然の作用の結果でしたが、いわば、いきなり何人もの兄さん、姉さんができたようなものです。後にアイリッシュ・ミュージックや、世界各地の伝統音楽に親しむにつれて、同好の士にその対象との出逢いをたずねると、兄や姉、または年長のいとこといった答えが返ってくることがよくありました。ぼくは長男で、近所に年長の親戚はいましたが、いずれもいわゆる石部金吉、趣味の点ではほとんど不毛な人たちで、相談相手になってくれるような存在ではありませんでした。母のいとこにあたる「お兄さん」から受けた恩恵は、唯一、秋葉原の石丸電気レコード・センターに連れていってくれたことです。

大学の先輩たちから受けた恩恵は多々ありますが、音楽の点で大きかったことが二つあります。一つはアメリカの音楽に耳を開いてくれたこと、もう一つがロック喫茶に連れていってくれたことです。

ある晩、打合せを兼ねた飲食の後、先輩の一人の下宿に深夜数人で転がりこみました。この先輩は札幌の出身で、冬でも薄着でいるのと、当時学生には珍しかった口髭をはやしているので、学内ではちょっと知られた存在でした。そこで聴かされたのが Crosby, Stills, Nash & Young の《4 Way Street》です。このアルバムはアナログでは2枚組で、1枚がアコースティック・セット、1枚がエレクトリック・セットを収めていて、かけてくれたのはエレクトリック・セットの裏、アルバム全体ではD面です。その〈Carry On〉で聞えてきたエレクトリック・ギターの響きにぼくの耳は惹きつけられました。いわゆるオープン・チューニング、当時は変調チューニングとも呼ばれていたギターの響きです。その響きとともに、プログレには無い、のどかなと言いたいほどのゆるやかな曲の運びにも魅了されました。ここからぼくはニール・ヤングを追いかけ、オールマン・ブラザーズ・バンドを聴いてゆくことになります。

ぼくが《4 Way Street》のギターの響きに示した反応があまりに面白かったのか、この先輩がそれから間もなく、ロック喫茶なるところへ連れていってくれたのでした。最初に行ったのは新宿の青梅街道沿いにあった「ライトハウス」でした。今もある有名なジャズ喫茶の老舗「Dug」の筋向いぐらいにあったと思います。

ロック喫茶には説明が必要かもしれません。その前にジャズ喫茶があります。出すものはコーヒーなどのソフト・ドリンクぐらいで、食べ物は無し。代わりに大型スピーカーを中心としたオーディオ・システムを揃えて、大音量でジャズのレコードをかける店です。ジャズ喫茶は今や、わが国固有の文化として、海外からもそれを目当てにくる人がいるほどのステイタスを得ています。けれども、1970年代前半、ジャズ自身の混迷を反映して、客足が落ち、存亡の危機に立たされていました。その一部の店がジャズを見捨てて、ロックのレコードをかけはじめてロック喫茶が生まれます。やがては初めからロックをかける店も現れました。当時、全盛期は過ぎていましたが、まだ都内のあちこちに店があり、各々、特色を打出して競っていました。

ジャズ喫茶、ロック喫茶については、その歴史、文化的役割、功罪についてすでに大量の文献があります。

こうした店が成立する背景として、レコード、アナログのLPの値段が高かったことがあります。ロックのリスナーの中心は学生で、アルバイトで稼ぎまくっていた者もいたとはいえ、ほとんどはカネがありません。毎月出る新譜を次々に買うのは不可能です。ロック喫茶に行けば、そうした新譜を何枚もコーヒー一杯の値段で聴けます。たいていの店は通常アナログの片面全部をかけていました。店によってはDJタイムがあり、DJが選んだり、店内からリクエストを募って、曲単位でかけることもありました。また、自宅で望むべくもない大音量でかけることもできます。ロック喫茶のほとんどは、すぐ隣に座っている人間でも、耳に口をつけないと話す声が聞えなくらいの大音量でかけていました。

アナログ片面の収録時間は最大で30分。20分前後が平均です。この20分という長さは、平均的リスナーが集中して聴くことのできる時間の長さに一致しています。理論や実験によるものではなく、経験的に認識していることですが、ぼくだけでなく、複数の人びとが気がついています。直径30センチという規格は人間のそうした注意集中能力を考慮に入れて決められたわけではありませんから、このことは偶然の一致、いわゆるシンクロニシティというやつでしょう。つまるところ、ロック喫茶に1時間座っていると、3枚レコードの片面が聴けるわけです。

当時新宿には「ライトハウス」と「レインボー」の二つが、同じ青梅街道沿いに、歌舞伎町への大通り、ゴジラ・ビルに続く通りをはさんで、西と東にあったと記憶しています。どちらもビルの地下でした。

ロック喫茶にはハマりました。とにかく数百円で、何枚もレコードが聴けるわけです。ぼくはなぜか「レインボー」の方が好みで、もっぱらそちらに通いました。なぜこちらを好んだかは、もうさっぱり覚えていません。そこではクリムゾンなどのプログレもかかりましたが、メインはいわゆるハード・ロックや、プログレでもシンセサイザーをリード楽器としたバンドでした。ロックはすでに後退期にはいって久しく、「レインボー」ではメジャーよりもマイナーな、知る人ぞ知るアーティストをとりあげることで特色を出そうとしていたと思います。「レインボー」を好んだのはそのせいかもしれません。ここで聴いて覚えているのは、バックマン・ターナー・オーヴァードライブやラッシュなどのカナダのバンドや、バークレー・ジェームズ・ハーヴェストやキャメルなど、プログレの流れを汲むブリテンのバンドです。

プログレ以外にも、多様な音楽、アーティストがロックにはいることを知り、ロック喫茶に一人で通って、そこでかかる未知の音楽に身をさらすことの快感を覚えたことは、独自に「発見」または「邂逅」していたもう一つの流れと合体することで、ぼくにとって決定的な転回点を生むことになります。以下次号。(ゆ)

メアリー・オハラ:松井ゆみ子

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笛の世界:村上亮子翻訳

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現代における最も偉大なアイリッシュ・フィドル奏者:hatao翻訳

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編集後記

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クラン・コラ:アイルランド音楽の森(月1回刊)
発行元:ケルトの笛屋さん
Editor :hatao

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